第3話 神様はおいしい
「ごめんごめんって、噛まないで!
本当に雪白は例外的な存在なんだよ?」
例外って言われても理解できる情報が足りない。
桜を睨みながら、噛むのをやめる。桜は涙目になりながら話を続けた。
「そうだなあ……この世界には、雪白以外にも転生者が存在する。
でも、ほとんどは人間に転生するし、この世界に降りる前に神々が一度会っているんだ。
けれど雪白はどちらも違う。人間でもないし、神に会ってこの世界に来たわけじゃあない。
何より雪白は、人種、魔物どちらでもない」
耳のイヤリングを指で弾き話を続ける。
「これは、鑑定のイヤリング。このイヤリングを付けていれば《鑑定》の能力が使える。
これを使って雪白を《鑑定》したんだ。その結果……」
「結果は……」
ゴクリ
「雪白は妖怪だ、狐の妖怪妖狐だ。
この世界には魔物はいても妖怪はいない、完全に別物なんだ。
それなのに雪白は、この世界に転生している。
例外的な存在ってのはわかったかな?」
「妖狐……」
そう考えると、今までの生活での小さな謎が理解できた。
もともとが、不思議な存在だ水がなくても生きていけるのだろう。
空腹などは謎だが、妖怪の常識なんてわかるはずもない。
これからの生活で解っていくのだろう。
「ま、この程度は教えても大丈夫な情報だね。長くなる説明は……あとで冊子にして渡すよ。
それ以外は自分で知っていって欲しいかな。他の転生者も、この程度しか説明受けないだろうし」
「冊子……」
神様が渡すにしては、書類感が強い。
けど、この桜という神には似合っている気がした。
ずっと桜の足をかんでいると、だんだん噛み心地が気に入ってきた。
あむあむ。
「あはは……説明したから離して欲しいな……あ、そうだ」
そういって桜は、自身の耳につけていた桜の花びらモチーフのイヤリングを肩耳だけはずした。
「このイヤリングをあげよう。
さすがに何もなしで森で一人生きていくのは難しいだろうからね。
いまあげられる道具はこれくらいだから許してね
うん、似合ってるよ」
そのイヤリングを、僕の左耳に付けほほえんだ。
……む、可愛いけどごまかされた感じがする。あの頭の花のほうがお宝だろうし。
でも、僕はあんまり桜を憎めなくなっている。噛むけど。
「それは、鑑定のイヤリング。これからの生活にきっと役に立つさ。
鑑定はさっきも説明したとおり、魔法で対象の説明がわかる魔法だよ。これは便利だよ。
このイヤリングは僕が神になる前に使っていたものだからね。大切にしてくれよ?
意匠は神様になったあとにいじったけれど……うん、とっても似合うよ」
桜の花びらが、僕の左耳で揺れる。
今でも付けているんだから、大切なものなんじゃないのかな?
でも、そんな質問は桜の笑顔にかき消された。
これは、何を言っても僕に渡す気だな。この短い付き合いだけど、なんとなく桜の考えが読めた。
「……あ、ありがとう」
っく、さっきまで噛み付いていた相手にお礼を言うなんて、結構恥ずかしいぞ。
僕が恥ずかしがっていると、桜がものすごくにんまりとした笑みを浮かべてこちらに話しかけてきた。
「さて、何か質問はあるかい?」
質問……正直このイヤリングだけで色々と満足している気がする。
でも、これは聞いておかないといけないかな。これから生きていくうえで知っておくべきことだし。
「僕は、人間に戻れるの?そして地球にも」
戻れなくたってかまわないけど。
特に、地球には戻れなくても良いかな。いい思い出はないからね。
それでも何か目標が欲しい。何せ異世界だ、なにがおきるかも解らない。そんなときに目標が、あるとないじゃ、色々と変わってしまう。
「不可能だ」
はっきりと、否定された。
僕はもう、あの世界には戻れないのだ。
いい思いでもなく、未練も無いと思っていた世界だが。戻れないと解ると、少しだけ……少しだけ涙が出た。
「たとえば、勇者召喚なら向こうの世界で生きていたから帰れる。
けれど転生は帰れない。
理由は簡単だ、もう死んでしまっているからだ。帰る場所ではなくなるんだよ」
地球の僕は死んだ、今の僕は新しい妖狐の僕。別物なんだ……
「それと、人間にも戻れない。《人化》……人の姿に変化することは可能だけどね。
……でも、地球には帰ることはできずとも。地球に今のまま行くことができる方法がある」
「それは?」
今のまま地球に行く?
どういうことだろう。
「雪白も神になればいいんだよ」
神になるって……そんな簡単に言って。
「そんな簡単な話じゃないでしょ?」
「簡単さ。
国を滅ぼして、それをぜーんぶ生贄にするんだ。
そうしたらきっと邪神にひゃなれるさ」
そんな、恐ろしいことを桜は笑いながら言った。
でも、これは冗談だな。絶対に僕の反応を楽しもうとしてる。
「そんなことしないよ」
「ふふ、だろうね。
雪白はそんなことより、楽しむために生きていきそうだよ。
でも、これは実際にありえるからね?そんなことに巻き込まれて死なないでね?
せっかく僕の宝物上げたんだし」
「そんなフラグみたいな……」
いやいやいや、絶対にそんな場面に出くわさないからね!?
僕は楽しく生きるんだ。そんな地獄みたいな現場に会いたくないよ。
神社から、シャランという音が聞こえる。
「あー、そろそろ帰らないといけないかな……せっかくの休暇だったけど、休めはしなかったなあ……」
桜は後ろの神社を振り向き、悲しそうに呟く。
噛み付いたときよりもつらそうな表情だ、神様の世界も色々大変なのかな。
「じゃあ、お別れかな。さっき話したことと説明を省いたところは冊子にしてまとめたから。後で呼んでね」
「……ねえ桜」
僕はお別れと聞いて、つい声をかけてしまう。
「なに?」
「また会える?」
お別れするのは悲しい。
僕はこの神様が好きになってしまった。このわずかな時間だけで友人だとも思ってしまった。
神には、僕はただの有象無象かもしれないけど……ボクにとっては人生初めての友達だ……
少しうつむいていると、桜がにんまりと笑う。
「もちろん!
雪白……キミはボクの友人だ!
神になるなり、英雄になるなり……偉業を成すんだ。人を救い、町を救い、国を救う。
神が認める偉業を成すんだ。それこそ、物語みたいにね」
桜は、そう呟いた後こちらを向いて手を合わる。
「絶対に、また会うよ……
桜は僕の始めての友達だからね」
ちょっと照れくさいけど、ありのままの本心を伝えた。
周りが光に包まれる。ここに来るときに見た光と同じだな。
光の向こうから声が届く。
「願わくば、雪白がこの世界を愛してくれることを祈っているよ」
声が途絶えたとき、そこは僕が生まれた洞穴の中だった。
先ほどまでいた空間の残滓などまったくなく、夢ではないかと疑いたくなる。
でも、揺れる花びらと、目の前に置いてあるメモ……メモというより小冊子が夢ではないということをはっきりさせてくれる。
「桜……」
小冊子には、手書きで《異世界生活の手引書》という文字と、桜のイラストが書いてあった。
……桜の木ではなく、桜本人のイラストという所が腹立つ。無駄にうまいし。
……ふむ、これは結構大事だな。
初めのほうに、書いてあるのは桜の神社で聞いたことばっかりだけど。後半に書いてあることは絶対に知るべきことだ。
雪白の《特殊能力》について。
これは……生きていくうえで一番大事なところだ、もし無しだったらただの狐として生きていくしかない。そんなんじゃあいつまでたっても桜に会えない。
僕は、不安とわくわくとした感情を抱えながら、桜のメモを読んでいった。
―――まず、固有能力ギフトについてだ。
これは、人々が持つ固有の力。
まさに神様の贈り物ギフトのような力さ。
固有能力ギフトは、人によって様々、十人十色だ。
でも、その力は強大。知っておいて損は無いと思うよ。
それで、雪白の能力なんだけど。
雪白の力は
《百鬼夜行》
雪白のための百鬼夜行を召喚する能力だ。いやあー、すごいね。
これ以上は、僕が教えることはできないけれど、雪白はこの先を知る力を持っている。
ボクの上げたイヤリング、使っておくれよ?
あと、《鑑定》の能力だけど、使うには力が必要だから気をつけてね。
力、という説明に違和感を覚えた。
何故なら初めのほうに、この世界の力について書いてあった言葉。
この世界は、魔力が存在する。
魔力とはこの世界の魔法を使うための力だ。魔力は万物に宿る。人も魔物も植物も、多かれ少なかれ魔力を持っている。
魔力は、使いすぎれば枯渇する。魔力が枯渇すれば意識を失うので、安全な場所意外だと死んでしまう恐れがあるので気をつけてね。
だ、そうだ。
普通なら、力じゃなくて魔力って書くんじゃないんだろうか。
わざわざ、力と書く理由には何かが隠されている気がする。
その何かを確かめるため、自身のスキルを鑑定してみた。
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