第6話

「ま……マジかよ。正気を疑うぞマジで」

八畳程度の狭い部屋は薄暗く、しめ縄が結界のように巡らされ、その横に布団が一組敷かれている。

そして大広間の襖を取り払い、こちらの部屋の様子を見守るように親戚たちが十数人座っている。

中には小学生くらいの子供もいる。

凪斗はただ茫然と事の成り行きを見守っている。

最早自分の気持ちなど蚊帳の外である。

その内、霧矢が別の部屋から柚希羽を連れて戻ってきた。

彼女は白く透けるような着物に着替えていた。動く度に着物から肌の色が浮かび上がり、正視する事が出来ない。

やがて柚希羽が向かいに座る気配がした。

目を合わす事も出来ないまま、どうしたらいいものかと凪斗は助けを求めるように自分の後ろに控える父親の顔を見た。

どういうわけか父は憎たらしいくらいのドヤ顔で親指を上向きにしていた。


(つーか、何で親たちや親戚の見てる前でこんな事やらねばならないんだよ…)


「旦那さま……」

「へ?お…俺?」

突然柚希羽に呼ばれて凪斗は狼狽えた。すると彼女がくすりと笑う気配がした。

「どうか肩の力を抜いて下さい。私に全てを委ねて…」

「いや、委ねるってそう言われても委ねるのはむしろそっち…」

反論しようと彼女の方を見た瞬間、眼鏡を取られた。

そして柚希羽の唇がふわりと自分の唇に重ねられる。

無論凪斗にとって、これが初めての口付けではない。だが、彼女との口付けは今まで体験してきたものとは違った印象を与えた。

彼女の甘い体臭で頭の中に霞がかかる。そしてもっと口付けを深くしようと身を乗り出した瞬間、彼女の右手が凪斗の左目にかけられた。

「えっ…………」


(ズブリ…)


いきなり左目に激痛が走った。

それも今まで体験した事のないくらいの激痛だ。

メリメリと彼女の繊細な指が自分の眼球を抉るように入って来た。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

灼熱のような激痛になりふり構わず逃げ出そうとする凪斗の身体を後ろに控えていた父と霧矢が羽交い絞めで押さえつける。

「すぐに終わるから今は耐えるんだ。凪斗くん」

「そうだぞ。がんばれ」

「ああああああっ…」

視神経がブチブチと音を立てて切れる。

その地獄のような痛みに凪斗は意識を手放した。

意識が途切れる間際、柚希羽の目から一滴、涙がこぼれるのを見たような気がする。

その涙と小さな窓から覗く丸い月を見ながら凪斗の意識は深く沈んでいった。

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