檻を食い破る獣

 今回の刀剣八独殺は可もなく不可もなし、というのが放ったロトの手応えだった。


 外を行く曲刀ナイフはそれぞれ肩と膝を狙う軌道、致命傷には程遠いが当たれば次はない。ギリギリ合格点ではある。


 対し真っすぐの直剣ナイフは偏りすぎだ。股を狙う下二本に、残るニ本が上に、それぞれ喉と目の軌道に入っている。


 合わせた評価が可もなく不可もなし。練習で最も見られる分散であり、本番で毎回できるようにするのが目標、といった出来だった。


 だがそれでも、攻略できまいよ。ロトは嗤う。


 アンドモア、残り四人の中で所見でこいつを突破できたやつはいない。それでも五、六回見せれば予め奴隷なり机なり、盾にできそうなものを用意してくるようになったが、オセロにはそれもない。


 良くて喉の一撃、悪くて手足をやられて悶えて転がる。


 なんにしろこの奥義は決まった。


 確証しながらもロトは次のナイフを引き抜いて左右に構えていた。


 ▼


 ……全ては刹那に行われた。


 ロトの見る限り、オセロに奥義初見の驚きは少なく、躊躇いも迷いもなく銀と黒のナイフを縦に振りぬいた。


 二閃、左右の曲刀ナイフが同時に振るわれ、それぞれが曲刀ナイフ二本を一時に弾いてみせた。


 ここまでが凡人の限界、だがオセロは先に踏みこむ。


 前へと走り、踏み出していた右足、無理な体制でありながら腿を上げ、膝を伸ばし、脛で弾く、着地を度外視したその蹴り一閃、並ぶ下の二本は蹴り飛ばされた。


 ……凄いよ。


 ロトは内心、感心した。


 足を使った防御、考えても見なかった。次、他の誰かを相手にした時には注意しよう、そのようなことを考えながら、それでもオセロの顔面に迫る二本を見守っていた。


 縦に並んだナイフは額で受けても喉に残る。


 助からないよ。


 ロトの動体視力が勝利を見切ったその瞬間、オセロは笑った。


 いや、笑うかのように大きく口を開いたのだ。


 そこから噛みつくのは一瞬だった。


 ガチリ、という音が聞こえてきそうなほどはっきりと力強く、オセロの前歯が最前の刃をかじる。


 途端、首を振るい、顔を振るい、柄を振るう。


 出鱈目な受け、それでも残り一本を弾き飛ばしてみせた。


 全てが刹那に行われたのだ。


 ▼


 奥義が破られた。


 渾身、とまでは言わないまでも、かなりいい線だった刀剣八独殺を攻略され、ロトの意識が刹那だけ飛ぶ。


 その刹那に、オセロは蹴り上げていた足を地に着けていた。


 無理な体制から無理な着地、滑り踏ん張り硬直するはっきりとした隙を見逃しながら、ロトは意識を切り替えた。


 間合いはもうすぐ近戦に届く。その前に動かねば痛いよ。


 思うも、先に動いたのはオセロだった。


 曲刀ナイフに振るって弾いた銀と黒のナイフ、それらを次々に投げつけてきた。


 どちらも投擲用ではないらしく、重心がめちゃくちゃな回転をしていたがどちらも喉めがけての軌道、危険ではあった。


 ロトは投げるようだったナイフを引き、先ずは右手で黒のナイフへと当てる。


 小さな火花、弾かれる黒のナイフ、が、同様にロトの右手も弾かれる。


 重い。投擲されていながらも重さ勢いはロトの右手に匹敵していた。


 それの次、銀の方も来る。


 これに左で受けながらも、ロトの目は次の次を見ていた。


 馴れた手つきといった感じで続きに投げられていたのは薄っぺらい財布だった。


 軌道は顔面、遠心力で広がってはいるもののただの皮袋に違いなく、苦し紛れの一手、に見えるその手の次の手がロトには見えていた。


 オセロの手はすでに前歯で捕らえた直剣ナイフへと伸びかけていた。


 だがロトはさらに先を読む。すなわちその直剣ナイフさえもが目くらまし、本当の本命はその隙に詰め切った間合い、からの肉弾戦だとロトは見た。


 財布と直剣でまたも弾かれた両腕の間に滑り込む。


 相手は三手、こちらは二手、単純計算、一つ足りない。


 だから財布は流す。


 そして残る二つを捌き、殺す。


 ロトの計算完了、すぐさま動いた。


 飛来する革の財布を額で受ける。


 ……当たった瞬間に違和感が、続いて痛みが走った。


 落ちない財布、滴るのは汗でなく流血、その原因を探りたい欲求を押さえるロトに直刀ナイフが迫る。


 咄嗟の判断、左手で弾きながらオセロのごとくロトは首を振るった。


 ずぶり、という感触と共にやっと取れた財布、その端より突き出ているのは、血塗られた突起、釘が針か、その先端だった。


 ……財布に擬態させた手裏剣、おおよそロトが知るオセロの人物像に合わず、さらに想像を超えた暗器を見つめる目が赤く浸みる。


 流血、命に係わるほど深くはないが、すぐに血が止まるほどに浅くはない。


 いや、なんにしろ視野が奪われた。


 止まらぬオセロの足音にそれでもロトは残しておいたナイフを放つ。


 痛みに瞑る瞼、にじみ出る涙、代わりに研ぎ澄まされた耳が、確かにナイフの刃が肉に刺さる音を聴き取った。


 それはどこか? 致命傷に届いたか? つまりはやったか?


 ……答えはすぐ後、目を瞑るロトの顔面へ、全力で叩きつけられた拳が、この上なく雄弁に語り続けた。


 ▼


 ……オセロは大きく息を吐き出す。


 呼吸を忘れ、夢中で殴り続け、限界にきた両の腕を止め、一歩引いて、落としたナイフを回収する。


 ナイフを回収した。


 黒のナイフにはわずかな刃こぼれ、銀のナイフは先端が親指の爪ほど欠けている。


 それらを回収しようと手を伸ばして初めてオセロは、右の手の甲に気が付いた。


 そこには深々とナイフが突き刺さっていた。


 最後に投擲された真っすぐ刃なナイフ、手の甲より小指と中指の間を骨に沿うように入り、手のひら側へと貫通している。


 乱れた呼吸のまま姿勢を正し、その柄にかみつき、一気に引き抜く。


 ずぶりという感触、強まる痛み、溢れ出る血液、空気に触れた傷穴からは赤の他に白も見えている。そこへ、拳にまとわりついていた汗と返り血が流れ込み、浸みる。


 そういや他人の血が入るのもまずいんだったなとオセロは思い出す。だがそんなことよりも今一番の問題は、指だった。


 上手く、動かせない。


 骨だか筋だか神経だか知らないが、傷ついたらしい。おかげで小指も薬指も、どちらも力が入らない。わざわざ左手で一本一本掴んで伸ばせば、もう戻らない。二本の指は、ただあるだけの突起となっていた。


 そうなると、残るのは親指と中指のみ、爪を引っ掻ければ拳の真似事はできるが、戦うのに十分なほどにはナイフを握れない。


 この傷、いつかは治るかもしれないが、今しかないオセロには痛手だった。


 それでも、とオセロはたった今潰したばかりのロトを見下ろす。


 ……五人の内、戦闘したのは四人、だが最も苦手な飛び道具使いのロトを潰せたのは、大きい。


 これで背後からの奇襲で、ルルーがやられる恐れが一気に減った。


 …………いや、まだだ。


 まだ、会えてもいない。無事かどうかもわかってない。せめて……亡骸を見てからだ。


 オセロはナイフを吐き捨て、ズボンの後ろポケットから布を引っ張り出すと、無言で右手に巻き付け、左手と口とで縛り付けた。


 痛みは引かない。だが出血は弱まり、拳も作りやすくなった。


 ……よし、次だ。


 オセロは大きく吸って、吐いて、呼吸を整え、汗を拭うと、ナイフを収め、建物へと足を向けた。

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