僕と私の、雨夏祭り。
花夏 綾人
雨男の僕。
僕の隣には、君がいた。
浴衣姿で右手には淡いピンクの傘を握って。
天候は生憎の雨。僕も黒い折り畳み傘を右手に握っている。そして服装は君と隣に並ぶと不釣り合いの学校指定の夏服。
「今日も、雨だったね」
雨音にからんころんと君の履いた紅い鼻緒の下駄が鳴る。
「ごめんね。雨男だからさ、僕」
「ううん。良いんだよ」
この日も、一通りの少ない屋台通りを通り過ぎ頃には雨も止んでいた。
君はそっと傘を閉じて、笑顔で僕を振り返る。
「今日もありがとう。また、明日ね」
「うん。また、明日」
君は軽く頭を下げて、そのまま家路についた。
僕は傘を折りたたまずに、君の姿が暗闇に隠れるまでその場で立っていた。
♦︎
初めて君を祭りに誘ったのは去年のこと。僕たちが高校二年生のときだ。
「良かったら、一緒に明日の祭りに行かないかな」
そう誘った瞬間、クラスが静かになったような気がする。そんなこと気にもしていない様子で、君が了解してくれたのを今でも覚えている。
この街は、何かと祭りが多い。七月と八月の祭りを合わせただけでも十以上はあると思う。
でも、その祭りは雨が降った。
それぞれ傘をさして歩く屋台通り。傘が奏でる雨音。
二人とも夏服で、弾むはずだった会話は雨のせいで水のように流されてしまった。
それなのに、君は楽しかったように僕に言った。
「また、次の祭りも行けたら良いね」
僕にとって、そのときは次なんてなかった。
だからーー。
「あの。連絡先、交換しないかな」
君はスカートのポケットから携帯電話を取り出して、僕とメールアドレスを交換した。
「ありがとう。それじゃあ、次の祭りも誘うね」
「うん。楽しみにしてるね」
交わした会話は、それくらいだった。
そして、雨音は少しだけ大きくなった。
♦︎
あれから一年が経って、僕と君はクラスが離れてしまった。やっぱり、あのとき連絡先を交換していたのは正解だった。
今年も夏が来る。僕は天気予報を見ながら一年越しの君にメールを送った。
『久しぶり!明日の祭り、一緒に行けないかな。』
送信。
すぐに返信が来たことには嬉しかったし、驚いた。
『Re:良いよ。あの後誘いがなくて焦ったけど、今日、誘ってくれて嬉しい。』
僕も断られなかったから嬉しかった。
そうと決まれば返信して、明日の準備をしよう。
♦︎
やはり、あの日も雨が降った。
去年の祭りと同じように僕たちは傘をさして、屋台通りを歩いていた。
でも、去年と全く同じじゃなかった。傘に跳ねる水音の中になる君の下駄の音。
その日から、君は浴衣と下駄の格好になったんだ。
「久しぶりだから、着てみたんだけど......」
雨空を見上げて残念がる君。
僕は言った。
「君の姿と雨。僕は似合うと思うな」
すると君は、傘で顔を隠して恥ずかしそうに一言。
「そんなことないって」
そのとき、横から声がかけられた。
「お兄ちゃんたち、お似合いだねえ」
ハッとして声の方を見ると、人が来なくて暇そうな屋台のおじさんが羨ましそうに僕たちを見ていた。
「じ、冗談はやめてくださいよっ」
僕の視界で、君の傘が動いた。
傘から覗く君の表情は、少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいかな。
でも、いつかは君とお似合いの人になれるようにーー。
「じゃあ、また次の祭り。楽しみにしてるね」
「うん。今度こそ次の祭りに君を誘うよ」
「ありがとう」
その日は、それで解散になった。
♦︎
その後も僕は君を祭りに誘った。
だけど、どれも雨の日ばかり。それでも君は嫌な顔一つもせずに誘いには乗ってくれた。
そして高校三年生最後の祭りになった。
最後の祭りと言っても、この祭りが終わればまた別の祭りがここで来週行われる。
でも、僕の中でこの祭りは最後の祭りなんだ。
待ち合わせ場所に、君が来た。
その表情は、これまでで一番嬉しそうだった。
その理由は、分かっている。君は空を見上げて言った。
「今日は、晴れたね」
「やっと、この日が来たんだよ」
そう。今日の祭りは晴れている。少しの涼しさもあり快適だ。雲ひとつない夜空には星が綺麗に輝いている。
「それじゃあ行こっか」
君が胸を躍らせているのが分かる。
今まで雨が作った霧で霞んだ景色は鮮やかになり、淡いオレンジの屋台照明が祭りの雰囲気を温めていた。
聞こえてくるのはチンドン屋の音。屋台の呼び込み。太鼓の音。道を行き交う下駄の音。
雨の日には聞こえない音が今日は聞こえる。
この日、初めて僕は傘を持たなかった。
傘を持たずに余った右手は、ズボンのポケットに突っ込まないで外にそっと出していた。
君からの反応を期待してーー。
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