第6話 巨大ミミズは酸っぱい






 巨大な相手が強力な酸を吐く。

 だが、その程度の酸では灰音の体は傷つかない。

 灰音の拳が敵の体を抉る。

 それは一方的な蹂躙だった。






 戦闘後、僕たちは森の中を歩いていた。


「いやあー、灰音は強いね!」

「雪白様の従者ですから当然です!」


 灰音が自信満々で答える。

 その肩には先ほどしとめた巨大なミミズが乗っていた。


《ビッグオリガキータ

 巨大なミミズ。とにかく巨大である》


 ……相変わらず、雑な説明だ。

 桜からもらったこの《鑑定》のイヤリング説明がものすごく雑だ。

 いままで呼んだことのある本の《鑑定》は、もっと細かく内容がわかってたはず。

 ……もしかして、片耳だけだからか?桜は両耳に付けていたイヤリングの片方だけ僕にくれた。

 二つ揃って初めて完全に《鑑定》できるのかな。

 今度会ったら、もう片方ももらえないか聞いてみよう。

 でもただだと悪いから、プレゼントも用意しなきゃ。神様だから貢物かな?


「雪白様、洞穴に到着しましたがこのミミズはどうしますか?」


 おっと、考え事をしていたら拠点に着いたみたいだ。


「んー、まずはその辺において。流石に今すんでるところには入れたくないかね。

 あと、灰音も人化して大丈夫だよ。」

「畏まりました」


 僕は灰音がここまで持ってきた巨大ミミズを見つめる。

 今はもうしとめてしまって動かないが、生きていたころは酸を吐く以外ただのでかいミミズだった。

 まあ、でかいだけで本来は強かったはずだけど相手が悪かったかな。正直灰音がめっちゃ強い。

 しかし……でかいだけのミミズ。これを食べるのは勇気がいる。せめて焼きたい。


「灰音……火って吐ける?」

「火だと雪白様のほうが得意じゃないのですか?狐火とも聞きますし」

「う……僕は、それ使えないかなあ……」

「なんと!」


 狐火どころか、何もできない。多分小動物にも負ける貧弱さだ。

 本当に灰音の主でいいのだろうか。非常食がいいいところじゃないのかな。

 ああー、考えれば考えるほどネガティブになってきた。いや決して目の前のものを食べたくないってわけじゃなくて。いや、食べたくはないや。

 でも、強くなるには食べなきゃいけない。灰音は強い。今後召喚する百鬼も今の僕より強いだろう。

 そのとき、敵対されても対処できるようにしたい。

 僕の能力は恐らく忠誠心を植えつけるわけじゃない。どこかから妖怪を僕の元に呼ぶだけだ。灰音はたまたま仲間になってくれただけ……

 意を決し、巨大ミミズにかぶりつく。その姿を、灰音がジッと見つめているのが印象的だった。






「う……うえぇ……」


 なんとか食べきった。

 問題は量ではなく味、ものすごく生臭く酸っぱい。美味しい酸っぱさではなく拒否反応の出る酸っぱさだ。

 それを全部食べきった僕はほめられても良いだろう。


「料理ができるようになりたいなあ」


 それか、料理のできる人が側にいて欲しい。

 これからも僕は魔物を食べるだろう。そのときに調理されているか、いないのかでは大きく違う。主に僕の精神ダメージが。

 せめて火だ、後塩。その二つがあれば多少マシになる。


「どうでしたか、私の狩った獣は?」

「うん……流石にミミズはおいしくなかったよ」

「そうですか!次は別のものを狩りますね!」

「まあでも、力は……増えたかな」

「それは良かったです!」


 満面の笑みを向けられると、流石に照れる。

 うん、でも早速次を狩らなくてもいい。まだ食べられるけど、精神的にきつい。


「灰音ストップ。今日はもう良いかな。それともキミの食事?」

「いえ!私はもともと骨ですので特に食事はいりません!

 雪白様の眷属としてか、側にいるだけで力も回復するみたいなので!」


 なんと、僕にそんな力があったとは。

 完全に支援タイプな能力だ。いあや、眷属の主としては前線に行くことがないのが普通なのかな?

 しかし、まだ全然自分の事がわからないなあ……。いつになったら、能力とかを全部理解できるんだろうか。

 それに、以前頭に響いた進化も気になる。


「進化……ねえ……、進化できたら今より強くなれるのかな」


 この世界は思っていたより危険だ。洞穴の外には魔物が蔓延り、桜の説明なら妖怪でも魔物扱いされるだろう。

 妖怪とばれたら人々も敵になる、そんなときに灰音だけを前に出すのは嫌だ。

 たとえ僕が支援能力だけだとしても、これは僕のわがままだ。

 わがままを通すために強くならないといけない……そのために、灰音に頼るのもちょっと申し訳ないね。






 本日二度目の食事。今度は蛇だ。

 なんだろう、僕は細長いものしか食べられない呪いでもかかっているのだろうか。つらい。

 味は、ミミズよりは美味しかった。THE生肉って味だった。

 味よりも、良かったのは妖力だ。初めての魔物食。ミミズと蛇。

 この二匹を食べたおかげで、妖力が昨日よりもかなり増した気がする。まったく強くはなってないんだけどね。

 進化しないと強くなれないのかな……やっぱり。


「……本当に、雪白様は弱かったのですね」

「う……」


 灰音の言葉が胸に刺さる。

 先ほどの狩り。僕は蛇の尻尾ではたかれただけで戦闘不能になってしまい……おかげで夜の狩りは、小さな蛇一匹。すぐに撤退することになったのだ。

 まさか、自分と同じ大きさ程度の蛇に瞬殺されるとは思わなかった。

 あれは、幻滅されただろう……




 もし、灰音が僕の元から去りたいって言ったらそれを受け入れよう。

 方法はまだ知らないけれど、元の場所に戻れるよう努力しよう。

 たった一日の主従、それだけで楽しかったから……


「雪白様……」


 鼓動が大きくなる。……いや動機が激しくなる。息が苦しい。

 まさか、考えている最中に声をかけられるなんて……しかも声色は真剣。

 これは、本当に別れの言葉かもしれない。

 ああ、寂しい。


「なあに、灰音」


 少し声がかすれてしまった。

 僕は、少しおびえながら彼女の言葉を待つ。


「……お聞きしたいことがあります」


 聞く?別れの宣言じゃないのか?

 疑問に思いつつも、返事をする。


「うん、なにかな」

「雪白様は……世界をも超える力を持って私をここへ呼び出しました。

 それは間違いなく偉業。世界を渡るなど、ただの妖怪ではありません。

 そのような力を持ちながら弱き妖怪である、雪白様。


 あなたは何者ですか。

 何故、私をここへ呼んだのですか。

 あなたは……何が目的なのでしょうか。

 お答えください!」


 灰音の問い……それは一種の覇気をまとって僕に届いた。

 何故……何者……、そして目的か……。

 まさか、そんな問いをされるなんて。別れの挨拶じゃなかったのか。

 それに、馬鹿だなんてとんでもない。


「そうだね……」


 真剣な問い、それを適当に答えるなんて許されない。

 僕も真剣に考えて答えよう。彼女の問いに。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る