両目から流れ出る透明な液体

 痛み?


 何故?


 出所不明の、攻撃?


 ここにきて初めてパチンコが混乱するのは、ただ痛いからだけではない。痛みに反射して開こうとした右の瞼が開かないからだった。


 異物、何かが目に入ったか?


 確認に手を使いたい、が今は両手とも塞がっている。


 ならばどうするべきか?


 考え泳ぐパチンコの残る左目が、足元に滴る水溜まりを見つけた。


 作るは滴る雫、その軌道を辿れば、予測される起点は己の顔面、右目にあった。それを裏付けるかのように小さな風がしみる痛みに合わせて冷ややかさを感じさせた。


 透明な液体、まるで涙、その正体にパチンコは気が付いた。


 ……動物の目玉は果物のようになっている。


 透明で弾力があって、硬めの皮を剥ぐと中から透明な汁が溢れ出る。普段から遊んでるから知ってる。抉り出したてのしぼりたては暖かくて肌に触れても違和感がないほどだ。


 それが右目から流れ出いる現状は、意味することは一つしかなかった。


 だが何が?


 混乱を引きずり、原因を探すパチンコの目が次に見たのは、空になったオセロの左手だった。


 手首をしっかりと捕まえて、逃がさなかった右の腕、そこにあったはずのロトのナイフが消えていた。


 落ちてはいない。ならば、投げた?


 思いついた結論になおもパチンコは混乱する。


 左の腕は抑えた。肩も肘も動かせない。辛うじて手首は曲がるが、そもそも動けば掴んでいるこちらの腕を経由して、振動でわかるはずだ。


 わからせないで動かせるのは……指?


 パチンコは涙を流しながら残る左目を見開く。


 オセロの左手、人差し指はなく、小指中指は折れている。親指は下を向いていて、残るのは中指だけだった。


 つまりは中指の一本だけの力で、ヘソの高さから目立を貫く威力でナイフを投げたのだ。


 …………出鱈目な攻撃、底を見失ったパチンコは混乱より恐怖へと移った。


 その恐怖が、まだ戦っていることを思い出させる。


 残る左目で見れば、オセロは頬を膨らませていた。


 なんとわかりやすい。それは何かを吹きかける素振り、通常ならば針の一つも警戒するべきだが、だがあれだけ喋っていれば当然口は空と知れる。ならば飛ばせるのはせいぜいが唾か涎か、その程度だ。


 苦し紛れ、とパチンコは切り捨て、その上で最善手を取る。


 すなわち、左目はあえて見開いた。


 代わりに全力で涙を流す。


 自慢の洗浄力ならば、唾、涎、その程度なら楽々洗い流せる。


 これは余裕、オセロの口が噴出した。


 飛び散る唾飛沫、その中の異物を、パチンコの動体視力が捕らえていた。


 それは小さく、白く、尖った何か。


 泡に見えてそうではなく、液体ではない。


 …………それが欠けた歯だと見抜いた時にはすでに瞬きの間に合わない距離に来ていた。


 新たなる左目への痛み、だが右目ほどではなく、耐えられないほどでもない。


 痛みに食いしばりながら闇の中、洗い流す間を維持するべく踏ん張る。


 が、右頬に今度こそ喰らった一撃は、未知にして強力な打撃だった。


 横から、強力な、硬い、一撃、喰らった経験のあるダメージは、足蹴りによるものだとパチンコは感じた。


 あの状況、最後に見た態勢、立ち位置、あれは片足上げれば一気に崩れる拮抗状態、そこからあえて足を上げ、柔軟な角度で蹴りこむのは悪手だ。そしてその悪手を、両目が潰れた今だからこそぶちかませる。


 これぞオセロと、少し前ならばほめたたえてたであろう攻防に、しかし両目の利かないパチンコは、ただ怒りしか感じなかった。


「おせろぉおお!」


 吠えるように名を呼ぶパチンコ、だが同時に剥がされ、両手よりオセロの感触が逃げる。


 それでも、と当て勘で刀を真横に振るうも手応えなし、空振る。


 その罰ともいわんばかりにまた顔面に一撃を喰らう。


 今度は、左目を、こすり付けるような一撃は必殺の威力に程遠い。


 目に見えての手加減、だが続く痛みは右目とほぼ同じだった。


 それはすなわち、両目の損失を意味していた。


「おおおおせえええええろおおおおおおおお!!!」


 あらん限りの憎悪をこめて名を叫ぶも返事はない。


 ならばと思い出し、転がるルルーへ全力で刀を叩きつける。


 響く金属音、手ごたえは石畳、外したか、逃げられた。


「にげるなぁああああああ!!」


 闇の中でまさに闇雲に刀を振り回す。


 その半分は空気、残りは床か壁か、肉はない。


 怒りに目の痛みを忘れ、それでも冷静に、パチンコは耳を澄ます。


 ………………音。


 怒りと殺意を一太刀に凝縮させ、音源へ必殺を放つ。


 手応え、あり。


 肉、骨、脳、頭だ。


 だがこれは、その前に余計な硬い感触、覚えがある。


 これは、仮面の感触だった。


「ぱ、パチンコ様!」


 続く声、続く足音、続く物音、数は一人二人ではない。


「敵が、なだれ込んでます!」


「すでにチンチロ様、バカラ様は敵に囲まれ生死不明です!」


「お急ぎ迎撃に出てください!」


「ダービー様は守っていた建物ごと焼かれています!」


「ロト様は戦闘不能です!」


「ご指示を!」


「どうかお守りください!」


 仮面ども、ただ頭陀袋になりたくない、死にたくない、嫌な目に遭いたくない、その一心だけで付き従う、調教する価値すらないゴミたち。


 存在さえもが醜い寄生虫たちが、この土壇場にきてその本領を発揮していた。


 「パチンコ様!」


 「パチンコ様!」


 「パチンコ様!」


 「どけえええ!」


 怒りに任せてパチンコが刀を振るう。


 手応えは二人と半分、だが数の減る兆しもない。


「パチンコ様!」


「パチンコ様!」


「パチンコ様!」


「パチンコ様! どうかお助けを!」


「どけえええ!」


 …………いつまでも続く絶叫に、オセロは一切応えなかった。

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