最悪と言えるうちはまだ最悪ではないらしい

 タクヤンは必死に、最悪にはならないはずだと考える。


 ……そもそもこれは、あくまでも王子の発言を信じた上での、仮定での話なのだ。


 そうでなければ、もしも本当に敵側に裏切り者がいるのなら、もうおしまいだった。


 ……これは外には漏れ出てない、影騎士団内部でのトップシークレットなのだが、タクヤンをはじめ、エージェントたち全員がその魔力を中央管理の精霊に事前登録してある。


 そうすることで精霊を介し、敵味方の判別や身柄の証明、さらには誘拐された時に追跡できるようになっている。これは非常時の安全処置であり、同時に逃げたり裏切ったりしないようにする手綱でもあった。


 そしてその追跡のための探知魔法は、タクヤンを含めてエージェントなら全員が行える、というか行えないとエージェントにはなれないのだ。


 つまりは、敵にエージェントがいるとすれば、タクヤンの存在は相手に丸わかりということだった。


 そいつがいつ頃の裏切り者なのかは知らないが、だとすれば先人が行方不明なのは納得がゆく。どんなに巧妙に変装、潜伏しようとも一発で看破され、囚われて、魔力が探知されない状況にされてしまったのだろう。


 しかし、だ。


 ……魔力は、生存している限り放出し続ける。逆に死亡すれば魔力は出ない。そしてタクヤンの探査呪文には裏切り者どころか他の仲間の魔力さえもが、関知できていなかったのだ。


 これはタクヤンの頭から漏れ出た希望的幻想ではなく、希望をもたらす揺るぎない事実だった。


 それに思い返せば、現在、上からは一切、裏切り者の存在は周知されていない。


「またまた、小狡いハッタリを」


 タクヤンは引きつりながら笑顔で王子に返す。


「残念ながら事実だよ。個人的には、この王冠を盗られたのが我が国のトップエージェントであったのが、せめてもの慰めだな」


「……あ」


 王子の言葉にタクヤンは間抜けな声を上げる。上げざるを得なかった。


 これは、別にトップシークレットではないのだが、王族がかぶる王冠は強力なアーティファクトだった。その効果は『対魔法防御』あらゆる種類の、攻撃魔法から探知魔法もふくむ、向けられた魔法に関してぶっちぎりの防御力を誇る。その数値こそトップシークレットだが、カタログデータによればドラゴンのブレスさえも防げると聞く。


 そんな王冠が敵の手にあるのなら、タクヤンごときの探査呪文など、容易に弾かれるだろう。


 皮肉で口走った王冠の存在、それ一つで説明がつき、同時に最悪が迫っていた。


 いや、だが、しかし、必死にそうではない根拠を考える。


 でなければ敵に存在を察知され、追跡され、秘密を守る最善手を打たれてしまう。


「伝令!」


 考えるタクヤンと王子の間に一本足の男が降ってきた。


「伝令、敵襲です」


「数は?」


 王子の鋭い問いに一本足は素早く応える。


「数複数。完全武装で一直線にこちらに向かってきています。一切のブレのない動きから、敵はここをかぎつけたと推測されます」


 最悪だった。


 ▼


 ルルーは、二人の言ってることの半分以上が理解できなかった。


 ただ降ってきた一本足の男の一言は理解できた。


 そして「最悪だ!」と叫び、転げまわってる姿から状況が悪いことも理解できた。


 それは周りも同じらしく、不安げな騒めきが広がる。


「落ち着け!」


 コロンの一喝、タクヤン以外の騒めきが収まる。


「訓練を思い出せ! この日のために備えてきたんだろ! 直ちに準備し迎え撃て! 相手は所詮烏合の衆だ! 我ら道化集の神髄! 生まれが全てではないことを今こそ証明しろ!」


「「「「「「オウ!」」」」」」


 重なり響く力強い返事、そしてタクヤン以外のみんなが動き出した。


「今すぐ寝てるやつらを叩き起こせ!」


「火を灯せ! ばれてんだから暗くしてても意味ないぞ!」


「今の内忘れずトイレ行っとけ! これは冗談じゃないぞ! 漏らしながらの戦闘は冷えるからな!」


 各々声をかけながら駆けて行く。


 その動き、誰も彼もが自分が何をすべきなのかわかっているのがよくわかった。


 ……その中で一人、タクヤンを連れてきた小さな男が神妙な顔つきで残っていた。


「王子」


「ブーベン、お前の失敗ではない」


「しかし、タイミングが良すぎます」


「エージェントらしき存在は捕らえて連れてこい、そう命じたのは私だ。お前は忠実に命令を遂行した。それに尾行の様子はなかったのだろ?」


「それでも、現状を考えれば、責任は自分にあるように思えます」


「自惚れるなブーベン、お前一人が戦場の全てではない。そもそもこの森はさほど広くない。おそらくは以前から辺りを付けていたのだろう。それに肝心のエージェントもあの様だ。われらが城を探し出すための内通者には、見えまい。つまりは、遅かれ早かれこの日は来たのだ」


 そう言ってコロンは、膝を折り、目線を合わせてブーベンの肩に手を置く。


「それよりも今は生き残ることだ。これからの戦いにお前の力が必要なのだ」


 ……ブーベンは静かに一礼すると、準備する輪の中に混じっていった。


「……さてレイディ、巻き込んでしまって申し訳ない」


 振り返り、静かに声をかけてくるコロンに、ルルーは戸惑った。


「いえ、あの、戦うんですか?」


「もちろんだ。ここ以外にも隠れ家はいくつかあるが、今から出たところでそこにたどり着く前に追いつかれるだろう。走るどころか自力で立てないものも少なくないのでな。だったらここで籠城した方が生存の確率は高い」


 そう言ってコロンは優しく微笑みかけてくる。


「心配はいらないよレイディ、彼らは時間が来れば、具体的には明日の夜の食事時にはやつらは撤退する。薬が切れるからね。彼らは麻薬の摂取を一か所で一定時間に制限してるんだ。そうやって統制してるが同時に隙でもある。そこまで耐えることができれば逃げ出すことも可能だ。それに、たとえその前に突破されても、レイディ、君だけは脱出できる手段がある。安心していたまえ」


 そのコロンの言葉は、力強く聞こえ、同時に安心も感じられた。きっと、こういう感じなのがカリスマとかいうものなのだろう。


「王子」


「今行く」


 呼ばれて行ってしまうコリンの背中は、だけどやっぱり、オセロほど力強くは思えなかった。


「ルルーちゃん!」


 ヴォリンカさんに呼ばれて見れば、その太い腕は蔦を編んだ籠を抱えていた。中には丸い石がこんもりと積まれている。


「これを各自に配るの手伝って!」


「ハイ!」


 返事して駆けるルルーもまた、戦うつもりになっていた。


 あのジャンキーに降伏は無意味だろう。


 逃げるのも、無理っぽい。


 それよりなにより、これから始まるのは大掛かりな争い、一種の戦争だ。そこでなら、あの戦うのが好きなオセロとまた会えるだろうと、ルルーは何となく考えていた。


 会ってどうするか、会ったところでどうにかなるのか、そこまで具体的には何も考えてなかったけれど、それでも、置いて逃げるという選択肢は、ルルーにはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る