6月15日(1)
「ん......」
口から声が漏れた。閉じていた目の隙間から、眩いばかりの光が差し込んでいる。昼間寝は目をゆっくりと開ける。自分の部屋があった。見慣れた景色だ。
上半身を起こすと、僅かな痛みを伴った。あの日、『
今は退院し、学校へ通うことも出来る。が、運動は医者から止められていた。
ベッドから降り、リビングへ降りた
『急ですが京都まで出張に行ってきます。一、二週間程度で帰れると思います。お金を置いておきますのでご飯はそれで食べて下さい』
達筆な字で書かれたそのメモを瞬きしながら読む。少し呆れたような顔をした昼間寝は、 メモの近くにあった数枚の一万円札に目をやった。
「ほんの二、三日前には、息子が腹に風穴開けて死にかけてたっていうのに......何というか......」
もっとも、昼間寝の母親......もとい父親にも、彼が腹部を刺され入院したという報告は一度たりともされていない。これも烏取という男の『雑貨屋』という組織の力かどうかは定かではないが。
昼間寝は適当に冷蔵庫の中にあった物を口へ運ぶと、制服へと着替え、家を出た。
教室へ入ると、何人かのクラスメイトが昼間寝へ声をかけた。その誰もが昼間寝の容体を心配していた。軽く笑い、大丈夫だよと受け答えを済ませるとすぐに自席へと腰を預けた。
机の中にしまわれている、欠席中に配布されたプリントや通知に目を通していると、肩を小さい力で叩かれた。振り向く。
「やっ、昼間寝。学校に来れるようになったんだね。心配したよ」
そこにいたのは、クラスメイトの
「ああ......、心配サンキュ」
昼間寝は軽く会釈を返した。
「入院してたんだってね、どこか具合でも悪かったのかい」
「......」
昼間寝は唖然とした。額から汗が滲み出ているのが本人にも自覚出来た。それも当然だ。何せ、烏取から伝えられた事と違ったからである。
烏取は、『
現に、先程昼間寝に見舞いの言葉を投げかけたクラスメイト達は、皆が口を揃えて高熱について心配しているようだった。しかし、目の前の鶯谷という少年は、『高熱』という言葉は一度も使わず、代わりに『入院』という言葉を用いた。つまり、彼はどこかで昼間寝が入院したという情報を得たという事になる。
「な、何だよ。入院してたって事、知ってたのか」
「うん、まあね。知り合いがあの病院に入院しててね、そのお見舞いに行った時、たまたま君を見かけてね」
鶯谷は笑いながら言った。
「あ、もう授業が始まるね。じゃあなぁ昼間寝」
そう告げると鶯谷は自分の席へ戻って行った。席に着いた事を確認すると、昼間寝は表情を険しくさせた。
「......嘘だ」
考え込む仕草をする。喉がゴクリと鳴った。
『僕は入院中、面会可能の時間帯は烏取の指示で一度たりとも病室の外へ出ていない。つまり鶯谷の言っている事は真っ赤な嘘......。一体何のために......?』
鶯谷へ視線を向ける。席に着き、教科書を開いて何かを書き込んでいる。恐らく授業の要点か何かだろう。
その何気ない行動すら、先程の言動によって怪しく、何か特別な意味を含んでいる風に見えてしまう。
している事が気になり、何度も見ていると、スマートフォンが小刻みに振動した。バイブレーション。
机の下でロックを解除すると、通知が一件入っている。
『
訝しげな表情をする昼間寝。通知をタップして開くと、ほんの数文字で、内容が綴られていた。
『十九時 帝都 七〇五号室』
一見単語が並べられているだけのように見えるが、よく見ると、どうやら接続語が抜けているだけのようだ。(故意で抜いているのだろうが)
十九時はそのままの意味、時間を表しているのだろう。続く『帝都』だが、これは『帝都財閥』の事だろう。
帝都財閥は、
帝都だけでは何の事か情報量に欠けるが、その次にある『七〇五号室』。これらを繋ぎ合わせると、『帝都七〇五号室』となる。
帝都財閥は、帝都リゾートホテルというホテルも経営しており、ホテル内の七〇五号室に集合、と解釈出来る。
『まとめると、今日の十九時に帝都リゾートホテルの七〇五号室に来い、と』
昼間寝はしばらくの間、スマートフォンの画面を見つめ続けた。
夜の
しかしながら未だに街からは光が絶えず、眠らない街として機能し続けている。そんな光に照らされ昼間寝は、一層強い光を放つ建物......帝都リゾートホテルの前に立っていた。見上げても尚視界を埋め尽くし、屋上の見えないそのビルは、並々ならぬ存在感を誇示している。
自分の服装を見る昼間寝。制服だった。完全に浮いてしまっている。
「かぁぁ‼︎ 何でこんな格好で来ちゃったんだろう⁉︎」
自分の体を弄る昼間寝。しかしいくら悔やんでも目の前の建物との釣り合いは取れないようで......。
意を決した昼間寝は、震える
「う......散々な目にあった」
独り言をぶつぶつと呟き、客室間の廊下を歩く昼間寝。
ホテルに入った直後あまりの広さに迷い、受付の従業員に部屋を聞いた挙句、ホテルを間違えたと思われて近くにある他のホテルに連絡を入れられそうになるという災難に見舞われ、ようやく七〇五号室のある階へ辿り着いた。
先の見えない廊下には、昼間寝以外に歩いてる人影は見えない。
単に客がいないのか、宿泊客がいても、皆部屋に籠っているのかは分からないが、どちらであれ昼間寝には好都合だった。変に人目を気にする手間が省かれる。
部屋の扉に取り付けられた番号を一つずつ確認していく。
「七〇三、七〇四、......七〇五! あった」
扉をまじまじと見つめる。他の客室と扉自体に差は無いが、この中に烏取がいると考えると少しばかり『重く』感じる。
一度深呼吸をし、ゆっくりとドアノブに手をかけ、回した。音が立たずに扉は開いた。
中を覗き込むと、明かりは点いていないようだ。暗闇が広がっている事を
昼間寝は部屋の中へ足を踏み入れ、扉に背中を向けて閉めた。
ギギ、と開ける時とは違い、金属が軋むような音と共に扉は完全に閉まり、昼間寝の首筋には何かひんやりとした物が当てられた。
「......? 何だ、コレ」
そっと触れてみる。冷たくて表面は固い。暗闇で視界を奪われている状態では何か分かり得ない。
「電気点けなきゃ何が何だか......」
とりあえず、と部屋の電源を探す事にした昼間寝。部屋の壁を伝って手を這わせて......。
「その必要は無いよ、
何の前触れも無く、いきなり背後から声が聞こえ、そして視界を明るい照明が包んだ。眩しい! と手で目を覆おうとした昼間寝の体は......完全に硬直していた。
「............え?」
いや、硬直、というよりも、拘束、の方が表現的に正しい。
昼間寝の体には五人もの人物が張り付くようにして彼の手足から自由を奪っていた。しかし、何より一番の驚きは、照明が点くまで一度も昼間寝に悟られなかった所にある。
「な......何なんだ......よっ、......やめろ‼︎」
必死に振り解こうと努めるも、自身の体は石になってしまったかのように動かない。
この状況に追い打ちをかける形で、部屋に入った時からある違和感の正体を悟る。
「ッ⁉︎ ナイ、フ............!」
一気に背筋が震え上がった。ずっと昼間寝の首筋に当てられていたのは、刃渡り二十センチ近くもあるサバイバルナイフだった。
目の周りの筋肉が恐怖と緊張で引きつり
「うん、うん。この絶体絶命な状況下でも恐怖で叫び、泣き出さないのは立派だ。子供とは思えない程にね。けれど、部屋に入る時は如何なるシチュエーションでも用心しなければいけない。罠だらけで、入った瞬間お陀仏なんて事も有りうる世界だからね、また一つ勉強になったなぁ! 華クン」
「............烏取ィィ............」
昼間寝は唸るように言った。サバイバルナイフを首筋に突きつける人物......
「何だい華クン? まるで獣みたいな声だ。もしかすると、君は本当に獣かもしれない。ただし、今の状態だけを見ると、鎖に繋がれた無様な獣......だけどねぇ♪」
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