第14話 通報
その頃、池澤文太は一階にある飲料水の自動販売機が並ぶ一角にいた。近くには公衆電話が置かれている。池澤は躊躇うことなく自動販売機に千円札を投入し、ペットボトル入りの炭酸ジュースを買った。お釣りのレバーを押すと、ジャラジャラと小銭が落ちていく。
これまで飲まず食わずの池澤は、早速喉を鳴らしながら、炭酸ジュースを飲んだ。もちろんお釣りを回収して。
やがて彼は小銭で一杯になった財布から十円玉を一枚だけ取り出し、ニヤリと笑った。
「これで日奈子を殺した奴とラブは終わりだ」
山吹日奈子を失った池澤文太の行動は決まっていた。小銭を崩し十円玉を入手したら、警察に通報する。
だが、十円玉を投入しようとした彼の手は止まる。公衆電話をよく見ると、緊急通報ボタンが見えたのだ。このボタンを押せば、すぐに警察に繋がると漫画で読んだ。緊急通報ボタンの存在を思い出した少年は、軽く舌打ちしてから、ボタンに手を伸ばす。
しかし、ボタンが押されることはなかった。なぜなら池澤の背後に忍び寄る影が、少年の腕を掴んだのだ。
背後を振り向くと黒いスーツ姿の優しい目をした七三分けの髪型の男がニッコリと笑っていた。その男はすぐに警察手帳を少年に見せる。
「警視庁の愛澤です。池澤文太君ですね?」
「はい。ところで、なぜ警察がここにいるのですか?」
素直に答えた池澤は好都合だと思った。これで通報する手間が省ける。その後で愛澤は答えを口にした。
「実は警視庁に妙なメールが届いたんですよ。昨晩から行方不明だった七人の中学生と一人の教師が、このショッピングモールに現れるって。君がここにいるってことは、ガセネタじゃないってことですね。他の皆さんはどこですか?」
そう問われ、池澤の脳裏に二人の同級生の顔が浮かんだ。一人はゲームに負けてどこかに連れて行かれた蒼乃恵美の顔。もう一人は何者かに殺された山吹日奈子の遺体。何とかしてこのことを刑事に説明しなければならない。池澤は悔しそうな顔をして、刑事に話しかける。
「山吹日奈子は誰かに殺された。蒼乃恵美の所在は分からない。とりあえず地下駐車場にいるラブっていう覆面の野郎を捕まえれば、日奈子の遺体と蒼乃さんの安否が分かるはずです。他の奴らはショッピングモール内にいると思う」
池澤から情報を聞き出した愛澤は手を合わせ、今後の方針を池澤に語る。
「なるほど。それでは警部に連絡して、地下駐車場に潜伏している拉致事件の主犯を捕まえてもらうとしよう。それとモール内を巡回中の他の刑事にも連絡します」
「ありがとうございます」
池澤文太は頭を下げた。これで逮捕も時間の問題。全ては池澤の思い通りである。その間、愛澤はジロジロと自動販売機を見つめた。
その自動販売機の近くでは、黒墨凛が潜んでいた。彼女は池澤が警察に保護された現場を目撃している。
刑事の話には疑問点がある。誰が自分達の所在を知らせるようなメールを打ったのか?
自分達がここに連れてこられることを知っていたのは、ゲームの運営者達だけのはず。運営の中にいる裏切り者が、メールで警察に知らせたのか? それとも……
嫌な予感を覚えた凛は、気配を消してその場から離れた。
凛の存在に気が付いた愛澤は頬を緩めた。
一方、黒墨凛は周囲を警戒しながら、文房具店がある二階に向かっていた。休日であるためか、通路は多くの人々で埋め尽くされている。
黒墨凛は確かめたかった。犯人は早くゲームから解放されたくて、山吹日奈子を殺したのではないかと。何としてでも早く帰りたい犯人は、次に警察に通報してゲームを主催するラブを逮捕させるのではないかと彼女は考えていた。主催者がいなくなれば、ゲームは強制的に終わるはず。そのため、凛は公衆電話の近くで張り込みをしていた。すると、彼女は警察が池澤を保護する現場に遭遇。
まさか池澤が日奈子を殺したのか?
そもそも犯行動機は「ゲームを終わらせたいと思ったから」ではないかもしれない。そのことを頭の片隅に置き、凛は日奈子を殺したのは池澤ではないかと疑った。
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