第4話

日曜日になった。

進められそうな仕事は前日までに終えて、凪斗は深夜バスで京都の実家へ向かった。

住み慣れた土地ではあるが、五年も戻っていないとどことなく居心地の悪さを感じる。

街並みは古都という事もあって、景観は差ほど変わり映えしない。

それに少し安堵を覚えながらもバスを降りてからはどこへも寄らずにタクシーで実家に向かった。

もしかしたらそのまま見合いでもさせられるかもしれないという予感はあった。

自分としてはその気はないので何とかうやむやにしようとは思うが、やはり不安はある。

一応ではあるが、父の言った通り実印は持って来たが、使う気はさらさらない。


「ふぅ……着いちまったか」

実家は古い生垣のある大きな邸宅で、築百年以上を誇る。

その威圧感のある佇まいを見ているだけで足が竦んだ。

昔はここで色々な事があった。

学生時代に親に反発し、飛び出した夜の事や、勝手に花火を持ち出して小火騒ぎになった事等……しかしそんな感傷に浸る事は出来なかった。

呼び鈴を鳴らす前に引き戸が軽やかにスライドして、中から活発そうな長身の女性が飛び出して来たのだ。

その女性は凪斗の姿を認めると、すぐに破顔して抱きついてきた。

「うわっ……、ちょっ…姉さん?」

「お帰りっ。凪斗。それからおめでとう」

「???」

その女性は凪斗の姉で風和という。職業はフリーのカメラマン。

今年で33歳になるのだが、独身で仕事一筋。

幼い頃から既に自分は生涯独身でいると公言している為、もう両親たちも何も言わなくなっていた。

それだけに自分はちゃんと結婚して孫の顔を見せてやろうと思っていた時期もあったのだが、気付けば自分も姉のようになりつつある事に焦りを感じた。

「おめでとうって、何だよ」

「ふふふ。いーのいーの。それより早く入って、お相手さんもう来てるよ~」

「はっ?お相手ってどういう事だよ」

姉は挨拶もそこそこに凪斗を家の中へ押し込んだ。

大広間に着くとそこはもう親戚たちで犇めいている。

卓上の上には寿司や立派なオードブルに酒類が並べられ、今にも宴会が開かれるという具合だ。

「一体何がどうなってるんだよ……」

その光景を呆然と見つめる凪斗の後ろに両親たちがやって来た。

「おう。遅かったな。凪斗」

「凪ちゃん。大丈夫だった?」

いかにも昭和の頑固親父といった風情の父ではあるが、今日は何故かピシっとスタイリッシュな三つ揃いを着ている。

そして今でも輝かんばかりに美しい母も、シルエットが綺麗なフォーマルドレスを着ていた。

「ど……どうしたんだよ。親父たち」

すると父はガハハハと笑って乱暴に凪斗の背中を分厚い掌で叩いた。

「ぐほっ…」

「何って、お前の晴れの舞台だからな」

「晴れの舞台?まさか……」

凪斗の顔が真っ青になる。

「結婚おめでとう。凪斗」

追い打ちをかけるように姉も笑顔で不吉な言葉をかける。

「ちょっ、待てよ。きたねーぞ。騙したな」

「騙したなんて親に向かって何て口のきき方だ。こりゃお前の為を思って……」

その時だった。奥の座から上品な紳士がこちらへやって来た。

その顔には見覚えがあった。

「こんにちは。凪斗くん」

「戸隠のおじちゃん……。久し…いえ、ご無沙汰しております」

彼は戸隠霧矢。

曽祖父と昔組んで仕事をしていたという現役で本物の風水師だ。

昔はよくこの家にも出入りしていたので、よくお年玉を貰ったりしていた。彼と顔を合わせるのも随分久しぶりだった。

その霧矢は少しも加齢による老いを感じさせない若々しい動きで凪斗の手を取ると、じっと顔を見つめてきた。

「?」

「あんなに小さかった君がこんな立派な青年に成長するとはね。でも今君の姿を見て決めたよ。こちらとしては最後に残った末娘だったからもう少し手元で成長を見守りたかったけど、相手が凪斗くんなら大丈夫だね」

「えっ、えっ、あのそれはどういう……」

何だかよく分からないが、どうやら凪斗は霧矢の娘と結婚させられるらしい。

霧矢はあまり人間味というか生活感を感じさせない雰囲気の男だったので、家族がいる事どころか、彼のパーソナリティを把握していなかっただけに衝撃は大きい。

すると背後から父が凪斗の肩に太い腕を回してきた。

「なぁ、俺の息子はお前の眼鏡に叶っただろう?」

「ああ。そうだね」

「な……」

凪斗は無理やり父の腕を振り払うと霧矢を仰ぎ見た。


(この人、一体いくつなんだよ。ひい爺さんと組んでたっていうけど、そのひい爺さんも俺が小学生の時に死んでるし……なのに見た目はずっと変わらない…。むしろ親父の方が上に見えるって……)


「じゃあ、「儀式」を始めようか」

何も説明もされないまま、また何かが起ころうとしているらしい。

「ちょっと待てよ……」

凪斗は全てを投げ出して帰りたくなっていた。

そして予感はどうやら的中したようだ。

「儀式って何なんだよ」


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