第5話 骨は食べられない






《がしゃどくろ

 骸骨の妖。なぜ骨だけで動いているか解らないが、強力な力を持つ。

 骨しかないからか、知能は低い》


 おお……鑑定に強いって書いてある、うらやましいな。

 羨望のまなざしをがしゃどくろにおくっていると、見つめられて恥ずかしいのか、身じろぎをする。

 しかし、この小さな洞穴はがしゃどくろには小さく、跪いているのにも関わらず天井にぶつかり体制を崩す。


「ああ、主様危ないです!」

 ズン


 大きな手が僕の横を掠める。もう少し左にそれていたら潰されていただろう。

 狐の体に冷や汗が流れる。このままでは下手したら潰されてしまう。何とかしなければ。


「がしゃどくろ……悪いけど一回洞穴から出てくれない……?

 このままだと、僕が潰されちゃいそうだから」

「そ、そんな……私が主様の側を離れるわけには……私は主様の盾です!今みたいに危険が迫ってもお守りするために、側を離れるわけにはいきません!」


 いやいや、その危険って君のことだからね……?どうやらおつむが弱いのは本当みたいだ。忠誠心は高くていい子なんだけれどねえ。

 なんで、忠誠心がこんな高いかは謎だけど。せっかく召喚したのに敵対されるよりはいいや。

 そんなことを考えつつも、外に行ってくれないかなという意思を込めて見つめるが、がしゃどくろはキラキラした瞳……瞳はないけれど、目があったらきっとそうであろう顔をこちらに向けてくる。

 これは、本気で出る気がないな。

 何か、うまく説得する方法か、この状況を何とかする方法がないか探してみる。

 僕が外に出れば解決なのだが、出口側にがしゃどくろがいるし、きっと僕が出ようとしたらついてくるから危険だ。今も少し動くたびに、ついてこようとしているし。

 大体出ようとしても、がしゃどくろが大きいせいで通り道がほとんど埋まってる。隙間を通ったらひ弱な僕じゃあつぶれるだろう。

 せめて、もうちょっと小さかったらなあ。桜がここに来たときは狭さは感じなかったので、がしゃどくろも人間サイズであってくれれば良かったのに。

 ああ、でもそれだと強さがなくなっちゃうのかな?食事のためにも、強い眷族は必須だから……え?まさかこんなとこで詰むの?


「ああ、主様がお悩みに……私が何かできれば……」


 何かって、君がここから出ればいいんだよ。身じろぎするだけで洞穴のあちこちに体を擦っているじゃないか。

 ああ、がしゃどくろが動いたからか頭の上に土が降ってくる。


「主様!頭に土が!今すぐお取りします!」

「ストォーップ!」


 コーン!と、この体になって初めて全力で吠えた。まさかてきへの威嚇などではなく、見方への威嚇でこんなに大声を出すことになるとは思わなかったよ。

 がしゃどくろの大きさで僕の頭をはたいたりしたら……もげる。

 大きいってのはそれだけで強いからなあ。


「主様は私がお嫌いですか……?」


 そんなことを考えていると、目の前のがしゃどくろの顔がふるふると震えだした。

 これは、泣きそうなのか?骸骨の表情はわからないけれど、なんとなくそんな感じがした。


「いや、嫌いじゃあないよ?ただ、大きいからね、ちょっと危ないんだよ」

「この体が嫌いなのですね!」


 突然、がしゃどくろが体のパーツを外し始めた。


「いやいやいや!?なにやっているの」

「主様が、この体を嫌いというならば、私には必要ないものなので……いけませんか?」

「いけない!ちょっとまって、なんとか考えるから!」


 このこの忠誠心本当に高すぎない!?

 バラバラ死体の上に立つ趣味はないし、非力な僕じゃがしゃどくろを組み立てることもできないし。ああ、もう一人くらい眷属が欲しいなあ。

 っと、いけない何とか考えないと。……その前に。


「そのまま絶対にうごかないでね?」

「は、はい」


 コロン


 僕の前に降ろされている、がしゃどくろの手の上に座る。まだ、あの大きさは怖いからこれが精一杯の信頼表現だ。がしゃどくろがプルプルともだえてるが、スルーだ。

 でも、どうしようか考えるにしても僕はこの世界のことをほとんど知らない。知っていることは、鑑定で知った内容と、桜から学んだことだけ……無知にもほどがある。

 早いうちに、ここを出れるようにして色々と学ばないとなあ。

 ああ、でも僕らは魔物に見えるだろうから、桜の言ってた『人化』できるようにならないと、それにはまず進化できるようにしないとだめっぽいなあ。




 ……ん?『人化』?


「そうだ!『人化』だ!

 がしゃどくろ!『人化』はできる!?」

「それは、人間に化けろということですか?

 それだと、今より小さくなって弱くなるので……」

「できるならやって!」


 解決策が見えた!

 しかし、がしゃどくろはそれでも『人化』しようとしない。

 はあ、忠誠心が高すぎるのも問題だなあ。僕を守ることだけに重きを置いている感じだ。

 僕は、ため息をつきつつがしゃどくろの元から離れる。後ろから、悲しげな声が聞こえるが無視だ。ここで甘やかしていたら、きっと僕の言うことを聞かなくなるだろう。


「がしゃどくろ……『人化』しないなら、僕は絶対に近寄らないよ?まだ、お互いに慣れていないんだから事故が起きるかもしれないからね」


 事故を起こすのはがしゃどくろで、被害者は確実に僕だけど。


「基本は、人の姿でさ?戦いのときだけその姿にならないかい?

 そのほうが敵が油断するから、守るにも都合が良いし!」

「なるほど!さすが主様!」


 あ、まさかの最後の説明で納得するのか。

 うんうん、とうなずくがしゃどくろが突然紅い靄に包まれる。

 靄が晴れると、そこには一人の美女がいた。


「主様!どうでしょうか、変ではないでしょうか?」


 灰色の長い髪を、骨のような髪留めで馬の尾のように結んでいた。

 瞳は黒く、切れ長の目。その目は深き忠誠心をたたえている。

 そして、光を飲み込んでるかのような漆黒の着物をまとっていた。


 まさか……がしゃどくろがこんなに美人。それどころか女性だとは思わなかった。

 骨のときは声が低く響いてて、て男だと思っていたし。

 凛とした声が洞穴に響く。


「主様……へ、変ですか?」


 こんな凛々しい声で、仕事ができそうな見た目なのにお馬鹿なのか……ギャップがすごいな。


「ううん、へんじゃないよ。ちょっと美人でびっくりしてたんだ」

「ななな、主様お戯れを!」

「ゴォン!?」


 照れたがしゃどくろに、思いっきりはたかれた。

 飛んだ。

 ……どこが弱いんだ。思いっきり吹き飛ばされたぞ。


「ああ、主様申し訳ございません!」

「い、いやこれから慣れていこうね。僕って実はものすごく弱いから」

「何を言っているのですか?私をここへ呼んだときに見せたお力……あの力は上位の妖の力でしたよ?

 主様は名のある妖狐なのでしょう?」

「いやいや、あの力はもうつかっちゃったから。また貯めなきゃだめなんだよ」

「……貯める?申し訳ございません、私では主様のおっしゃることが理解できないのですが」

「え?」


 どうやら、何か僕とがしゃどくろでは違うみたいだ。

 その違いを知っていないと今後問題がありそうだし……聞いておかないと。

 果たして、がしゃどくろからちゃんと話が聞けるのかなあ。






 長かった、すっごく大変だった。

 思っていたより、がしゃどくろは説明が下手だった。

 根気良く話を聞いてみると何とか、僕と普通の妖怪の違いを知ることができた。




 妖力という言葉は、妖怪には存在しないらしい。

 妖怪の強さなどは、おおよその気配でしかわからないそうだ。妖気ってことだろうか。

 ためしにがしゃどくろの妖力を《鑑定》してみたけれど、強いって言うのしかわからなかった。

 そして、力がが食事で強くなるなんて事はないそうだ。これには正直びっくりした。ますます僕の体の謎が深まってしまった。

 そして、僕は妖力が多くなっても強くなった感じはしなかった。きっと、進化しない限り強くはなれないのだろう。


 ならば、妖怪はどうやって強くなるのか。

 それは、別の妖怪と戦い経験を得る。それによって己の器が大きくなるらしい。ゲームのレベルアップと同じ様な感じかな。

 それと、名を知らしめること。妖怪はもともと自然現象だったり、古き伝承から生まれ出たものらしく、その名を人に知らしめ恐れ敬われることによって力が増すらしい。いわば信仰によって強くなるということだ。

 僕もこのパターンか、進化出強くなる。または一定の量妖力を貯めるごとにレベルアップするのか。




 この情報を聞き出すのだけで、なんと夜から、また夜になるまで時間がたってしまった。

 誰か僕をほめて欲しい。

 本当はもっと、いろいろ聞きたいことはあるけれど限界だ。次に説明ができる妖怪を召喚するまで我慢しよう。


「主様!私はお役に立てたでしょうか!」


 僕を疲れさせた張本人の残念美人は、黒い目をキラキラさせて僕の前で正座している。

 別に罰ではなく単純に正座が座りやすいからだ。

 はあ、まあ一番知りたい僕と普通の妖怪との違いがわかっただけで十分かな。


「そうだね、がしゃどくろはとっても役にたったよ」


 そういうと、がしゃどくろはそわそわと喜びに打ち震えていた。犬が尻尾を振っている姿を幻視する。

 しかし、がしゃどくろって呼びにくいな。種族名で呼ぶのって、なんだか信頼してないみたいだ。

 桜が僕の名前を付けてくれた時はうれしかったしなあ。


「がしゃどくろ……僕は君に名前を付けようと思うんだけど。

何か希望はあるかい?」

「な、名前を下さるのですか!私は主様の下さる名前なら何でもかまいません!

 たとえ、骨と呼ばれようが身に余る光栄であります!」

「いや、そんな名前はつけないって」


 さて、許可はもらった。なんて名前を付けようか。呼びやすい名前が良いなあ。それと日本っぽい名前が良いよね、横文字だと似合わないだろうし。

 僕の名前は、白かったからだし。せっかくならそのイメージで名付けようかな。

 がしゃどくろは本当の姿は白いけど……それじゃあかぶるから。今の姿だ。


 うん、やっぱりがしゃどくろの姿で一番目を引くのはあの綺麗な髪だ。灰色の髪……


「がしゃどくろ、君の名前は灰音だ。

 キミの髪の色から取ったんだ。気に入ってくれるかい?」

「もちろんでございます!

 この灰音!主様に身命をとしてお仕えする所存であります!」


 良かった、気に入ってくれたみたいだ。

 最後に、気になっていたことを言わせてもらおう。


「灰音」

「はい!」


 名前を呼ぶだけで、この世の絶頂かのような表情で返事をする。……そんなに嬉しかったのか。もっと早く名づけてあげればよかったなあ。次来る子にはすぐ名づけようと、心のメモ帳にメモをする。


「僕も灰音って呼ぶから、灰音を僕のことを雪白と呼んでくれないかな?

 この名前は、僕のうまれて始めての友達がくれた名前なんだ。

 それに……僕だけが名前を呼んでるなんて、寂しいじゃないか」


 主様って、呼ばれるのもむずがゆいしね。

 灰音の顔が、嬉しさで崩れた顔から、やさしい笑みへと変わる。


「かしこまりました、雪白様」

「よろしくね、灰音。

 明日から、二人でがんばって行こうね」


 明日からは、狩りにも言って妖力を貯めないとね。

 灰音の強さや、この周辺の状況も知りたいし。




 この日誕生した、灰音という名のがしゃどくろ。

 そしてその主である妖狐、雪白。

 二人がどんな未来を見せるのかはまだ神にも解らない。





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