妖狐の異世界遊歩

浅葱葱

第1話 ミミズ……おいしい






 野山を小狐が走る。小狐は今日の獲物を咥えていた。






 今日は久々のお肉だ。

 僕は、運よく獲物を拾えた幸運に尾を左右に振る。

 咥えたねずみは、僕の大きさの3分の1ほどもあるが。これは、ねずみが大きいのではなく僕が小さいからだ。

 住処にたどり着くと、焼いたりせずにそのまま食べる。調理なんてしない、できるわけがない。

 本来なら血の味でそのまま食べられるはずがないのだが、今の僕にはおいしいわけではないけど食べられる。

 最近は虫と木の実しか食べられなかったのでお肉が食べられるのは嬉しいことだ。

 ん、やっぱりお肉は大事だね。

 最近はミミズばかりっだったからなあ。

 虫や木の実を食べるよりずっと力になる。




 僕が、こんな生活をする羽目になったのは今から一ヶ月ほど前からだ。











 ある日、僕は二度目の人生を迎えた。

 いや、新しい命に生まれ変わったというのが正しい。

 何故なら僕は人間ではなくなったのだから。




 白い小狐。

 それが僕の生まれ変わった姿だった。




 生前、僕は病いに侵され常に入院していた。

 学校に行くことができていたら、高校三年の夏。

 僕は病に呑まれ命を落とし、新たな命を授かった。











 目が覚めると、薄暗い洞穴の中にいた。

 しかし、僕は死んだはずだ。最後の記憶は病室の天井。

 周りを見て解ることは、ここは洞穴の入り口で奥は先が見えない程度の深さが続いている。

 入り口の大きさは、とても大きく見える……が、何故かやけに僕の目線から地面が近い。

 今までのように倒れてるかといえば、それは違うといえる。

 何故なら、今の体調は病室にいたころと違いすこぶる快調で、体も自由に動かせるのだ。

 手を動かす、指の感覚が薄く手を握ることができない。

 足を動かす、なんだか関節の位置が違う気がする。 

 尻尾を動かす、ふわふわしている。


 ……尻尾だ、それどころか手も足も毛に覆われている。

 どうやら僕は狐に生まれ変わったみたいだった。






 あれから一週間。

 自分が狐になってしまったということにもなれてきた。

 それどころか、こちらの体のほうが満足いっている。

 人間だったころは、まともに体を動かすことも億劫だったのだが。この狐の体は小さいながらも健康で、元気に動き回れる。

 しかし、僕はいまだ洞穴から移動することができていない。

 移動した範囲といえば、この洞穴の入り口が見える範囲まで、それ以上は離れることができていなかった。

 なぜかは解らないけれど、この洞穴から離れてはいけないと本能がいっている気がするのだ。

 それを肯定するかのように、時折聞いたこともない獣の鳴き声が聞こえてくる。

 結果、近くに見える木の実と、後は穴を掘って出てきたミミズしか食べることができなかった。

 初めはミミズを食べることはいやだったけれど、というか初めは食べ物とも思えなかった。

 でも、木の実を初日で食べつくしてしまい。その後のまず喰わずで三日たったら、ミミズも食べ物に思えるようになってしまった。

 僕は赤ちゃん狐かもしれないが、不思議と牙が生えており何でも食べられた。

 それに、自分の中の本能がもっと食べろと言ってくる。

 そして、意を決して四日前僕は始めてミミズを食べた。


 普通にまずかった。


 そんな食生活を今まで続けている。

 食事だけは、病院食のほうがましだった。

 寝床は体の毛のおかげで病院より快適だ。


「お腹……すいた。

 もっと、美味しいもの食べたいなあ」


 少女のような声が響く。

 僕は狐なのだが、なんと言葉が話せるようだった。狐になって二日目、なんとなしに呟いたら人間のころの言葉が出てかなり驚いた。誰か別人が来たのかと思ったくらいだ。

 人間だったころと変わらず、何不自由なく話すことができる。

 声は少女のように高く、生前の病に枯れ擦れた声とは大違いだった。初めてしゃべった日は、自分の声に聞きほれ何度も独り言を呟いたぐらいだ。

 まあ、話し相手がいないから言葉が話せても、独り言以外本当に何の意味もないけれど。

 こうして、日々自分の事を新たに知りながら時は過ぎていった。






 三日後、ミミズしか食べられなかった。

 もう、初日しかミミズ以外のものを食べれていない。地面を深く掘っても石などしかミミズ以外は見つからない。

 綺麗な石がいくつか掘れたので、洞穴の何時も寝ているところの近くにまとめておいた。綺麗なものは娯楽のない今では眺めるだけで楽しい。

 明日は本当に少し遠出をするか悩む……いやいや、まだ他の動物にあってないし、ここがどこかも解らないんだ。

 もし熊なんかに出会ったら絶対に逃げられない。というか野犬にあっても食べられるだろう。

 今日も悲しくミミズを食べるのだった。






 生存二週間。

 今日もミミズ。というか毎日ミミズだ。ここミミズ多すぎない!?

 まあ、それだけ豊かな土壌なのだろう。

 森はうっそうと茂っており見るだけで豊かだと解る。


 ……なのにおいしい木の実がないとか許せない。


 おとといは、食べるとまずいし、しびれる木の実があったがあれはなしだ。

 ミミズよりおいしくないとか許せない。


 さて、今日も食料を探すために僕は洞穴を出る。






 今日で一ヶ月。

 ふふふ。

 今日もミミズだ。

 もうだんだん野生化してきた自覚がある。

 穴を掘る速度もはやくなってきた。

 ああ……木の実……それかおいしいものが食べたい。お肉とか果物とか……

 これはさすがに、捜索範囲を広げる必要がある。

 まずは、怖くて奥までいっていなかったこの洞穴の中に行くべきなんだろう。




 思いのほか、洞穴は深い。

 もぐっていくと、外の明かりが見えなくなってきた。

 しかし、外の明かりがなくとも奥はほのかに明るく、反対側の出口につながっているように見えた。

 もしかしたら、あの先に新しい食べ物があるかも!

 僕は意気揚々と洞穴の奥へ走っていった。


 ゴンッ


 洞穴の奥は別の出口じゃなかった。

 奥にあったのは不思議な雰囲気の小さな社が一つ、ぽつんと建っていた

 社がこんなとこにあるということは、人里が近くにあるということだろうか。古い社に見えるが、手入れが行き届いており汚れなど一切見えなかった。

 これは、僕が来る前までは定期的に誰かが手入れをしていたのだろう。この一ヶ月は誰かが来た気配はないので、その前に来ていたのかもしれない。

 空腹に耐え切れず、社の柱をかじってみる。罰当たりだけれど、神様も哀れな空腹の狐のやることは許してくれるだろう。


「かたい……」


 硬いというより、弾かれている?普通に触れる分には、優しい木の手触りなのだが傷つけようとすると硬く弾かれるのだ。

 まるで魔法のように。

 僕は、空腹の悲しみでその場にへたり込んでしまった。

 正直もう動けない、一ヶ月もミミズだけで生きていくなんてもともとおかしいんだ。普通は水とかもいるのに……ミミズ食で体が馬鹿になってしまったのだろう。

 そして、今ついに限界が来てしまったということだ。

 まさか、生まれ変わって一ヶ月。ミミズしか食べられずに死んでしまうなんて、悲しくなってきた。

 涙が滲み出し、声が出そうになったとき、僕以外の声が響く。


「あー、つっかれったぁ!」


 声は、甘く可愛らしく鳴り。伏した僕の体を音だけで癒す。

 初めは、社の手入れに来た人かと思ったが違った。

 声は、社の中から聞こえてきたのだ。


「もう、ほんとあの人も大人になって欲しいよ……って、あれ?何でここに生き物が?」


 社の中から、神々しい女の子が出てきた。

 女の子の体は薄く輝いており、まるでこの世の人には見えず。

 桜色の服に、桜モチーフの装飾具。どれもが女の子の魅力を引き立てており、ほとんどの人を虜にするだろう。

 その女の子は桜色の髪の毛、その髪の上には大きな桜の花が一輪咲き、甘い香りを漂わせている。


 僕が返事をできず、固まっていると。


「ここには、魔法で結界がはってあるはずなのに……なんで?」


 女の子は可愛らしい顔を傾ける。桜の髪が揺れる。

 とても良い香りだ。

 なにか、聞き逃してはいけない言葉を言っていた気がするが……


 だめだ、我慢できない。


「一ヶ月ぶりのご飯!」


 僕は女の子の足にかじりついた。





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