第2話 神様は美味しいの?






「痛い痛い何で!?」


 女の子が叫ぶがミミズしか口にしておらず空腹の僕には関係ない。

 かまわずに噛む力を強めていると、女の子が涙目で言ってくる。


「ちょ、ちょっとまって?ボクは神様なんだけど、なんで噛まれてるの!?」


 神様……?確かに普通には感じない神聖さがあるけど……

 とりあえず噛む力を強めた。


「ええええ、なんでかな!?

 普通ここで強く噛む!?」

「神様でおなかが膨れるか!」

「それもう完全にボクを食べる気じゃん!」

「食べていい!」

「だめだよ!」


 残念ながら、お肉は会話できるみたいだった。

 僕は噛む力を弱めて会話してみることにしてみた。


「あ、離してはくれないんだね……痛いんだけど」

「おなかすいてるから……ご飯を失うわけにはいかない」

「さすがに会話できる相手をご飯と考えるのは怖いよ!?」


 女の子は、完全に野生の獣じゃんなどとブツブツ呟きながらこちらを見る。


「って、あー君はもしかして転生者かな?

 ……っ!?

 しかもかなり変わった存在みたいだね。おもしろい……

 あと、ボクは神様なんだけど……噛むのやめてくれないね」


 なにが、面白いのだろうか。神様を名乗る少女は興味深そうにこちらを見つめている。

 そして何かを決心したようにうなずき、自分の頭に咲いた桜の花びらを摘みこちらへ差し出す。


「これあげるから少し落ち着かない?食べるときっとキミの得になるからさ……」


 上の人に怒られるんだけどね……と呟きながらこちらへ花びらを渡してくる女の子。

 得になるということはおいしいのかなと思い僕はその花びらを口にするが。


 モグモグペッ


「味がしない……」

「吐くのは酷くないかい!?身を削ってプレゼントしたのに!

 それにおいしくなんてしないよ!おいしくしたら本当に食べられるからね!」

「確かに」


 うん、美味しかったら襲い掛かってたかもしれない。

 でも、あの花びらを口にした瞬間から不思議と空腹感がなくなっていた。


 ジュルリ。

 全部食べたら、生まれて初めて満腹になるか。


「いっておくけど、もうあげないからね!?

 花びら一枚だけでもすごいものなんだから!」


 おっと、心を読まれた……もしかしたら本当に神様なのかもしれない。

 おなかが満たされて冷静になった頭で考えてみる。これは確認しておくべきだ。

 天罰とか食らいたくないからね、手遅れかもしれないけど。


「本当に神様なの?証拠が欲しいなー」

「あ、落ち着いてくれてよかった……うん、本当に。ふくらはぎに歯がたついてるし……

 で、あー証拠?いいよ、じゃあキミをボクの神域に招待しよう。

 他の人には秘密だよ?」


 女の子が手を合わせると、あたりは光に包まれた。






 光が収まると、そこは様々な見たこともない植物に囲まれた神社の前だった。


「さて、ここが僕の神域だ。


 あらためてはじめまして転生者よ。

 ボクの名前は桜。この世界の植物をつかさどる神の一柱だ」


 女の子……桜は、両手を広げ見た目に似合わぬ尊大な態度で言った。

 ……この空間を見せられてしまっては桜が神だということは疑えない。もしくは神に匹敵する何かだ。

 でも初めのやり取りのせいなのか、へりくだろうとは思えない。


「ふう、やっと話せるかな?

 まずは、名前が分からないと話しづらいからね。キミの名前を教えてくれないかい?」

「名前?」


 あれ、僕の名前ってなんだっけ……野生生活が長いせいなのか思い出せない。

 ボケが始まったのか悩み、うんうん唸っていると桜が。


「もしかして思い出せないのかな?

 いや、気にすることはないよ。転生のショックで転生前の記憶を失うことがあるんだ。

 でも名前がないのは不便だよねえ。




 よし!僕が名づけてあげよう。

 光栄に思ってくれよ?なんせ神が名づけなんてそれこそ伝説そのものだ」


 この桜って神はおしゃべりが好きみたいだ。

 僕が何か言う前にどんどん話を進めてくる。

 まあ、名前がもらえるなら嬉しいけど。自分で自分の名前をつけるなんて恥ずかしいからね。


「お願いします」

「おっ初めて素直だね!

 よしよし、張り切って考えてあげよう!


 狐……狐……こんのすけ……」


 とりあえずふくらはぎを噛む。


「タンマ!タンマ!

 まじめに考えるから!


 えっと、白い狐だから……雪狐……。

 白い雪……あっ雪白!

 雪白ってのはどうだい?」


 雪白……

 白くて雪みたいだから雪白って、安直にもほどがある。


 ……でも不思議と安心する名前だ。


「雪白、雪白……うん、いい。

 僕は雪白だよ、よろしくね桜」


 この名前は僕の名前だ。一度名乗ればそう確信してしまった。

 ぼくの返事を聞いた桜は子供みたいに満面の笑みで話しかけてくる。本当に神様っぽくないね。


「よろしく雪白!

 さて、キミはどうしてあそこにいたのかな?

 あそこはボクのプライベートな場所の一つで、普通は入れないんだよ?」

「え?

 入ったというか……僕はあそこで生まれたんだけど」

「生まれた……?」


 急に桜は静かになり、神域、魔物、などの呟きが聞こえる。

 そして、桜の耳のイヤリングがほのかに光る。すると、桜の困惑した瞳が徐々に理解を帯びた色を持つ。

 もしかしてあの小さな社のあった洞穴も、ここと同じで神域だったのだろうか。

 そうなると、僕は神域で生まれたの……?神様ベイビー?


「キミは神様じゃないな。

 でも魔物でも人でもない、もっと不思議な存在だ」


 おっと、心を読まれたみたいだ。


「あそこは本来魔法で結界をはっていたんだ。

 だから本来は僕以外は、入れない。近くには何もいなかっただろ?

 けれど、キミはいた。それはただ生まれたからそこにいたわけじゃない。もっと特別なものだ。」

「ミミズがいたよ」

「あー、それは多分結界で防ぐほどの存在じゃなかったんだね。

 さすがに小さな虫までは排除してなかったよ」


 え……もしかしてミミズしかあそこにいなかったのは、桜のせいなのか?

 僕が恨みのこもった目を向けると、あせったように弁解してくる。


「いやいや、ミミズしかいなかったとしても感謝してよ!?

 結界の外は魔物がいるんだから、結界がなかったら今頃雪白は食べられてるかもしれないよ?」

「僕がご飯に……て、魔物?」

「ああ、いまさらかい。

 いやまあ、君の感じからして何も知らない転生者だとは思ったよ。

 それにしても、気になるの遅くないかい?

 神域や魔法とか、色々言ってたのに……」

「けっこう聞き流してたから……」

「ボクって神様なんだよ!?」


 桜がだんだん涙目になる。

 でもしかたがないと思う。ここの景色は見ているだけで心が躍るのだ。桜を無視することも必要なのだ。

 でも……病院にいたころは、個室だったのでほとんど他人と会話することがなかったので桜との会話は、新鮮で楽しくなってくる。


「はあ、まあいいや……

 しかし、何も知らないと不便だろうね。

 よっし!これからキミには色々と教えてあげよう!メモでもしたほうが良いね!


 桜がパチンと指を鳴らすと僕の前にメモ帳とペンが出てきた。

 ……肉きゅうじゃもてない。

 ジトッとしためで桜の足を見つめると、桜があわててフォローしてきた。


「ごめんごめん!狐の手じゃ書けないね!

 せめて人化できればいいけどまだ無理そうだからね。

 よし、説明が終わったら僕がメモを渡してあげるよ。


 ……だから噛まないでね?」

「人化って、どういうこと?

 そんな魔法みたいなことが僕にもできるの?」


 質問したというのに桜は僕に対してきょとんとした表情だ。

 何でそんな顔をするんだろう。この地球で狐が変化するなんて空想を……いや、神様がいるんならできるのかな?


「あー、あーもしかして雪白はここがまだ地球だと思ってる?」

「ちがうの?」

「違う。なるほどねまずはそこから説明しようか」


 ほんとに聞き流してたんだなーとこちらを見てくる桜の目を、無視して説明を促す。

 それから桜の説明した内容は、なかなか簡単には理解できるものではなかった。


 まずはこの世界。この世界は地球ではなく、地球とは違う異世界。

 その名前はトルキア。

 剣と魔法のファンタジー世界らしい。


 トルキアには様々な人種が存在しており、それらを大まかに分けると

 普人種、亜人種、獣人種、魔人種だそうだ。


 そして、この世に住む人種以外の動物を、魔物というらしい。


 普人種は、僕の良く知る普通の人間。

 亜人種は、エルフやドワーフなど精霊に連なる人間らしい。

 獣人種は、体に動物の特徴を持った種族。動物の割合は様々らしく、耳だけだったり全身が毛に覆われている人もいるとのことだ。

 魔人種は、身体に魔物の特徴を持っていたりするらしい。この種族はもっとも種類が多く分類がしづらいと桜が愚痴っていた。

 まあ、普人種亜人種獣人種のどれとも違って、意思疎通が取れれば大体魔人種と考えて良いらしい。


 僕は人ではないので恐らく魔物。魔物は討伐対称なので、魔物じゃないほうが良かった。


 そんな説明を長々と桜はしており、正直まとめてやっとさっきの内容だった。

 一生懸命覚えたが、話が長くて大変だ……

 無駄なところに脱線しすぎである。ちょいちょい上司らしき神の愚痴を言っていたし、神様って大変そうだ。


「まあ、こんなところが必須の常識かな?国際情勢や他の常識は自分で学んでね。

 僕も全部を教えられるわけじゃないんだ、神様にもいろいろ縛りがあってね」


 めんどくさいよねー、とかいっているが、さっきの愚痴とかは話していい内容なんだろうか。魔法の神のバカヤローとか言ってたけれど。


「次は、キミについてかな」


 来た、これについてはすごく気になっている内容だ。

 いったい何故今この世界にいるのか、何故狐なのか、人間に戻るのか、元の世界に戻れるのか。

 もし、元の世界に戻ったら病気のまんまだったりとかは嫌だから、きちんと確認しておかないと。


「それで、雪白のことなんだけど、さっきの説明とは違うんだよね……」

「は?」


 は?

 僕は、桜の足に全力で噛み付いた。






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