第16話 蒼き勇者






 森の中を魔物たちが行進する。

 大暴走スタンビートそれは魔物たちの大行進。

 その規模によっては、村、町、果てには国をも飲み込む。

 なんらかの原因によって同種の魔物などが大発生したときにおこる。

 だが――。


「なんだよこれ……」


 それは本来共に行進などするはずのない、種族の違う魔物たち。

 彼らは魔物の本能も理性も狂い、ただ前に進んでいく。

 障害があれば食いつぶす、それが人であれ、隣を進んでいた魔物であれ。

 まさしく異常。

 大暴走スタンビートを見つけた青年は、命がけで村へと情報を伝えに行く。












 大森林に隣接する大国、ファルナ王国。

 王国に所属する小さな農村に普段は聞こえぬ音が響く。

 農村には基本魔物対策のため、柵などが設けられており。さらには、魔物避けの香や結界石が設置されている。

 そして香や結界の外にいる魔物は狩人や冒険者が狩る。

 これによって、魔物たちは農村や人の大勢いる町には近寄ることがない。その場所が危険だと知っているから。

 しかし、今回の大暴走スタンビートは違う。

 全ての魔物が狂いあたりのものを食い散らかす。

 少しの狩人と、偶然滞在している冒険者しかいない農村など食い尽くされるしかない。

 早期に発見され対処されていなければ――。






「ハァァアッ!」


 一閃。

 黒髪の少年が振るう剣が巨大な竜の首を切り裂く。

 竜は断末魔もあげることなく緩やかに地に伏せ、首が体から離れる。

 龍殺しの少年は、黒髪黒目町を歩けば誰もが見惚れる容姿をしていた。

 その顔に、竜から吹き出た血がかかりやがて服を血に染めていく。

 少年はうつむき、戦闘で乱れた息を整え汗をぬぐう。


「ふう……この竜がこの大暴走スタンビートの原因かな?

 明らかに普通の竜とは違ったけど……」


 少年は以前戦ったことのある竜と比べて、今回の違和感を感じる。

 現に、先ほど首を落とされた竜は明らかに異常であった。

 本来竜は知性が高く、人間よりも英知ある竜もいる。それなのにあの竜は知性のかけらもなくただ暴れるだけ。

 大暴走スタンビート


 少年の周りには、大量の魔物が村と森の境界の草原で息絶えていた。

 あたりには濃い血のにおいが漂っていた。


「はあ、死屍累々だ……

 ごめんよ、本当なら殺さずに追い返せればいいんだけれど」

「なーに、甘いこといってるんダ。

 そんなんじゃあ、勇者の名が泣くゾ」


 森の中から一人の少女が現れる。

 少女の体は、辺りの魔物と同じくらい血に汚れていた。

 だが、見た目相応の柔らかな肌には傷一つなく、全てが返り血であることをうかがわせた。


「プリシラ……その呼び方はやめてくれ。

 俺は勇者なんてたいそうな人間じゃない、現にこの魔物たちを守れなかった」

「なーにガ、大層な人間じゃないだ。

 固有能力ギフトがまんま勇者ブレイバーっていうくせニ。

 それと、アオシはちゃんとこの村を救えタ。

 この世の全てを救いたいなんテ、勇者じゃなくて神でもないとむりダナ!」


 少女――プリシラは、そういって笑いながら村の中へと歩いていく。

 その先には、少年――蒼士が守ることができた村人の姿が見えた。


「神様か……勇者ですらきついってのに、厳しいな」


 駆け足でプリシラの元に並び、二人で村人の下へと進む。

 その後ろで、静かに竜の首が揺れた。






 村の中心でかがり火がたかれ、その周りを村人たちが囲んで食事をしている。

 中心にいるのは勇者蒼士と、共に来た小さな戦士プリシラである。


「めっちゃ勇者コールされてるんだけど……」

「マッ、自分たちの村を勇者が救ってくれたんダ。興奮もするサ」

「王国の戦士長もいるんだけど……」

「カカカッ。

 マア、ワタシをみて王国戦士長とは思わんよ!

 おおかた、勇者についてきた少女とでも思っているんだろウ」


 ジェスチャーでみんなのイメージする戦士長を作ろうとするが、小柄なせいで小さな女の子が蒼士にじゃれているようにしか見えない。

 それを見た村人が、やはりあの少女は勇者についてきたただの少女だと勘違いを深めていく。


「絶対皆勘違いしてるよな、俺よりプリシラのほうが凶悪なんだけどな。

 魔物も大半はプリシラが倒したし」

「村人は皆、建物に隠れていたからナ。

 最後にアオシが竜の首を落としたのくらいしか見てないダロ」

「血まみれだったじゃん」

「アオシも竜の血でビッチャビチャだったからナ!」


 村人から見た二人は、喧騒のおかげで会話も聞こえず、仲のいい男女にしか見えなかった。






 やがて宴も終わり、村に穏やかな空気が流れる。

 村人たちも緊張の糸が切れ、皆泥のように眠っている。


「明日の後処理は大変そうだね」

「そういう面倒なことは、後詰めの部隊がやってクレルサ」

「それと……最後に倒した竜。違和感があった……今回の大暴走スタンビートの原因はあの竜なんだろうけど。

 なにか、不安が残るよ。

 これで終わりなのかって……」

「心配性だナ……そんなんじゃもてない。

 イヤー顔がいいからもてるナ!」

「急に何の話だよ!?」

「イケメンが羨ましいって話ダ。

 マ、心配なら明日後詰めと一緒に残党狩りでもすればイイ」

「プリシラも相当な美少女なんだけど。

 いや、うんごめん。明日はそうするよ」

「顔を背けるナ!同情するナ!

 この幼い見た目のせいでどれだけの男に振られたカ!

 畜生!ワタシに言い寄るのは変態しかいなイ!」


 村人が置いていった酒を一気に飲み干す。

 そして、一気に目を回し倒れた。


「酒よわ!?

 ……はあ、ここじゃ風邪引くだろうし」


 いきなり相手に夢の中に旅立たれた蒼士は、一瞬で酔いつぶれたプリシラを抱きかかえ、村からあてがわれた客室へと向かう。

 布団に寝かせた後、もうすることがないことを確認し。自分の寝室へと向かい明日の準備をして寝た。






 朝蒼士は、二日酔いで使い物にならなくなったプリシラを部屋に置き後詰めの兵士が来る前に一人周囲の警戒をしていた。


「うそだろ……」


 その眼前に広がったのは、竜の死骸が消えた草原だった。





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