地獄を漁る
アンドモア拠点内部、石造りの街並みでオセロを遮るものはいなかった。
頭陀袋は命じられてないのか、オセロをないものとして行動し、仮面は額の印を見せる前に逃げ出す。連れてきた連中も、入り口付近からなかなか奥へとは入ってこなかった。
やりやすい。
オセロは足早に、だが警戒を怠らず進む。
初めての街並み、当然道など知らず、アンドモアの拠点がどこかも知らない。誰かに訊ねるわけにもいかないが、それでも足が止まらないのは目印が見えているあらだった。
一際高い塔の上、わかりやすくぶらさがっているのは、見覚えのある印、円の中を三等分するように引かれた線、アンドモアを象徴するシンボルがあった。
鋼で作られたその旗印に、オセロは見覚えがあった。
それはまだオセロがアンドモアに属していたころ、教育の場として暮らしていた鉱山の町の跡地に置かれた、本拠地の証だった。
あれがある、ならばその下こそが本拠地だ。
そこに、いる。
進むべき方向へ、オセロは進んだ。
▼
何のために控えてるのかわからない、並ぶ頭陀袋たちの前を通り過ぎ、鋼の下の建物に、オセロはたどり着いた。
入れそうなのはやたらと立派な木の扉、軽く蹴っても開くことはなかったが、ドアノブを掴んで捻って引けば簡単に開いた。
鍵のない扉の意味は二つ、鍵をかけるのがめんどくさいだけか、あるいは罠か、どちらかだった。
罠だといいが、と声に出さずにオセロは思う。
罠なら当たり、先に大事なものがあるということだ。
願いに近い思いで扉を開き、中を覗く。
日の光が届いているのか、中は明るく、奥まで見えるのは、ガラクタの立ち並ぶ廊下だった。
元は広いはずの廊下は木箱や樽、椅子に机などで狭められ、床には本や枝なんかが散乱していた。壁はほぼ何かに覆われ、窓もドアも塞がれて、すぐに開けそうなドアはたった一つ、一番奥の大きな扉だけだった。
当たりだ、とオセロは中へと入る。
足を下ろせるのは石畳が見えている場所だけだ。他は、例え紙一枚の上でも踏んではならない。そこには必ず罠がある。
過去の教訓、思い浮かべる敵の顔、だが油断なく踏みたい石畳に糸でも張られてないか凝視する。
……踏めそうな場所は飛び石に続いていた。
安全を餌に、相手の行動を制限する、あいつらしい道のりだった。
そして四歩目、そのあいつが現れた。
「まっじかよぉ。お前、こっち先かよぉ」
聞き覚えの、昔と変わらない声、ガラクタの陰よりひょろりと現れたのは赤い髪に褐色の肌の男だった。
「まぁーさか、メスガキより書類先とか、お前も変わったなぁ」
「そっちは変わってないな、ダービー」
名を呼びながら、オセロは心で舌打ちをする。
この口ぶり、ハズレだ。ここにルルーはいない。
ならば長居は無用、すぐに立ち去るべきだが、その前にダービーが口笛を吹いた。
聞き覚えのあるメロディー、それを合図として、背後の扉が閉まった。
同時に聞こえたこすれる音は、扉の前にあの頭陀袋たちが押さえつけてる音だと、オセロにはわかった。
「そんなすぐに逃げるこたぁねぇだろぉ?」
右頬の印を歪めて笑うダービー、気取られた。
表情か、あるいは重心か、ほっとするとただのハッタリか、なんにしろ倒さねばならない。
背後の扉、閉じ込められた。だが扉は木製、破壊すれば時間はかかっても脱出は誰にでも可能、それを承知でわざわざこうしてるのは、その時間を、隙を与えないという事実からだろう。
ならば、やる。
オセロに恐れも焦りもない。ただ平然と、二本のナイフを引き抜き、構える。
両手に順手に握り、右手を前に突き出し切っ先を前へ、左手は腰の位置に下ろして臍の前に寝かせる。アンドモアで習得した格闘術と、我流で磨いたナイフ術の融合した、オセロ独自の構えだった。
対するダービーは、あの棘だらけの棒を右手に持って肩に担ぎ、悠然と立つ。
両者の距離は歩幅で五歩、だが安全な飛び石を数えて渡ればその倍以上の時間がかかるだろう。
この間合い、オセロは当然届かない。
それはダービーも同じはずだった。
だが不利だとオセロは自覚している。
子の間合いは相手が、ダービーが作ったもの、それを考慮しての戦術、戦略だと嫌でもわかる。
……オセロが思い出すダービーの戦い方は、一言で言い表すなら『万能』だった。
飛びぬけた器用さに狡猾さ、それ以外の能力も平均して高く、大方の武器道具は、例え初めて手にするものでもそれなりに使いこなせる。
罠を多用するのは能力よりも性格から、常に相手より有利な立ち位置で見下し、嬲り倒すことを好むからだった。
同時に、他人に合わせることは皆無だ。戦うときは一対一、身内でも手柄を取られるのは嫌うのはパチンコ以上だった。
そいつが選んで作ったこの状況、時間稼ぎなわけがない。
必ず、こちらを殺す手が用意されている。。
仕掛け罠、飛び道具、奴隷の特攻、オセロが可能性を絞り予測する前にダービーが動いた。
足の幅を前後に開き、大きく体をねじり、そして全力で、棘だらけの棒を真横に振るった。
合わせて、棒を握る手の親指が何かを弾いたのをオセロは見逃さなかった。
そして伸びる棒、唸り、うねり、しなってオセロに届いた。
▼
……回避できたのはまぐれだ。
オセロは、むき出しとなった額に汗と流血を滴らせながら、心を落ち着ける。
背後へ弾き飛ばされた毛皮に振り向く余裕などない。
それだけ変形した棘の棒は強力だった。
「よぉく避けられたなぁ。パチンコだったて初見じゃ反応できなかったぜぇ」
歌うように言いながら、ダービーは変形し、鞭となった棒をくるくると振り回す。
「すげぇだろ? 俺のオリジナル、名前は『十三代目ネギトロ』ってんだ。名前の通り十回以上の試行錯誤を重ねてようやくだ。最初は背骨で作ってたんだけどよぉ、やっぱ脆くて一発でだめになりやがぁる。やっぱぁ鋼でなきゃ武器はだめだなよぁ」
ビシャリと床を叩くその得物は棘の生えた輪を通した鎖となっていた。持ち手のスイッチで留め金が外れてこうなったのだろう。
「なぁなぁ、参考までに、何で避けられたか教えてくれよぉ」
言われてオセロは食いしばるのをごまかすために笑って見せた。
「別に、似たようなのを見たことがあっただけだよ」
強がりで言ってから、そういえば本当に見たことがあったな、と思い出す。
そこへ風を切る音、あの時とは比べ物にならない速度、通り過ぎる空間全てを削る横薙ぎに、オセロは反射的にかがんでかわす……が交わしそこなう。
うねる鎖が通り過ぎる前に、ダービーは手首を捻り、鎖を捻り、先の棘を捻って軌道を捻った。
横薙ぎから縦の動きへ、流石に威力は減退していたが、それでもオセロのわずかな鎧とズボンと、左の腿と脛の皮を削るには十分の威力だった。
苦痛、回避できなかった事実、機動力を削がれたこれから……だが表情を曇らせたのは、ダービーだった。
「嘘だろ? この独創性が、マネされるわけねぇだろ?」
血と皮とを張り付けた先端を引き寄せながら発せられた、その声には明らかな怒気が混じっていた。
……あぁそうだ、こいつはこういう性格だったとオセロは思い出す。
誇り高く、マネされることは好んでもするのは嫌う。常に一番、最初にやりたがる。
そういうプライドの高いところは、この攻撃で思い出されたあのコボルトに通じるところがあった。
思い出してるオセロへ、次の横薙ぎが迫る。
その刹那の間に、オセロは思い返す。
あのコボルトはどう倒したか、下水道、背後にルルー、敵は大勢、だが勝った。
…………そしてオセロは勝利を思い出した。
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