引き合い
……ふざけるな。
ダービーは内心を悟られぬよう、表情を硬め、それでも強く食いしばった。
『十三代目ネギトロ』この武器を造り上げるのにあたり、あらゆる状況を想定した。名の十三は完成させるために作られた試作品十二本を意味し、そこまで至らなかったもの、形にすらならなかったものも含めるなら数は百は超えている。
近距離対応の棒状態、遠距離対応の鞭状態、両方に殺傷力を持たせるための棘はどちらの状況で振り回しても必ず引っ掛かるように微調整させてある。
それでも棒から鞭への変形はワンタッチながらその逆には手間がかかる。その欠点を抱えてなお強力な武器だ。罠で間合いを保ってやっとオセロと戦える、そこまでは認めてやる。
だがしかし、オセロのやらかした防御は、捕縛は、受けは、侮辱としか言いようがなかった。
「なぁんだよそれ、必死じゃねぇかぁ」
煽るセリフを投げかける、がしかしオセロは揺るがない。
「まぁな」
気のない返事、そうだ、こいつは、こういうやつだった。
ダービーは昔を思い出しながら得物を引く。
だが、ピンと張られた鎖は微動だにせず、先端は戻らない。
むしろオセロに引かれて、油断すれば奪い取られかねない。
それだけオセロの首は強かった。
ネギトロの先端を捕らえたのは手でもナイフでも口でもない、頭上から前へと投げ出された、今は左の顔から前へと延びている、束ねられた長い長い髪の毛だった。
かがんでかわすその刹那、勢いを乗せて前へと飛ばされた髪が、棘を叩き、鎖の隙間に入り込んで、包んで絡まり、結ばれ、拘束した。
後はこうして、オセロが首を引けば、ピンと張られて固まる。
手首を返し、捻り、踏ん張っても、鞭の先端は完全に絡まり合って剥がせそうにない。
完全な膠着状態、客観的に見て、こうなれば不利はオセロの方だ。
時間がかかればいつかは誰かがここに来る。
そうなれば挟み撃ち、決着はつく。
だが……ダービーの内心は、プライドは、そんなことを許さなかった。
傍から見れば失敗したのはダービーの方だ。オセロを知っていて、ならば狙ってこの状況に持ち込めるだろう、とは考えられても、そんなことよりも回避する時になびいた髪が絡まった、の方が説得力がある。
すなわち、オセロの妙技ではなく、ダービーの不運と失敗だと思われる。
……そんなのはまっぴらだった。
だがしかし、だからといって、打つ手も思いつかない。
セオリーは、この得物を手放すことだが、それは悪手に見えた。
オセロの前には罠は仕掛けてあるも背後には何もない。呼吸を読んで手放し後ろにしりもちを突かせたところで意味はなく、むしろ不完全ながらこちらに届きうる得物をわざわざ与える悪手となる。
ならばどうするか、思いつく限りの最善はこのまま引き倒し全面の罠に引っ掛けること、ほとんどがスパイクで、ワイヤー式ボーガンが三台と虎バサミがいくつかだけの廊下だが、引きずり込めればダメージがある。
思い、至って、こうして引き合う。
だが、オセロの方が力は強く、毛も毛根も千切れそうにない。
不毛な引き合いに、固まっていた。
……と、オセロが動いた。
重心を下げて踏ん張りながらも自由な両腕、そのうちの浸し指の無い右手を前に出す。
手の甲をこちらに向け、四本の指を上へ、爪を見せ、そして軽く、内へと数回曲げた。
それはかかってこいのジェスチャー、すなわち挑発、余裕の表れ、侮辱の意思表示だった。
一瞬だが沸点を超えた。
「オぜぇ!」
感情に任せて吐き出される怒声、それがせき止められる。
半開きの口、その下の前歯に弾かれ、舌をかすめて右奥の顎関節に刺さって砕いて外して、ダービーの口にしゃぶらされたのは、オセロが投擲したナイフだった。
挑発のジェスチャーに隠れて空いてる左手から投げられた。それも張った鎖の下に重なるような軌道で、ぶち込まれた。
喉に刺さらなかったのは大きく口を開いたから、オセロの狙いが甘かったから、つまりは、幸運だったからに他ならない。
新たなる侮辱、怒りにダービーは、それでも食いしばることができない。
口の中に広がる激痛と血の味、そして味わう舌への違和感に、ネギトロを持つ手が滑り、手放していた。
そうしなければならない新たな異常、切られた舌が刎ねて喉の奥へと刎ねたのだ。
舌を噛み切られると神経が痙攣をおこして喉につまり、窒息死する。
『死に逃げ』に散々使われたこの手を、まさか自分が体験するとはダービーは予想だにしてなかった。
得物を手放す不利、驚愕の隙、それらをなげうってダービーは生存に動く。
右手で邪魔なナイフを引き抜き、左の指を突っ込んで舌を捕まえ、引きずり出す。
血で滑り、先が千切れてなお挑戦し、やっと呼吸を確保できた。
喉に絡まったタンと血を吐き捨てながらチラリと、右手で抜いたナイフを見る。
それは先端のかけた、小ぶりの、軽い、安物のナイフだった。
少なくとも入ってきた時に構えて射た黒と銀のナイフではない。
つまり選んで安物を使われた。
新たなる侮辱、重ねられた侮辱、そこへ新たな爆音が響いた。
見れば閉ざされていた扉が、オセロの蹴り一つで砕かれていた。
一撃とは言えそれだけの隙を与えたことに更なる怒り、そのダービーの形相に対して、オセロは振り返りもせずに出て行った。
遅れて引きずられて出ていく十三代目ネギトロの柄、それと同時に外の奴隷共が打ち倒される音が聞こえてくる。
それが鎮まるまで数瞬、ダービーは痛みも忘れて呆然としていた。
……逃げられた。
突如戻った意識が呟いた事実、それが怒りを呼び起こし、ナイフと舌を持つ指に力をこめさせる。
殺す。
追いかけて、殺す。
むごたらしく殺してやる。
憤怒の誓い、罠を回避し追いかけようと一歩踏み出す、その瞬間、新たに入ってきた集団がいた。
「いいか? これが金の匂いがするって言うんだ」
言いながら入って来たのは、トカゲ人間どもだった。
雑な装備、警戒もおろそか、異種でもわかる半端な鍛え方、雑魚である。
ならば捨ておこうかと思うも、ここの重要性を思い出し、ダービーの足は緩んだ。
その隙を待ってやっとトカゲ人間はダービーに気が付いたようだった。
一瞬の硬直、緊張、アンドモアの印を見ての恐怖、だがそれはすぐに霧散した。
血まみれの舌を引く男はさぞ間抜けに見えるだろう。
実際、今のダービーは色々な意味で戦いたくなかった。
満身創痍、オセロの追撃、それに得物も、十三代目ネギトロがない今では対岸へと届く攻撃がない。
色々と面倒、だから撤退する。そのための罠だ。
この程度の雑魚、最初の一つでビビって逃げ出す。それを
ダービーが見ている前でトカゲ人間の先頭が罠の場所へと足を勧める。
が、背後のトカゲがそれを止めた。
「おい、これ、あの間抜けが言ってたやつじゃないか?」
その意味はダービーにはわからない。
だがそれでトカゲ人間が罠に感づいたのは紛れもない事実だった。
一歩引き、間合いを取るトカゲども、面倒な、と舌打ちする舌も残っていない。
そしてなお面倒なことに、トカゲ人間どもはどこからか小型の弓を取り出した。慣れた手つきで同じく身近な矢をつがえ、内の一本がダービーめがけて放たれた。
この程度、嘲りの気持ちでダービーは握るナイフを躍らせる。
その一薙ぎで矢は空中で弾かれた。
……同時に、ナイフは粉々に砕け散った。
脆すぎる刃、鍔まで半ば砕けて手に残る柄に、ダービーが新たな怒りを覚え、それを表現しきる前に、残りの矢が一斉に放たれた。
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