第5話 最初の投票


 真紀と池澤は教室に戻るため、廊下を歩いていた。その時、女子トイレのドアが開き、蒼乃恵美と山吹日奈子が姿を見せた。山吹は池澤の隣に真紀がいることに気が付くと、不機嫌な顔になる。

「椎名さん。あんなくだらないゲームの練習のために、池澤君の後を追ったのなら許すけど、そうじゃないっていうんなら……」

 怒りが爆発しそうな山吹に対して、真紀は冷静に答えた。

「大丈夫。念のためにゲームの練習相手に付き合ってもらっただけだから。それと、こんな時に聞くのもどうかと思ったけど、池澤君と山吹さんは付き合っているのですか?

 直球過ぎる質問を聞き、山吹と池澤は顔を赤くして、黙り込んだ。その後で蒼乃恵美は真紀たちに聞いた。

「椎名さんたちは出口を見つけたの?」

「いいえ。右側の突き当りは行き止まりでした」

「そう。だったら出口は吉川先生たちが探している反対側かもね」

「吉川先生も出口を探しているのですか?」

「そうよ。椎名さんたちが教室から出て行った後で吉川先生と谷村君、黒澄さんが出口を探しに左の方向へ行ったよ。東君は教室で待機してる」

「なるほど」

 蒼乃恵美の説明を聞き、真紀は納得することができた。

それから真紀は、蒼乃たちと共に教室に戻る。池澤が教室のドアを開けると、東大輔がいた。東は右手を振り下ろし、蒼乃達と視線を合わせる。

「東君。教室を右に行った先は、行き止まりになっていたみたい」

 蒼乃の説明を聞き、東は唸った。

「そうか。だったら吉川先生が向かった左側に何かがあるかもな」

「残念ながら、こっちも行き止まりだった」

 そう言いながら、吉川敦彦は両脇に黒墨と谷村を連れて教室に戻ってきた。黒墨は吉川の話に補足する。

「だけど、壁にテンキーが設置されていたから、パスワードを入力したら出られるかも」

「パスワードだと?」

 池澤が聞くと、谷村は首を縦に動かした。

「それが何桁なのかは分からない。一応他の教室に手がかりがないかを探してみたが、何も見つからなかった。椎名さんたちが行った方向にある教室は調べていないから、何とも言えないけど」

 谷村の答えを聞いた後で、プレイヤーたちの視線は椎名と池澤に向く。仕方ないと思った真紀は、事実をそのまま伝えた。

「私達が探した方の突き当りは、厚い壁があるだけで何もなかったです。最も他の教室の中までは調べていません」

 一方、気配を消して成り行きを見守っていたゲームマスターは、咳払いしてから八人のプレイヤーに話しかける。

「皆様。脱出ゲームに夢中のようですね。これが本番だったら、椎名様の一人勝ちですよ。ここだけの話、他の教室にパスワードの手がかりなんて隠していません。まあ、ゲームさえ終わってしまえば、外に出られるんですから、脱出ゲームなんて無駄な遊びをやらないで、目の前のゲームに集中してくださいよ。こっちは全員が生き残る方法も用意してあります」

「全員が生き残る方法だと?」

 池澤がラブに聞き返す。

「そう。全員が生き残る攻略法を考えるのも、ゲームの醍醐味です。まあ、誰かが裏切ったら成立しなくなるというお約束があるけどね」

 この瞬間、東の頭には攻略法が浮かんだ。彼は首を縦に動かすと、蒼乃に耳打ちする。

「お前にハートを五つ預けておく」

 恵美が頷いたのを確認した東はバンクを使った。

 

特に何をするわけもなく、練習のために与えられた時間は終わりを迎えた。それに合わせて、ラブは手を叩く。

「はい。皆様。ゲームのルールは理解できましたでしょうか? 今から第一ターンが始まります。それでは最初の投票をよろしくお願いします」

 ゲームマスターのアナウンスの後、東大輔は端末を操作して、自分のマニフェストを確認した。

それから彼は、右手の人差し指と中指を立てて、他のプレイヤーたちに声を掛けた。

「みんな。聞いてくれ。これから俺はオープンってアイテムを使って、全員のポイント数を分かるようにする。全員で助け合えば、誰も脱落しないんだ。悪い話じゃないだろう?」

 東の考えに賛同する真紀は、彼の考えを補足する。

「マニフェストの中には、ハンカチとか買わないとクリアできない物もあります。全員でそれを避けて、手を繋ぐというような簡単なマニフェストをやるように調整すれば良いと思います」

「椎名さん。補足ありがとう。これで作戦は完璧になる。とりあえず一票か二票のどちらかで選ぼうと思う。どちらかが物品が必要なマニフェストだったら、別の方を選ぶ。四票以上の公約は無視だ。どっちも物品を買わなくても実行できる奴だったら、なるべく簡単な方を選ぶ。票は必ず一人一票だ」

 誰もが思いつきそうな全員で生き残る攻略法。東と椎名の話を聞いていた裏切り者は、密に拳を強く握った。こんな攻略法をやってしまえば不都合なことになってしまう。そう思った裏切り者は、投票するマネをして、二つのアイテムを購入した。

「私は反対。誰も裏切らないことを前提にした作戦なんて、リスクが高過ぎる」

 黒墨が反対意見を口にすると、東は笑ってみせた。

「大丈夫だ。この場にいる奴らとは顔なじみだからな。そんな悪い奴はいないよ」

 反対意見をあっさりと否定した東は、他のメンバーの意見を聞かず、オープンを使った。


 東大輔  二十個

 池澤文太 十五個

 谷村太郎 五個

 吉川敦彦 十個


 蒼乃恵美  五個

 黒墨凛   二十五個

 椎名真紀  十個

 山吹日奈子 十個


 東が使ったアイテムの効果で、端末上に各プレイヤーが所持するハートの数が表示されるようになった。

「なるほど」

 黒墨凛は小声で短く呟いた。一方で蒼乃恵美は腹を立てる。

「どういうことよ。なんで黒墨さんが所持してるハートが異常に多いのよ!」

 蒼乃は黒墨を睨み付けた。すると山吹が呟いた。

「裏サイトでは人気がないってことだろう。蒼乃さんに対する不満で掲示板が埋まったこともあったし」

「そう。分かったわ」

 全員で生き残るということは、どこに行ったのか。蒼乃恵美は黒墨凛を出し抜くために動き始めた。その前に彼女は右手の人差し指を立てて、東にアピールする。

 蒼乃恵美のサインを見逃さなかった黒い影は頬を緩めた。その間に真紀は、男性陣のマニフェストを確認してみた。

『東大輔のマニフェスト』


① 黒墨凛にペンをプレゼントする 0~1票

② 蒼乃恵美の手を握る 2~4票

③ 椎名真紀を笑わせる 5~7票

④ 山吹日菜子に壁ドン 8票以上。


『池澤文太のマニフェスト』


① 蒼乃恵美に床ドン 0~1票

② 椎名真紀と会話する 2~4票

③ 山吹日菜子の手を握る 5~7票

④ 黒墨凛の好みのタイプを聞く 8票以上。


『谷村太郎のマニフェスト』


① 山吹日奈子のジュースを奢る 0~1票

② 椎名真紀に昔話をする  2~4票

③ 黒墨凛を褒める 5~7票

④ 蒼乃恵美に顎クイする 8票以上。


『吉川敦彦のマニフェスト』


① 黒墨凛と図書室で五分間二人きり 0~1票

② 山吹日奈子の頭を撫でる 2~4票

③ 蒼乃恵美に壁ドン 5~7票

④ 椎名真紀の胸を触る 8票以上。


 セクハラではないかと思われるマニフェストも含まれていたが、そんなことはどうでもいいと真紀は思った。東が決めた一人一票というルールを守れば、セクハラマニフェストなんて通るはずがないのだ。

 これは簡単な二択問題。吉川と池澤は物品を購入しなければならないマニフェストが含まれていないため、無視しても構わない。

 残るは東と谷村のマニフェスト。いずれも二票以下だと物品を購入しなければクリアできない。東との約束を守るのであれば、この二人のいずれかを投票しなければならない。

 椎名真紀は、直感で東に投票した。

 自分が決めたルールを全員が守れば、丸く収まるはずだと東は思った。しかし、彼はこれから起こる悪意に満ちた出来事を知らない。

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