第2話 初めてと探索者

あの神による適当なお告げを聞いた後、取りあえず迷宮の扱いについて理解しようとした。改めて部屋の中を見る。あるのは四つのモニターと分厚い三冊の本。

確かにモニターはもっと大量にあったと思うのだが……なぜこんなに減っているのだろうか。映し出される画面にも魔物は映っていなかった。あれだけいた魔物はどこにいったんだ?

少し、ほんの少しだけ悩むが、分からないことは考えてもしょうがないと取りあえず一番の手がかりである三冊の本を見る。一冊は魔物図鑑、それに魔法図鑑、そして迷宮取扱書というものだった。

どれも分厚い、それこそ百科事典並の分厚さだ。ずっしりとした重みの本が三冊。

正直開きたくないがそうも言ってられないのだ。


 どうしてこんなに必死なのか、その原因はあの神の最後の言葉だった。俺も初めは人がいるならさっさと逃げ出して、そちらに助けを求めればいいのではないか?  少なくともこんな場所にいるよりはましだろうと思った。だが、あの神はこういったのだ。

『もし宝が人に渡るようなことがあれば主の命は保証しないぞ』

簡単な脅し文句、ただそれは小心者の俺に効果は絶大だった。異世界から人を召喚できるような存在の更に上の存在、きっとそんな者であれば人ぐらいあっさり殺せるであろう。それを確信し、死にたくがないため、俺は迷宮へ全力を注ぐことになったのだ。


 今の俺に最も必要な迷宮取扱書というものを開く。中には迷宮の事について基本的な事が書いてあった。

そして本の一番最初に書いてある一文、それを見て俺は固まる。

『迷宮は主の魔力によって変化します』

これは非常にまずいのではないか? 

今の現状を見る限り明らかに俺の魔力は乏しいに違いない。そして、ちらっと見ただけではあるがあの龍、ファフニールがいた時は沢山の魔物がいたはずである。これはもしかしなくても嫌な予感しかしない。

ただ、考えても仕方がない、どうしようもないのだと自分に何度も言い聞かせページをめくる。


 そして他にもいくつか分かったことを簡単にまとめるとこうだ。


・迷宮を扱うには魔力が不可欠、主の魔力が上がれば上がるほどできることは増える。

・迷宮は主の思いのとおり変化させることができる。

・迷宮の管理は全てモニターから行う事ができる。

・魔物を召喚することができ、魔物図鑑に表示されているものだけを呼び出すことができる。

と言ったものだった。他にも細かい事は色々とあったが、今はこれだけわかっていれば十分だろう。


兎に角、探索者がやってくる前に迷宮を整えなければならないだろう。その為には以前いたように魔物を配置しなければ。そう思い、魔物図鑑を開いたのだが……

「は……?」

思わず口に出てしまう。

本をめくっていく。だが、それはめくれどめくれど白紙であった。魔物図鑑に載っていたのは初めのページにあるスライムだけだ。魔力の乏しい俺にはスライムしか生み出せないという事か……? 


 本に手をあて、念じ、呼び出してみる。目の前に生まれたのは小さな青い粘液の塊。スライムだ。あの、大抵のゲームで定番の一番最初に出てくる最も弱い魔物。ぷるぷる震え、こちらを見ている(見ていると言っても目は無いのだが)。なんというか、可愛い。

「よし、お前の名前はぷに子な」

そんなへんてこな名前でも嬉しいのかぴょんぴょんと飛び跳ね、俺の胸に飛び込んでくる。

可愛らしい、うん、本当に可愛らしいのだけれどもスライムじゃなぁ。

せめてもう何匹か呼び出せないのだろうかと思い、魔物図鑑を開くが何も書かれていなかった。

魔力のない俺ではこれ以上生み出すのは無理という事なのか。スライム一匹でやってくる探索者たちに対処しろと? 無理に決まっている。しかし、そう簡単に魔力があがる訳でもないだろうし……こうしている間にも探索者はやってくるに違いない。時間はないのだ。


 頭をひねる。何か方法があるはずだ。こんな若さで死んでたまるものか。そう悩むことなく、あっさり一つの事を考え付いた。

迷宮と言えば別に魔物だけではないじゃない、そう、罠があるじゃないか!! 

罠を作るぐらいならきっと俺でもできるのではないか? 

それならばぷに子が戦う必要もない。ぷに子をき恐ろしく、強いであろう探索者とやらの前に出さなくてすむのだ!


 ただ、元々この迷宮はあんな化け物ファフニールが管理していたと言うだけあって、相当な魔物が存在していたであろう。ここにやってくる探索者も相当な者のはず。ただの罠では到底かなうわけがない。中々対策出来ないような……思いもつかないものをつくるしかない。

罠の設置自体はモニターを操作し、罠を設置したい場所に念じるだけで、簡単に設置することができた。

ただ、魔力の消費は少ないのだが、それでも魔力を消費する。魔力の少なすぎる俺には設置できる罠は限られるだろう。兎に角、全力で俺が思いつく限りの罠を設置していった。

そうして俺のただでさえ乏しい魔力を使ってようやく迷宮を作り終えた。

小さく、狭い迷宮だが……ぷに子に戦わせるよりはましだろう。


 それから程なくしてやって来たのは三人の探索者だった。

モニターに写るその三人は、明らかに歴戦の者と言う雰囲気が漂っている。数々の傷を負い、明らかに武器や防具もそこらへんで売っているような物ではないだろう。果たしてこんな奴らに俺の仕掛けた罠なんて通用するのかと不安に思いながらモニターを眺める。三人は迷宮に入るなり戸惑っているようだ。恐らく、前とは違った構造をしているからだろう。


 三人は、迷宮に入るなり、止まり相談し始めた。

「どうしたんだこの迷宮は。道も一本になっているし魔物もいねえじゃねえか」

「何があったんだろうな? まあ、楽になるのはいいが……なんせ四大迷宮だ。何があるか分からない。警戒していくぞ」

「……ああ」

悪かったな、一本道で。三人の会話を聞き、悪態をつく。

俺の魔力の都合上、沢山道を制作するのはかなり厳しいものがあった。

それに、罠だって作れる数も少なかったのだ。わざわざ誰も通らない可能性のある所にそのようなものを作ることはできない。というよりも作る余裕がなかったのである。

順調に進んでいく、探索者たち。それも当たり前だ、なんせ、まだ魔物も罠も何もないのだから。

「しかし、それにしても何もないな」

「ああ、ここまで魔物一匹もいないとは妙だな。ひょっとしてこの迷宮の主がいなくなったのか?」

「…………それなら迷宮、ない」

「そりゃそうか」

探索者たちは会話を続けながらも、微塵の油断もせずに進む。そうして一つ目の扉、すなわち一つ目の罠へと踏み出す。俺とぷに子は緊張しながらそれを見つめる。流石にこれで倒せることはないだろう。相手は熟練の探索者のはずだ。その為にもこれに連鎖した罠をたくさん作ってある。

さて、どうなることやら。

扉が開けられる、それと同時に作動する罠。

扉の周りの地面が開く。それはとてつもなく単純な罠。

そう、落とし穴だ。


探索者たちが真上にいたとはいえ、簡単にこれぐらい避けるだろうとモニターを見つめていたのだが……

「うおぁ!?」

「はっ!?」

「……む」

三者三様な声を上げながら穴の中へと落ちて行く。

……まさかこれで終わりなわけは無いよな?

穴の中にはぷに子の能力の一つ、分裂でできたスライムの粘液が待ち迎えている。

穴の中の様子をモニターで写しだすとぷに子の分身が、粘液が三人を消化しようと頑張っている。抵抗する三人に止めを刺すように上から降ってくるようにあらかじめ準備されていた粘液。

それにつつまれ、身動きもすることもできずにあっさりと三人はぷに子に消化されていった。


 呆然とその様子を見つめて、はっと我に返る。俺の内心はただただ疑問で埋め尽くされている。

これで終わり? まじで?

と言ったようなものだ。

だって、あの龍、ファフニールが作っていた迷宮なのだ。相当危険なものだろうし、この程度の罠にかかるような探索者はいないと思っていたのだが……

ひょっとしてファフニールが魔物だけを気にかけ罠が全くなかったとか?

ありそうな話だ。モニターには肌を溶かされ、ぷに子へと消化されていく三人の様子が映っている。

うん、ぐろいし表示しなくていいや。いつも通り、モニターを迷宮の方へと戻す。


あっさり終わった初めの探索者たちに喜びながらも、拍子抜けするばかりであった。

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罠迷宮の管理主 @kikupoti

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