6月17日(1)
昇降口前の下駄箱で、
足早に正門へと向かうと、その途中......半分程度の距離で、一列になって走る生徒たちとすれ違った。陸上部だ。ちらりと、一度だけ見ると、その中に
わずか数秒の間だったが、澄輿は昼間寝の存在に気がついたようだった。一定の間隔で息継ぎを繰り返しながら、ひらひらと胸元で手を振っている。昼間寝も同じように手を振り返した。
更に雲行きが怪しくなってきたようだ。この調子ではいつ降り出してもおかしくないだろう。昼間寝は鞄の中に手を突っ込んだ。教科書や財布、筆記用具など学園生活に必要な物が詰め込まれている。
その中を乱雑に弄り、何かを掴むと勢いよく引き出した。
昼間寝の掴んだ物は、水色の長方形をしている。意を決したように唾を飲み込むと、その側面にある隙間から薄い板のような物を展開させた。
隙間から飛び出てきた銀色の刃は、一切の刃こぼれもなく、妖しい光を纏っていた。昼間寝の手にその重みが伝播する。ただ本体の重みだけではなく、恐らくはそれ以外の、精神的なものすら、昼間寝の手のひらにのしかかっている。
「これ......よく見ると刃が伸びるのか。二段階に刃の長さを変更出来る仕様になってる」
刃が収納されていた部分を覗き込むと、刃渡りが二倍まで拡大されるように細工が施されていた。どうやら一度伸ばすとそのまま長さが固定されるようロックがかかるようだ。
周りに人や監視カメラ......とにかく何かの記録に残るものがないことを確認すると、手首のスナップを効かせ、ナイフを振り回してみる。刃は銀色の弧を描き、やがて短い残像と共に消えた。
「軽い......。それに異常に手馴染みが良い。まるで最初から僕の手の形に馴染むよう作られたみたいだ」
言ってナイフを収納する昼間寝。手のひらに収まる凶器は、その狂気を密かに見え隠れさせていた。
昨日ぶりに、昼間寝は『保科』と書かれた表札を見ていた。灰色の家壁に藍色の屋根をしたごく普通の一軒家。しかし、今回は家を見る目が酷く険しい。昨日はただ訪問するだけであったが、今日は家の主である保科
鞄から出したナイフを制服のポケットにそっと忍ばせると、インターホンの前に立った。じっとインターホンを見つめると、震える左手の人差し指でボタンを強く押し込んだ。
家の中に来訪者を知らせるベルが響いたようだ。ドア越しにも聴こえる。
音が鳴ったことを確認すると、昼間寝は素早い動作で玄関から遠ざかり、家の脇へと姿を隠した。鋭い視線で玄関を睨み、中から保科が出てくるのを待つ。
「......来い、保科さん」
昼間寝の呟きからわずか数秒の沈黙の後。何かを開ける音が耳へと飛び込んだ。表情が一層引き締まる。しかし。
『............何だ? 物音はしたのにドアは開いていない。......音に過敏になり過ぎたか』
前後左右、保科に限らず人影を探すも、誰の姿も見当たらない。吹いた生ぬるい風が、いたずらに昼間寝の頰を撫でた。
「前後左右じゃない。『上下』さ」
思わず息を呑んだ。幻聴などではなく、存在する
昼間寝は上空を見る。光を遮る黒い影が空一面......いや、彼の頭上にのみ広がっていた。
「は」
自分の頭上で今何が起きているのか、頭で理解するよりも早く昼間寝は行動していた。ほぼ反射的に、前方へと飛び込んだ。顔から転倒しないように上半身を屈ませ、前転する。
正しくない姿勢で前転したようだ。首と背中に刺すような痛みが走った。苦悶の表情を見せる昼間寝。
その直後、後方で乾いた金属音がした。それの衝撃だろうか、地面が震えた。
起き上がった昼間寝。自分の後ろで一体何が起きたのか、確認しようと振り返ると。
「素直に玄関からコンニチワって来ると思ったか? 自分の常識で勝手に物事を判断すると損するし危険だぜ。もっとも、損をしたと自覚する前に既に死んでいるかもだけどね」
家の主、
彼女が落下した地点の地面は深くえぐれていた。その原因となったのは彼女の体重......ではなく、その右手に握られている金属製のバットだった。
地面を割ったそのバットには茶色い土が付着している。それを軽く地面に叩きつけて振り払うと、バットの先端を昼間寝に突きつけた。
「さぁ昼間寝君、そのポケットに入ってるナイフを取り出しなよ。暗殺者は本業である『暗殺』が実行出来ず窮地に陥っても、その状況を打破する近接格闘術を心得ているものさ。つまりは万能ってことさね。君にも体で学んでもらうよ」
昼間寝は堪忍したようにポケットに手を入れ、ナイフを取り出した。まだ慣れない手つきで刃を展開する。
『......どうする? この場を凌ぐ一手を見出さないと、この人を出し抜くことは出来ない。死ぬ気で......殺す気で考えるしか......ない』
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