悪魔に堕ちるための資格
槍を構えて相手を突く場合、その方法は二種類に分かれる。
一つは普通に、両手揃えて突き出す方法だ。両手ゆえに力も強く、扱いやすい。
一方のもう一つは、片手で突き出す方法だ。力を込めて突くのは後ろの手でだけで、前の手はただ支え、槍は握る指の中を滑らせる。力は片手分で、扱いにくいが、それを補えるほど速かった。
その速さをさらに速めた仕掛け槍に『
これは文字通り金属の管の中に槍を通し、前の手で管を、後ろの手で柄を持ち、中を滑らせることで摩擦を減らし、より速い突きを連続で、手の皮を気にせずに繰り出せるよう、工夫したものだった。
それをさらに改良したのが螺旋槍、バカラが使う大槍だった。
その全てが鋼鉄のこの槍はバカラ自身が設計し、ドワーフの奴隷に作らせたものだで、その最大の特徴は柄に掘られた螺旋状の溝と、それを通す金属の管にあった。
管の内側には櫛のようにいくつもの突起が規則正しく並んでおり、これが柄の螺旋の溝へと食い込むことで柄を突き出すたびに溝に沿って、すなわち螺旋状に槍が動く。この仕掛けによりただの突きに回転が加わるのだ。
当然、本来の目的である摩擦軽減という強みは弱まるも、ドワーフの技術と潤滑油が、また後ろで柄を握る部分も壊れたドアノブのように回転するよう仕掛けることで最小限に抑えてある。
これに捻じれた三枚の刃が合わさることで威力は跳ね上がり、当たれば手足の一本は余裕に跳ね飛ばし、ただかすめただけでもそこの肉を剥ぎ落せる。
そうでなくても異形の回転、初見には予見されにくく、知っていても回転刃になれるには数度では足りず、それを超えて生き残れたものは
ここではないが以前に、身を捨て刃を捕らえにくる輩もいるにはいるが、そのような頭の悪い手、すでに対策してある。この刃に塗られた無味無臭にして無色透明の毒薬だ。致死性は低いが扱いやすく、血に混じれば痺れて予見以上に動けなくなる。
……なので予見や毒薬を考えると雑魚に振るうはもったいない得物ながら、バカラは目の前の雑魚へ、突き出したのは演出のためだった。
どんなに強がろうと、目の前で螺旋に手足が飛び散れば恐れる。
そして固まったところへ突き、飛び散り、また恐れを産む。
連鎖、必勝の方、その第一突き、止められるなどと夢にも思わなかった。
それもこんな場所で、こんな雑魚に、こんな矮小なナイフ一本でなど、悪夢としか言いようがなかった。
だが実際、突き出された槍は回転を止め、三枚刃の内の二枚のつなぎ目の角に、黒色のナイフが、がっちりを噛みあい押さえている。
前に出る突きの力に横へ回る螺旋の速さ、両方をたった一手で押さえるその手腕は、
まさかという想像が、脂汗を吐き出させる。
「よぉ」
……その、聞くはずがない聞き覚えのある声に、バカラは目を見開く。
毛皮を被った、猫背で小突かれ押し出された男、そいつが顔を上げ、歯を見せ、笑った。
オセロ。
いるはずのない姿に驚愕し、開いた口が塞がらないバカラに、オセロは呟くように囁きかけた。
「相変わらず、弱いな」
この一言は禁忌だった。
▼
アンドモアに入る条件はいくつかあるが、その一つには間違いなく冷酷さ、残忍さが含まれる。
試験として課される肉親殺しに代表されるように、自分さえよければ他者を平然と踏みにじれる非人間性が何よりも尊いとされていた。
身体能力や技能技術などは教えればよい。だが人格を歪めるのは難しい、というのが創立者の考えだった。
その上で言うならば、バカラは間違いなく逸材だった。
平凡な家庭に産まれながら平均よりも高めの知能と、物心ついたころからの動物への虐待、アンドモアと関わらなくとも間違いなく大悪党になっていただろうがしかし、その身体は脆弱であった。
座学や技術に関しては抜きんでたものがあったが、肝心要の戦闘能力、殺傷能力は、平均を大きく下回っていた。
加えての視力の悪さ、これでなお生き残れたのは、その能力をもって他のものへと自己アピールを重ね、有益だと思わせ続けたからだった。
それは今も変わらず、他の四人が好き勝手やっているのを宥めて説得し、我慢させ、自分は洗脳と奴隷の運用、薬物や毒物の使用、他の勢力への交渉などを通し、より良い結果を与え続けての立場だった。
……いや、そうまでしなければここにはいられない。
それは誰も彼も、自分だけでなく奴隷さえもが多かれ少なかれ察している事実だった。
そして、それに触れる時は最後になると、誰もが察していた。
▼
禁忌に触れられ爆ぜた怒りが吐き出される。
「貴様!」
怒りを吐き出す前に、ペッ、と吐きかけられた唾に眼鏡が汚れる。
「何を!」
怒りを叩きつける前に、ガチン、と刃がこすれ合ってナイフと穂先が突き離された。
「逃げ!」
怒りを怒鳴りつける前に、バスリバスリ、とナイフを持ったままの手で土くれが次々と投げつけられる。
「児戯を!」
怒りを嘲りに変え、放たれた安い目つぶしに、槍を引いて立てて旋風する。
降り注ぐ矢の雨さえも防ぎきる槍の盾を前に、土くれなどあって無いようなものだった。
「終わりか!」
怒りと共に投げかける問い、同時に最後の一塊りを弾き砕き防ぎ構える前で、オセロは転がるように逃げていた。
「無理っす! あんなの無理っす!」
情けなく引きつった声、つんのめり、這うように逃げるその姿は、とてもじゃないが
その意図、侮蔑以外に感じられなくなっているバカラ、冷静さを失くした現状でも、螺旋槍の不具合には気が付いた。
一瞬にして怒りが冷めて、冷たい現実に汗が噴き出る。
……管が、滑らない。
見れば柄に刻まれた螺旋の溝に、細かな土の粒子が挟まっていた。
……ありえない。
バカラの驚愕には理由があった。
管の中に螺旋に溝、破片が噛みこんで動かなくなる。それに潤滑油に砂がしみ込んで固まる。そんなことは作る前から知っていた。
だから使う場所は考えている。
その上で、ここの土は大丈夫だと結論付けていた。
この地は常に海側から風が流れているせいか、土壌に細かな粒子は少なく、また脂はけが良くて固まりにくい。
ならばなぜこうなる?
平均よりも知能の高いバカラは考え、導き出した答えに自身が驚いた。
まさか土を持ち込んだのか?
わざわざ? このために?
確かにオセロはこの槍を見ている。管槍も知っていても不思議ではない。だからといって見破れるか?
いや、それ以前に、これから戦う相手の対策を用意してくるなんて、あのオセロがすることなのか?
溢れ出る驚愕にオセロを見れば、まるで心を見透かし、その上で肯定して見下すような笑みを浮かべていた。
それが怒りを再燃させる前に、立ち塞がるものがいた。
「ふん。劣等種族にしては頑張った方か」
モブの雑魚でしかないエルフが偉そうに前に出る。
「だがアンドモア、大したことないな」
一言、あの魔技に等しい回転付きをナイフ一本で防いだ神業を、こいつらは見逃していた。
その上で雑魚と見下されたバカラの周囲を、エルフたちが取り囲む。
「それでも賞金に名誉だ。お前たち、片づけてエルフの名を上げろ」
「おおおおせえええええろおおおおおおおお!」
腹の底から吐き出されるバカラの怒声はエルフの歓声にかき消される。
そして殺到してくるエルフに、バカラは槍を振るった。
…………そこにはもはや、オセロはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます