第3話

「へぇ、それで凪斗の実家ってどこなの?」

グラスに添えられるシャンパンゴールドのネイルの手元を見ながらマリアは恋人である凪斗に話を向ける。

「言ってなかったっけ?京都の伏見だけど…」

「ふぅん…。確かご実家は代々続く風水師って言ってたわね」

「まぁ、それはもうかなり前、明治とか辺りで廃業したらしいな。ひい婆ちゃんはバリバリの占い師で、ひい爺ちゃんも地脈っての?まぁ、エネルギースポットのようなものが目に見えたとかで凄い伝説持ってたみたいでさ、親父のやつが小さい頃からその武勇伝を聞かされ続けてさ、憧れてたわけ。それでいつかは風水師としてのお家再興を願ってんだよ」

「でも凪斗、風水師じゃない」

「まぁ、そうなんだけどさ」

凪斗は長い前髪をはらい、銀縁の眼鏡を人差し指で押し上げた。

「まぁ、俺のはその…代々の風水師が見えてたっていう地脈を見たり感じたりする事が出来ないんで、ほとんど一般人と同じ。だから風水師って言っても俺のは後付けの統計学から導き出した占いのようなものなんだよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、勉強したらあたしもなれるの?」

美しく整った顔を寄せてくるマリアに凪斗は少し顔を反らせて笑った。

「ははは。そりゃ、なれるかもしれないぜ」

「ふふふふ。いい事聞いたわ」

そして二人はグラスを傾ける。


ここは二人の行きつけの店で、シックな内装にオシャレな酒と料理が楽しめるとあって、仕事上がりのデートはいつもここにしていた。

今日もマリアは法廷で戦っていたようで、美しい顔にはやや疲れが見える。

いつも気を張っていないとならない現場に立つ事のプレッシャーは凪斗には分からない。

だがそんな彼女の事を心の中では尊敬していた。

「ねぇ、もしかしてご実家にあたし、行かなくてもいいの?」

「はぶっ?」

たまらず噴出したシャンパンが凪斗のスーツを濡らす。

「もぅ、何やってるのよ」

すぐにマリアがハンドバックから白い上品なハンカチを出して拭ってくれる。やがてそれに気づいたボーイがおしぼりを持って来てくれた。

粗相を始末してもらっていると、どうも姉と弟のような気分になってしまう。

自分には五つ年の離れた姉がいるのだが、多分それと変わらない。

しかしそんな事を言うと彼女の機嫌を損ねてしまうので口には出さない。

「悪い…」

「それでいいの?行かなくても」

「うん。多分そういう話じゃないから。ただ顔見たいだけだよ」

いや、十中八九「そういう話」なのだろう。

それを飲み込み、凪斗はそう取り繕った。

「本当?でもこの際、そろそろそういう流れに入ってもいいんじゃないの?」

「うっ…」

マリアの不満は分かっていた。

だがそれでも中々踏み切れず、煮え切らない態度を取り続ける凪斗の精神的な幼さに不安を覚えているのだろう。

「もういいわ。そんな顔させたくて会ってるんじゃないもの」

「マリア、ごめん」

「いいって言った。じゃあ久しぶりの実家でしっかり親孝行してらっしゃい」

そう言ってマリアは笑顔で送り出してくれた。

しかしマリアはこの夜、彼を快く送り出した事を激しく後悔するだろう。

まさかこの帰郷が取返しもつかない事なるとは、まだ凪斗でさえ知らなかった。

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