決闘

 この決闘は、コロンからの提案だった。


 そうすることが、二人を助ける最善の手だと考えたからだ。


 特にオセロ、この男には決闘という、戦いの儀式が絶対に必要だった。


 レイディとはまだ半日に届かず、オセロに至ってはついさっきと言っていいほど短い付き合いだ。それでも二人はお互いを大事にしているのは伝わってくる。


 レイディにとって、オセロとは、この蛮族の土地で出あえた奇跡のような存在なのだろう。


 そしてオセロは、その期待に応えるだけの心持と力があった。


 ……だがそこには限界があった。


 あの瞬間、弾みでレイディを殴り飛ばしたあの刹那、狂気から正気に戻されるほどの後悔の中で、彼自身がそれを一番に悟ったはずだ。


 このままではいつの日か、本当に守れない日が来る。


 ならばどうすればよいか?


 私に託せばよい。


 彼女を守護する。


 私と、私の道化集の総力をもって、安全な土地まで彼女を連れて行く。


 それができると伝えるための、わからせるための決闘なのだ。


 決闘にオセロが敗北して初めて、彼は心から納得して、その荷を下ろすことができるだろう。やっと私たちを頼ることができるのだ。


 そこからなら、オセロも同様に救えるかもしれない。


 道化集との遺恨もあるだろうが、そこは腐っても王族、お互いを上手に調整し、時間はかかっても共存できるよう調整できる、少なくともその自信はある。


 この戦いは襲われたから守るのでも、敵だから襲うのでもない、救うために倒すのだ。


 それも、命を奪う必要さえないのだ。


 それは純粋無垢なる善であり、全員の幸せのための戦いだった。


 ならば当然、コロンの胸には一切の迷いはなく、ただ晴れやかな気持ちの中で、刹那に集中できた。


 コロンはヌンチャクの端と端を左右の手にそれぞれ持って正面に、程よく広げて鎖を弛ませて、構える。足も広げ重心を落として、回避など捨てる。


 狙いは当然、奥義『しがらみ』ただ一つ。


 オセロの実力を疑ってはいないが、例え劣っていたとしても、全力で叩き潰す所存だった。


 ……誰かが鍋を叩いて鳴らした。


 それが決闘の合図だった。


 わかっていたのに、コロンはオセロの初動を見逃した。


 ▼


 その速さは、純粋な動きの速さだけではなかった。


 合図が鳴らされて、一歩を踏み出すまでの間、その足が地に着き次の足が踏み切るまでの間、動作の間隔が短く、速いのだ。


 それはコロンが知る、数少ない達人の動きと同じだった。


 動きの起こりを見てから反応してたら間に合わない。


 コロンは悟ると同時に考えるのを止めた。


 思考の言語化を止め、考えているという感じもやめ、ただ自然体に、体を本能に、本能レベルまで刷り込ませた鍛錬に、委ねた。


 何故そうするか、という途中式を置き去りにして、ヌンチャクの鎖を横から縦に、体をひねって横からの攻撃に備える。


 そしてコロンの思考が戻ると同時にオセロは一撃を放っていた。


 大きく踏み込みながら右手一本で放ってきたのは、右から左へ、地面に平行な横薙ぎだった。


 ドンピシャな攻撃に感想を持つより先に、ヌンチャクから伝わるは想定以上の衝撃、手首から肘、肩、腰、下半身へ流し、受け、止め、和らげ、耐えきった。


 安堵などない。ただ速やかに腕が動く。


 当たって受けられ止まった鉄棒が鎖より逃げるより先に巻いて絡めて捕らえる。


 奥義『しがらみ』の成功、完成、できた。


 次はとコロンが考える。考えてしまった。


 その隙に、オセロは迫っていた。


 鉄棒を押し込みながら踏み込んでの体当たり、に見せかけた頭突きの動きに、コロンのヌンチャクは間に合わなかった。


 刹那に衝突、伝わる衝撃、王冠と額当てが激突して火花が軽く飛ぶ。


 ……それに大きく吹き飛ばされ、のけぞり、痛みと驚きの混ざった表情を浮かべたのはオセロの方だった。


「自慢ではないが、私は石頭なのだよ」


 これは煽るための言葉ではない。ただ脳裏に響く痛みに耐えるためのコロンの強がりだった。


 それでも響いたのかオセロは右手は鉄棒を掴み続けながらも、開いてた左手で額を押さえる。


 そしてその左手が離れると一緒に、額当ても外れて落ちた。


 露になった額には、忌むべき印があった。


「……アンドモア」


 口にしたコロンが自覚するほど、怒りと憎しみが滲み出ていた。


 まさか、このタイミングであの組織の名を呟くことになろうとは、コロンは皮肉な運命を笑った。


 ▼


 テロ組織『アンドモア』その残虐性から多くの被害を出しながら、このデフォルトランド以外では、あまり広くは知れ渡っていなかった。


 正確には、あえて情報が伏せられていた。


 理由は簡単で、それだけアンドモアの行いが残虐だからだった。


 彼らがただ何をしたかを知るだけで大きく心が害される。


 それはそういった事柄に不慣れな一般人だけでなく、直接対峙しなければならない警察や軍関係者でも、耐えられる人間は少なく、その指揮をとる上層部はさらに少なく、さらにさらにその上の王族貴族ともなれば、皆無と言ってよかった。


 そして上に行くほど、害された時の悪影響が酷かった。


 一般人の犠牲者はただの数字でしかないくせに、一部の貴族など過剰なほどに怯え、その名を上げるだけでめちゃくちゃな命令を出して現場を乱す。


 ……実際、多大な犠牲を出しながらやっとの思いで追い詰めたにも拘わらず、貴族からの圧力により取り逃したことが何度かあった。


 そんなアンドモアの名を最も聞く王族は、王宮道化集を率いるコロンだった。


 ……ただしそれは、被害者の声を通して、だった。


 アンドモアの残虐性は、単に殺傷能力と同じではない。時には殺された方が幸せだった、としか思えないような被害者も多く存在する。


 そんな被害者を引き受けてるのが、他ならない道化集だった。


 ▼


 …………別段、アンドモアをテーマに話す機会などなかった。


 だがコロンと道化集たちとの間が良好になり、会話する中で何度も彼らの話が出てきた。


 彼らが、何をしたのか、コロンは聞いてきた。


 それならば、その緑色に光るシンボルに、恐怖を感じるべきなのだろう。


 しかしコロンにあるのは、感じるのは、怒りだけだった。


 ……この決闘に勝利した後、あわよくば連れて帰る、レイディと別れさせない、などと漠然と計画していた。


 しかし、無理だ。


 道化集は彼を許さないだろう。認めないだろう。


 それ以上に、コロンも無理だ。耐えられない。


 ましてや、レイディと共になど、論外だ。


 私怨でいい。嫉妬でも構わない。この男は倒して置いてゆく。


 怒りに胸を焦がし、覚悟が漆黒に染まりながらも、戦意に満ちた頭は冷え切っていた。


しがらみ』を維持しながらヌンチャクを左手に束ね、コロンは空いた右手を拳に変える。


 対するオセロも応じるように、鉄棒を手放さず、空いてる左手を拳に変えて、間合いを詰める。


 緑の光に照らされる二人、同時に振り上げられた右の拳と左の拳、放たれ、交差し、同時に打ち抜いた。


 戦いはこれからだった。

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