防砦戦
第五の試練、敗北者の戦場。
一見すれば何もない、反対側に出口があるだけのシンプルなつくりの部屋だ。
だけど、一歩踏み込めばすぐさま亡霊が現れる。彼らはここまでの試練で命を落とした敗北者たちの霊が、試練の魔法の影響で、敵として蘇ったものだった。
その力は生前に比べれば見る影もない。が、その数は膨大だった。
これまでなかった直接戦闘、それも疲弊し、物資も尽きているであろうタイミングでの戦い、突破する。
オセロなら、つまらないと言いつつ簡単に突破してしまうだろうなぁ。
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城の外壁上に造られた見張り台に、籠一杯の石を運びあげながらも、ルルーは未だにオセロのこと、オセロにするお話のことを思い出していた。
そうしてる間に、考えついた最悪は、オセロが敵にいること、オセロと戦うことだった。
この状況、村側に与しているオセロが対立するのは自然な流れだろう。
だけどそれは、ないはずとルルーは思う。
……最後に見たオセロは、無気力という感じで、敵対してる感じでもなかった。戦意も気力も抜かれた、疲れた感じだった。
そこから復活して、ここに遊びに来る可能性の方が高いだろうな、とは思った。
それで出会ったらあっさりとまた元通りに戻れる、そう思いながら、壁の向こう、森を見る。
……夜の森、立ち並ぶ木々の間、灯りがいくつもこちらに向かってきているのが見えてきた。
「やつらはお預けってんだよ」
声をかけてきたのは、あの降ってきた一本足の男だった。普通の革の服を着て、普通な顔つきで、はっきり言えば上半身だけならそこらにいるような普通の男だった。
「村で何かしらやらかして、罰として磔にされた連中だよ。食事、いや麻薬をお預けされてんだ。で、ここで働いて手柄を立てれば許してもらえて、また麻薬が貰えるからと張り切って突っ込んできやがる。それこそ死にもの狂いでな」
そう普通に言われて、ルルーが思い浮かべるのは昨日の朝に出くわした、あの畑の磔だった。
「ほれ、石を置いたらさっさと降りろ。ここ危ないぞ」
自分で呼び止めといて、と思いつつルルーは従い、降りる。
その頭上で、一本足の男はどこからか両端に輪のある革紐のついた革袋を取り出した。
投石紐だ。袋に石を挟んで挟んで紐をもって振り回す。勢いの乗ったところで紐の片方を放して石を投げる。材料の革は少しでいいし、石はそこらに落ちてる。なので材料が安く少なくていいし、使い方も簡単で、なのに威力もかなりある。丸めてポッケに突っ込めばかさばらない。このデフォルトランドではさほど珍しくない飛び道具だった。
もっとも、ただルルーのイメージとしては、投石紐は武器と言うよりも的当てのおもちゃだった。
戦闘なんて、攻める側は回転させる動作と風切り音で見つかるのを嫌うし、守る側は石を持ち歩いてない。それよりなりより大半はオセロみたいに袋に入れて振り回す手間を嫌い、直接投げつけるのがほとんどだった。
……彼らがそんな投石紐を量産し、わざわざ石まで用意してるのは、見過ごされそうな要素、片手でも投げられるから、つまり片腕の人でも使えるからだった。
できないならできることを見つけてサポートする、こういうのが文明とか文化とかなんだろうとルルーは思った。
「終わった?」
「はい」
ヴォリンカさんに返事してルルーは戻る。
タクヤンはまだ地面を転げまわっていた。
「だったら次の仕事よ。ついてきて」
言われるままにルルーはヴォリンカさんに続いて家の中に入る。
中は明るく暖かく、ここの中央にも囲炉裏があって、くべられた大きな鍋がぐつぐつと煮えていた。
それを囲うように置かれているのは木で作られたベッドだった。中は毛皮とかでフカフカそうで、寝心地は良さそうだった。
「そこで寝て」
「ハイ?」
いきなり言われたヴォリンカさんの言葉に思わず聞き返す。
「眠るの。靴は、履いたままでいいから」
「あのそんな、こんな時にですか?」
「そうよ」
ヴォリンカさんは当然という感じで応える。
「戦いは、長丁場になる。そしてあたしたちが忙しくなるのは隙ができて逃げ出すとき、つまりは明日の昼過ぎからよ。それまで眠れるうちに眠っておいて体力温存しとかないと」
「でも」
「それに、あたしたちにできることはもうないの。だったら、せめて出番がくるまでおとなしくしてないと邪魔になっちゃうでしょ?」
そういって、ヴォリンカさんは優しくルルーの頭を撫でた。
「心配しなくても大丈夫よ。ここは頑丈に造ってあるからあるから、ちょっとやそっとじゃ中まで入ってこれないわ。それに頼もしいナイトたちが守ってる。眠れないのはわかるけど、せめて目を閉じて、体を休めて」
「……わかりました」
……完全に納得したわけではないけれど、それ以上に自分に役立てることがあるとは思えないルルーは素直にベッドに入った。
ベッドは、見た目通りにフカフカだった。
「あたしも少しだけ休ませてもらうわ。朝から洗濯と料理でクタクタだったからね」
そういってベッドの影に隠れてた椅子に腰かけ、ルルーの隣に座る。
そうして、ルルーの腰のあたりに手を置く感じは、姉さまを思い出させた。
「…………あの、ヴォリンカさん?」
「カエーーーーーーーーーーー」
……もう、ヴォリンカさんは涎を垂らして眠り落ちていた。
この寝つきの良さは、姉さまとは全然違った。
▼
城攻め、城守りは
それはあらゆる準備と総力と、攻略すれば終われるという希望と、攻略されれば終わってしまうという絶望とがせめぎ合う地獄だからだろう。
……そんな場所に立ちたくはなかった、とコロンは思いつつ物見台より外を見下ろす。
そこは間違いなく地獄だった。
「放て!」
後方からソペリのかすれた号令、合わせてまばらに発射される大小の石のつぶて、数え間違いがなければこれで各所に残る籠は二つを切る。
そうして降り注ぐ石がまた一団、打ち倒す。
大半はお預けたちだ。手足に打ち付けた木を武器とし、あるいは竹馬としてすでに痛んだ体を酷使して突っ込んでくる。
その足元には普通のジャンキーが混ざる。雑多な武具とも呼べないガラクタを身にまとい、現実の見えてない夢心地な笑顔で突っ込んでくる。
彼らに戦術戦略など微塵もない。
ただまっすぐガムシャラに突き進むことしか覚えてない彼らには、避けるも防ぐもなく、怯むも痛みもない。ただ石を受け、気を失うか、足が折れるか、命か消えるか、何かしらで動けなくなるまで、ただ突き進む。
彼らを愚かしいと笑っていたころが懐かしい。
確かに、個々に見れば、彼らは生物として致命的な失敗作だ。無意味に命を散らし、避けられる死を避けようともしない。
しかし敵として、あるいは兵として見ればこれほどまでに恐ろしい存在はない。
現に我々は確実に追い詰められていた。
それも単純に、恐怖のない物量によって押しつぶされんとしているのだ。
積み重なる敵兵の亡骸が堀を埋め、更には壁を上る階段に化けていた。それが数えれば四つ、順調に高く積み重ねられている。
この悍ましい結果は、彼らが狙って作ったわけではなく、ただ純粋に、一か所に突撃を繰り返した結果なのだ。
……一番高い亡骸の山は、這いずり加わったのも含めて城壁の中ほどほど、大人なら頑張ればよじ登れる高さに達しつつある。
もちろん、一人二人越えられたところで迎撃はできる。中にも遊軍は控えているし、そもそも簡単に着地できる高さではないのだ。
しかし、越えられる時はくる。
それを如何様にして引き延ばし、相手が撤退するまで生き残れるかが、この
今は小休止、突撃が途絶えて呼吸を整えることができる。
だが、もうすでに次の一団が見えている。
先頭は女装した男、不釣り合いに真っ当な槍を持つところから、こいつらは先ほど加わった肥料どもだろう。
なら、終わりも近いはずだ。
一団の進む速度が行進から突撃へ、そしてこちらの射程に入る。
「放て!」
号令、放たれる石、降り注ぎ、打ち倒す。
……その中で奇異な男がいた。
地味な服装、武器はただの棒、なのに、そいつは降り注いだ石を、その棒で叩き落して見せた。
見慣れぬ防御反応、いやそれ以上に見事としか言いようのない棒捌き。雨あられと降り注いだ投石をすべて捌ききって見せたのだ。
この男、実力者だ。
その容姿、見覚えがあるような気がするも思い出せない。
そうコロンが思い悩む一瞬、男は加速した。
「狙え!」
新たな号令、単体狙いの石のつぶて、弾幕に男は怯まず加速し、最低限を打ち落としながらぐんぐん迫って、そして亡骸の階段に足をかける。
通常なら高さの足りない階段だが、男の足はそれでも跳び越えるだけの脚力を有していた。
かなりの手練れ、そいつを止めることは叶わなかった。
慌ててコロンが場内に向き直り男を目で追う。
場内に降り立つ男にダメージは見られない。ただぐるりと鉄棒を回すと同時にぐるりと場内を見回している。
速やかに迎撃せねばこの男、ただ一人に城が落ちる。
核心を伴った焦りを抱きつつ、コロンは見張り台より中へ、梯子を滑り降りた。
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