第2話
「もしもし…。凪斗だけど、今日事務所の方に電話くれたって?」
気は進まなかったが、結局凪斗は実家に電話を入れた。
「あらあら、凪ちゃん。電話通じなかったわよ。一体どうしちゃったのよ」
「あー、バッテリ干上がってた」
「もぅ~。本当にそういうところ、お父さんに似てズボラなんだから」
「…………俺は母さん似だってよく言われてんだけど」
久しぶりに聞く母の声は記憶の中のものと変わらず生き生きしている。
どうやらそれほど機嫌も悪いようではないようだ。
放っておくと母の5年の空白を埋めるマシンガントークが始まりそうだったので早めに本題に入る事にする。
「それで何?」
「何よその面倒そうな言い方は。もう少しお母さんの話に付き合ってくれてもいいでしょうに。まぁいいわ。凪ちゃん、貴方結婚する気はないの?」
「うっ……」
母の口から放たれた「結婚」の言葉に凪斗は「遂に来たか」と顔を強張らせた。
しかしその動揺を気取らせないよう、努めて冷静に切り返す。
「いつかはしたいとは思ってるけど、べ……別に今はいいかな」
「ふ~ん。それでいつかっていつ頃よ」
再び凪斗の顔が固まる。
「いつか……はいつかだよ」
「具体的には?」
「さ…30過ぎたら?」
「甘いっ。甘いわよ。凪ちゃん!」
「はっ?何が」
「30過ぎたらじゃ遅いわよ。貴方みたいな顔だけの男なんて、もう誰も相手にしてくれないのよ」
「はぁぁぁぁぁっ?」
母は深いため息と共に辛辣に語りだす。
「いいこと凪ちゃん。これまでは結婚を視野にいれない「交際」だったから顔だけで良かったの。でも結婚となるとそうはいかないわ。家族を養っていく包容力と経済力。つまり男としての器を重視されるの」
「いや、経済力なら俺だってそこそこ……」
「もう。何にも分かってないのね。凪ちゃん。結婚というのはそれだけじゃないの。あ、もしかして凪ちゃん、今結婚したい彼女いるの?」
「え………いや、いるような、いないような……」
凪斗は視線を彷徨わせた。
実は凪斗には付き合って3年の恋人がいる。
相手は弁護士で須藤マリアという凪斗より2つ年上の女性だ。
以前仕事で施主と揉めてしまい、危うく裁判沙汰になりそうなところを救ってくれた恩人のような女性だ。
その件が片付いた後、マリアからの強引なアプローチに押されて付き合うようになって、何だかんだでここまで来てしまった。
普通そこまで付き合ったなら結婚も視野にいれても良さそうなところだ。
事実マリアの方も最近ではそれを意識したような言動をほのめかしたりしている。
しかしどうも凪斗の中では彼女を妻にした生活を考えられなかった。
母が言う結婚と恋愛の違いはきっとそれだろう。
だからここですぐに母に彼女の存在を言ってしまっては、きっととんとん拍子に彼女との結婚が決まってしまうかもしれない。
そんな事を短い時間で考え、凪斗は母にその事を言えなかった。
「どうせいないんでしょ。そんな人。だったら一度実家に帰ってらっしゃいな」
「実家に?何でだよ」
なんだか電話の向こうが騒がしい。
きっと父が後ろにいるのだろう。
「お父さんが貴方に会いたがってるのよ」
「どうしてだよ。別に俺は会いたくなんてないし」
別に両親と不仲だとか、喧嘩別れしたとかいうわけでもないが、どうも5年も顔を合わせてないと照れがあって足は鈍るのだ。
「そんな可愛くない事言わないの。何かね、お父さん貴方に大事な話があるって………えっ?本物の風水師になりたくないのかって?そう言ってるわよ」
「本物のって何だよ。俺、本物も何も風水師なんだけど」
どうも父は母に代弁させるつもりのようだが、全く意味が分からない。
「もう。お母さんも分からないわよ。とにかく明後日、日曜にうちに来なさい………えっ、あ、実印も持って来るのよ」
「実印?おいおい、親父の奴、一体何させようとしてんだよ」
そう怒鳴ったが、通話は既に切れていた。
言う事をだけ言ったら切る。本当に母らしい。
「何がどうなってんだよ。実印…ってなんだよ。まさか見合いさせる気でいるんじゃないだろうな……」
凪斗は嫌な予感がじわじわと胸に満ちてくるのを感じて身震いした。
「う~わ。行きたくねぇ…」
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