初めてのお祭り
私の隣には、あなたがいた。
学校指定の夏服で右手には黒の折り畳み傘。
私はというと右手に普段使いはしない淡いピンクの傘を握っている。
やっぱり、今日も雨だった。
服装は、お祭りの日に着ている浴衣。蝶や紅葉が散りばめられた柄だ。
小さい頃、と言っても中学生のときに着ていたものをおばあちゃんに背丈にあった大きさに繕ってもらったものだ。
でも、そんな浴衣もこんな雨じゃ華やかさがない。
心に思っていたことを思わず私は言った。
「今日も、雨だったね」
雨音と、履いている紅い鼻緒の下駄がからんころんと鳴る。
「ごめんね。雨男だからさ、僕」
「ううん。良いんだよ」
雨が降るのは仕方のないことだよ。ただそれが偶然お祭りの日と被ってるだけ。
今度こそ、晴れると良いね。
とうとう屋台通りを抜けて、来た道を振り返る頃には雨は止んでいた。
もう少し、止むのが早かったらなあ。
私は傘を閉じて、笑顔で言う。
「今日もありがとう。また、明日ね」
「うん。また、明日」
私は軽く一礼して、家路に着いた。
振り返ろうともしたけど、あなたと目を合わせるのがなんだか恥ずかしかったから、私はそのまま真っ直ぐ帰った。
♦︎
「良かったら、一緒に明日の祭りに行かないかな」
あなたが初めて私を誘ったあの日のことを今でも覚えている。少しだけ顔を赤くしたあなたは、私にそう言ってお祭りに誘ってくれたんだよね。
教室が静かになったのも当然だと思う。もしかして気づいてないかもしれないけど、あなたは普段女の子と話してるところ見たことないから、皆んな驚いたんじゃないかな。
私もちょっと驚いたけど、冷静を保ってあなたの誘いに乗ったんだよ。
この街はどうしてかお祭りが多い。今月で何回したんだろう。指折り数えて、途中でやめた。
初めて誘われたお祭りだったけど、天候は雨。
傘に跳ねる雨音。雨で霞む屋台通りの道を歩くたびに水が跳ねる。何を来ていけば分からなくて学校指定の夏服で来ちゃったけど、あなたも同じで少し安心した。
会話は無いけど、あなたに気を使わせないように私は明るく最後に言った。
「また、次の祭りも行けたら良いね」
そのまま帰ろうとしたとき、あなたは私を引き止めた。
「あの。連絡先、交換しないかな」
男の子の、連絡先ーー。
携帯にはお父さんしかいない。男の子の連絡先を貰うのは、これが生まれて初めてだ。
私はスカートのポケットから携帯を取り出して、そのままあなたのメールアドレスを交換した。
「ありがとう。それじゃあ、次の祭りも誘うね」
「うん。楽しみにしてるね」
そこで私たちの会話は途切れた。
次も楽しみにしていたのに、あなたからお祭りの誘いはその日だけで、他のお祭りの誘いは無かったーー。
♦︎
携帯がバイヴし、あなたからの誘いが来たのはそれから一年経った夏。
お互いクラスが離れてしまったから、連絡先を交換したのは正解だった。
そしてその内容は、
『久しぶり!明日の祭り、一緒に行けないかな。』
あの後お祭りの誘いがなかったから、何か悪いことをしたのかなと焦っていたけど、そうじゃないみたいで私は安心した。
嬉しくて、すぐに返信する。
よおし。次こそは浴衣を着ていくぞ!
♦︎
私は前回夏服だった衣装を浴衣に変えた。ついでに下駄も履いた。この下駄はおばあちゃんからのお下がりだ。お祭りらしい衣装で屋台通りを歩いていた。
だけど、どうしてなんだろう。
その日も雨が降った。
「久しぶりだから、着てみたんだけど......」
雨空を見上げて、ポツリと呟く。
だけど、残念がっていた私にあなたはこう言ってくれた。
「君の姿と雨。僕は似合うと思うな」
その言葉に、思わず傘で顔を隠してしまった。
どうしよう。顔が赤くなったの、見られてないよね?大丈夫、だよね?
「そんなことないって」
いつ顔を上げようか戸惑ってたとき、雨音の中から声が聞こえた。
「お兄ちゃんたち、お似合いだねえ」
「えっ」と少し傘を上げて見てみると、あなたは恥ずかしそうにこう言った。
「じ、冗談はやめてくださいよっ」
傘を握っていた手が少し揺れる。
そう、だったんだーー。
そのまま歩いて屋台通りを抜けた。ただ、下駄の音だけが寂しく鳴り響いていた。
「じゃあ、また次の祭り。楽しみにしてるね」
「うん。今度こそ次の祭りに君を誘うよ」
「ありがとう」
ちゃんと笑えて言えてたかな。ぎこちない笑顔じゃなかったかな。
その日は、それで解散になった。
♦︎
あなたの約束は、本当に果たされた。
あの祭りの後、あなたから何度もお祭りの誘いが来たのだ。......どれも雨だったけど。
何度も誘いが来るたびに、胸の中で何かがひっかかっていた。いや、正確には私が初めて浴衣を着て行ったあのお祭りの日から......。
そして、何度目かのお祭りの日。
その日、私はとても嬉しかった。胸を躍らせたままあなたとの待ち合わせ場所に向かった。
あなたも、私が嬉しい理由が分かってるっぽい。私は空を見上げて言う。
「今日は、晴れたね」
「やっと、この日が来たんだよ」
空には雲ひとつなく、星が夜空に輝いている。あ、あそこに夏の大三角!
風も涼しくて、浴衣には心地いい。相変わらずあなたは夏服だけど、そこにあなたらしさを感じる。
「それじゃあ行こっか」
あなたは早速歩き出す。
からんころんと下駄の音が今は楽しく鳴っている。
今まで傘から見ていた霞んだ景色とは違って、今日の景色は輝いている。屋台照明の淡いオレンジ色。それが幾多にも連なって夏なのに温かく感じる。
それから、今まで雨音でかき消されていたいろんな音が耳に入ってくる。
屋台通りを行き交う人の会話に下駄の音。チンドン屋の音。屋台の呼び込み。太鼓の音。
傘が無いから自由に辺りを見渡せる。
ふと、あなたを見ると、いつもは傘を握っている右手がポケットの外に出ていた。
ーーああ、そういうことだったんだね。
『やっと、この日が来たんだよ』
私は、あなたの右手をそっと握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます