生き残るための模範解答

 タクヤンは、想定外の王子の登場に、内心では泣きだしそうだった。


 状況は最悪、恐らくはルルーちゃんの力も届かないほどにシリアスな状況、それでも生き残ることは諦めきれずに頭を動かす。


 状況、道化集、王子、今の自分……振り返り、鑑みて、やっと答えを導き出した。


「……俺は、政府の人間で、内外の組織や重要人物なら頭に入ってる。当然、自国の王子の顔ぐらいは把握している。肖像も残ってるし、情報を司るものならば、必須科目だ。その上で、だ」


 絞り出すタクヤンの言葉に、周囲は鎮まる。


「ここにいるのは王宮道化集、の一部だろう。言っちゃあなんだが、外見と能力を併せ持つ人員を確保できるのはあそこだけだ」


 起こる囁きからは自負と歓喜が聞こえる。


「……だが、そのリーダーらしきあなたは初めて見る顔だ」


 最後の一言に一転、囁きは鎮まり、視線は敵意に染まる。


 まるで腹を燻られるかのような威圧感と緊張と不安、だが引くわけにはいかない。


 球粒の汗を垂らしながらのタクヤンの回答に、王子はわざとらしく眉を上げる。


「……そうか、ならば教えてやろう。私こそがコロン・クリムポ・ハウメア。呼ぶならコロン王子と呼ぶのだ」


「知らないな」


 タクヤンの即答、周囲からは静かな怒声、無言の王子、これは命を懸けた駆け引きだった。


「……貴様は、私が王子だと認めないと言うのか?」


「王冠もないくせにか? そんなやつを王子だなんて、認められない。こんなんじゃあ、上には報告できない」


 周りのざわめき、敵意に殺意が混ざる。


 そんなのは無視しろ。一番重要なのはこの男、目の前の王子一人だ。タクヤンは泣きそうな自分を奮い立たせた。


「それは、何を意味しているかわかっているのか?」


 泣きそうなところに王子の冷たい声、冷や汗が止まらない。が、これが最善なはずだった。


「何を言ってるか、ちゃんとわかっている。俺がこれから上に報告するのは、この地にて王宮道化集らしき集団と接触したことと、それに寄り添っている若干名の普通の人々の存在だ。そいつらが脅威かどうかは、これからの対応次第だ」


 ここで引いたら死ぬ。


 タクヤンは、泣きそうになりながら、それでも奥歯を噛みしめながら、このデフォルトランドに来て以来の最大のギャンブルに出ていた。


「……放してやれ」


 ……そして、勝った。


「よろしいのですか?」


「よい」


 二つ頭のミノタウロスのどっちかの問いに、王子は短く応えた。


「ここでお前ら道化集を知ってるということは、間違いなく騎士団のどこかだろう。そしてわきまえているなら、まだ話し合いの余地はあるだろう」


「余地、ですか?」


 ミノタウロスのどっちかの問いに、王子は頷いて見せる。


「思い出せグドーチェク、何故われらは未だにこんなところに潜んでいるのだ?」


 このやり取り、どうやら高度な政治的状況は、周知されていないらしい。


 だがタクヤンは周知されている。だからこそのギャンブルだった。


 ▼


 コロン・クリムポ・ハウメア王子は現王の第一子であり、生存していれば王位継承権第一位の、ある意味で最重要人物であった。


 血統に加えて長男であったためにかなり甘やかされて育ったと周囲には言われているが、実際の本人は優秀だった。


 魔法にこそ適正は見られなかったのだが、その他では学問、芸術、武術、どれも人並み外れた能力を持っていた。


 王立の小学校中学校では貴族と共に学び、その中で優秀な成績で卒業し、制度として始まったばかりの高校にも特待生をもぎ取れるほどによくできた。だが、一年の時に戦争が勃発、周囲の反対を押し切って高校を途中退学し軍に入隊、王族ゆえに最前線には派遣されなかったが、それに続く補給部隊に進んで従軍した。


 そしてその派遣先こそ、このデフォルトランドだった。


 当時から戦況は劣勢で、敵領地へと出向いた先発隊はほぼ壊滅、殿もままならない敗走に、前線は大混乱に陥り、加えて兵力不足人手不足、さらに本人の実力もあって王子はすぐさま部隊をまとめるキャプテンに昇格する。同時期に軍は、人材は全て使う総力戦に移行、その時にフリークスたちから自発的に集まった義勇軍、王宮道化集の前組織からの増援部隊を、王子が率いることになった。


 当時から不人気で実績もないフリークスたちの部隊を進んで王子が引き受けた、と公式書類には残されているが、その実態は嫌われ者同士をまとめて捨てた、に近いものだと聞いている。


 ……当時、いや今でも、コリン王子の敵は多かった。


 頭も体も優秀で、血筋も育ちも良く、性格も温和、志も高く、先見の明もあり、人を率いる能力も遺憾なく示した。まさに理想的な王子であり、王にふさわしい人物と評価できるだろう。


 そんな王子の唯一にして絶対の欠点が、その外見だった。


 ……顔が、くどすぎるのである。


 とある研究論文を借りるなら、人の価値は外見で九割決まるらしい。


 同じ行為で同じ結果をもたらしたとしても、美男美女ならばその評価は美談となり、そうでなければ悲惨な評価となる。


 それを裏付けるような数字も上がっている。裁判における罪状と刑罰の比率を、一般のアンケートからランク分けされた外見で比較したところ、明らかに優位な差が発生していたというのだ。それと同じような差は、ギルドの就職率や出世率、議論や提案の採用率なども同様であり、とどめには文学や音楽、絵画など芸術分野でさえもが、作品自体の評価は無視されて、単純に本人の見てくれが良ければ良いほど評価も良くなるという結果が出てしまっていた。


 ……昨今では、子供の教育費の使い方について、学費に用いるよりも整形手術を施した方がよい、と考える親たちも増えて社会問題になりつつあったが、それでも打開されたというニュースは未だにない。


 そんな現代だからこそ、単純に見た目一つ、くどい顔の王子を王様に迎えることには根強い反対があった。


 一応の理論武装としては、王とは国の顔であり、その容姿は重要だ、というのが主流だ。が、それでも見てくれだけで他になんの問題もない王位継承権第一位を引きずり下ろすことは無茶であり、無理である。


 ……だからあの、ここがこうなった原因である大撤退の時に、王子が行方不明となったという報道には、裏があると勘ぐったものも、単純に幸運だと喜んだものも、決して少なくはなかった。


 ……現在、現王はご健在であり、健康面で一切の問題はない。また、コリン王子を含め、一応は遺言書が残されているとはされているが、公式の発言としては一切後継者の言及はされておられない。


 それもあって、王子たちの跡目争いは未だに準備期間だと言われている。


 そこにこんな不人気なコロン王子の生存からの帰還ともなれば、とりあえずは攻撃しよう、となる。


 ましてや、未だに国土復興のため、前線で戦い続けていた英雄が現れるともなれば、その不人気は不動であろうとも、他の何もしてなかった王子たちの体裁が悪くなる。


 だったらそうなる前に殺そう、となるのは当然の帰結だ。


 そもそも、王子が本物であると証明する手っ取り早く確実な手段は他の王族の証言となるが、そんなことをして得をする王族は今のところ存在しない。


 そのための根回しが完了するまで、生存を秘密とするのは、最善手と言えるだろう。


 ▼


 秘密を守る最善手は、秘密を知っている全員の口を封じることだ。


 それは今のタクヤンにも当てはまる。が、そうはならないだろう、と計算していた。


 タクヤンが所属する影騎士団は発足以来、表向きは中立を宣言していた。


 正確には、どの組織にも平等に手を組んで、勝敗が決まったら勝ち組に乗っかるスタンスだった。


 その上で、コリン王子の生存と傍に王宮道化集がいるという情報は、影騎士団としては内部でこそ共有するが、他に漏らすことはまずない。自分たちだけが知っている秘密だからこそ価値が産まれるということもあるのだ。


 更に加えるなら、秘密を秘密にすることに、タクヤンが所属する影騎士団以上の組織は存在しえない。


 ならばタクヤンを仲介役にして協力関係を築く、更には必要な根回しを依頼するなんてことも、手段としてはかなり有効だろう。


 影騎士団としても、王子生存の混乱は勢力を広げるチャンスだし、少なくともその情報を撒くことでかなりの収益が見込める。


 結果としてはかなり有益な協力関係の飛び込み営業となったわけだが、この関係を作り上げる最低限の条件は、コリン王子らが敵対していないこと、すなわちタクヤンが無事であること、だった。


 普段なら、タクヤンは自分の有用性を伝えるためにかなりの時間を浪費するものだが、流石は王子と言ったところか、スムーズに理解してもらえた。あと残るのは、ボーナスをどれだけ増やせるか、だ。


 解放されたタクヤンは縛られた跡を擦りながら、先のことを考えていた。


「それで、だ」


 王子の言葉に擦るのを止める。


「君たち影騎士団は、あの村長をどうするつもりか聞かせてもらおうか」


「村長?」


 タクヤンが聞き返す。対して王子は唸った。


「ふぅむ。なるほど、君たちはあの村長についてもとぼけるわけか」


 勝手に納得する王子に、タクヤンは本気で何を言っているのかわからなかった。


「あの、ほんと、何の話です?」


「いや、いい。認めないのは当然だろう。まさか身内から裏切り者が出ただけでなく、そいつが麻薬組織を取り仕切っているともなれば、根底を揺るがしかねない大問題だからな」


「………………ぁ」


 考えもしなかった情報に頭が真っ白になる。


 影騎士団が敵に与している可能性、普段ならそんなこと言われてもハッタリか嫌味か、間違いかウソかと思っていただろう。


 だがしかし、今回のタクヤンにはそれが真実であろう、という確証というか、納得のゆく筋道があった。


 そしてその道は、今のタクヤンの足元にも届いて、その先の最悪まで真っ直ぐに伸びていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る