月輪の風水

涼月一那

第1話

「ふぅ……。一先ず午前中に片付けるべき仕事は終わったかな」

場所は渋谷の一等地。

多くの企業が入った巨大複合ビルの八階に七原凪斗の事務所はある。

木目が美しい重厚な扉には「七原住宅環境相談センター」と一級建築士である事を証明する商標が掲げられていた。

その事務所のフロア奥で眼鏡を外し、眼精疲労を少しでも和らげようと目の周辺を揉み解している青年が七原凪斗。この事務所の所長だ。

年齢は27歳。後数か月で28歳になる。

個人事務所を立ち上げてそろそろ2年になる。それまでは別の設計事務所で商業施設の設計をしていた。

その後一級建築士を取得し、すぐにこの事務所を立ち上げた。

所員は自分の他に3人。前の事務所から気心の知れたオペレーターの井原智樹と和田翔平。そして経理事務担当の湯河原凛子が来てくれた。

ここでは一般住宅の設計や増改築等といった一般的な設計事務所の仕事をメインにしているが、もう一つ他にはあまり見られない珍しい仕事も請けていた。

それが凪斗のもう一つの「顔」。

彼は風水師だった。

風水師とは中国から伝わった陰陽五行に基づいた占術で、物事の吉凶を占う。

凪斗は住宅の設計に風水を取り入れた風水鑑定済住宅を取り入れていた。

最初はオプションのようなおまけ的な意味合いで始めた企画だったのだが、時代の方向性が合っていたのか意外に受け入れられ、今では鑑定の外注まで受ける程になっていた。


「あ、所長。相当疲れてますね~。まさか徹夜ですか?」

和田がこちらに気付いてコーヒーを淹れてくれた。

「おっ。気が利くな。いや。さすがに泊まり込みはしなかったけど、締め切り近いのが気になって、納期に余裕あるものまでやっつけちまったんだ」

「うーわ。タフですね。でもあまり無理しないで下さいよ~。もう三十路も近いんですから」

「バカ言うな。まだまだ俺は若いっての……。それに30代はまだまだ働き盛りだよ。つまり俺はこれからなの」

そう言って凪斗は熱々のコーヒーを一口啜った。

「あ。そうだ。さっき所長のお母さまから電話来てましたよ」

和田が今思いついたというようにこちらを向いた。

「は?何で事務所に……」

「携帯、バッテリー上がってんじゃないすか?朝から繋がらないって言ってましたよ」

そう言われて机の上の端末を見ると、確かにバッテリーが上がっていた。

「うわっ。マジかよ……。で、お袋の様子どうだった?」

「どうって?何がですか」

「だから怒っていたとか……不機嫌な感じだったか…とかだよ」

「あ~、別に普通でしたけど」

「そうか…。でも気になるな」

「だったらかけてみたらどうですか?」

どうやらそうするしかないようだ。

あまり実家に連絡をするのは気が進まないが、何か嫌な予感がする。

「わーった。んじゃかけてみるわ」

「はい。では俺はこの出来上がった図面、役所に申請出しておきますね」

「頼むな」

そうして和田は図面ホルダーに図面を仕舞うと、事務所を出て行った。

残された凪斗は深いため息を吐いた。

「はぁ……。電話すっか」

実家には5年くらい連絡をしていない。

一体母は何の要件で電話をしてきたのだろう。

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