はるか上での権力闘争

 ……タクヤンを取り囲むのは異形のもの達だった。


 体のパーツの足りないもの、多いもの、曲がってるもの、一人なのか二人なのかわからないもの……彼らはフリークスと呼ばれる存在だった。


 頭の悪い時代は天罰とか前世の呪いとか親の因果とか言われてたが、実際は遺伝子疾患や薬物の影響や魔力の暴走など、ちゃんと理由のあるものだと、ある程度は解明されていた。


 当然彼らは人間であり、魔物のような摩訶不思議な存在ではなく、ましてや完全な悪として存在しているわけではない。


 つまりは、こうして捕まったからといってイコールで頭からバリバリと食われるわけではない、のだが真っ当な体で頭からバリバリと食おうとするやつらもいるのがこのデフォルトランドだった。


 ……少なくとも彼らがタクヤンを見る目は、そういう風に産まれついたのではない限り、憎悪に近いものが溢れ出ていた。


 ヒーローの絶体絶命を救うのはいつだって運命の女神だ。


 そしてタクヤンの目はその女神をフリークスの群れの中から見出していた。


「たっけて! たっけて!」


 なので力の限り運命を引き寄せる。


「「黙れ」」


 重なる声、近くに立つ二つ頭のミノタウロスだった。


 結合双生児、双子が母親の腹の中でくっついて混ざって生まれた存在、加えて眼差しに筋肉に手には斧……普通に怖い。


「こちらへ」


 誰かが呼んで、ルルーちゃんが前に出てきてくれた。


 避けて道を作るフリークスたち、その動向は、今までの経験があてはめられるなら、囚われている感じではない。


 ……敵なのか味方なのか判別できない隣人、そんな感じがフリークスからもルルーちゃんからも見て取れた。


「……知ってる人?」


 その傍らに立つ髭の生えた女がルルーちゃんに訊ねる。髭が邪魔で良くは見えないが、不安と恐怖が読み取れる。少なくとも暴力を望んでいるようには見えない。情に訴えればワンチャンスありそうだ。


「……彼は、タクヤンと言います。情報屋です」


 一方で、ルルーちゃんは可愛いままで、眼差しだけは冷え切っていた。このまま罵倒されつつ踏みつけられれば、この上ないご褒美なのだが、それはすなわち敵認定ということで、詰む。


「……優秀かどうかの評価は、私にはできません。ですが、ここまでの旅で何度か交流して、雇うこともありました。戦闘に関しては信用できませんが、連れだったオセロは彼のことを信頼してるようです」


 率直な評価、こういう交渉事はオセロより信頼できる。というか、オセロどこ行った?


「あと、彼は中央から派遣されたエージェント、影の騎士団の一人、だそうです」


「あ」


 タクヤンの声が軽く響く。


 それは、不味い。


 このデフォルトランドは基本、悪人の世界だ。非合法が普通であり、そんな場所で正義の執行人たる騎士団の名前を出すというのは、ストレートに敵ですと言って回ってるようなものだ。


 ……当然、そういう証拠になりそうなものは何一つ持ち歩いてはいない。が、灰色は黒、密告は死刑、他人は基本敵、がここの常識だ。少なくとも、敵味方の判別がつかない現状では、致命的と言うしかない。


 ……これで生き残れる手段は限られてしまった。


 信じられたとして、二重スパイとしてスカウト、身代金狙いの人質、情報源としての転売、日頃の恨みをぶつけて拷問……ロクな未来が見えない。


 こんな状況だからか、彼らフリークスが本物の怪物に見えてきている。


「何の騒ぎだ」


 男の一声、それだけで空気が変わった。


 続いて現れた男は、フリークスの反応から、ここのトップに違いなかった。


 普通に歩ける足、普通に降られる腕、一つしかない頭、全裸である以外は真っ当に見える男の登場に、その顔を一目見たタクヤンは息を呑んだ。


 …………こいつは、タクヤンの人生でもトップクラスの厄ネタだった。


「肥料と村の両方を見張っていた男です」


 応えたのはタクヤンを運んできた小柄な男だった。その改まった態度から、もう一つの厄ネタを推理させ、それがトップクラスとコンボでミックスアップからのハイスコアなバッドエンドまっしぐらだった。


「腕の方は大したことありませんでしたが、装備は一級品、それに茂みの中で何日も籠れる忍耐力は、並みの訓練では身につかないでしょう」


 普段は低く評価されるタクヤンだが、この小柄な男の評価は妥当だった。それ故に逃げ道は少ないと覚悟せざるを得なかった。


 嫌な汗が噴き出し、きりきり痛む胃を抱えるタクヤンの前に、そのトップクラスの厄ネタが立つ。


「……貴様は、私が何者か、知ってるな?」


 トップクラスからの言葉は質問ではなく確認だった。


 そして、タクヤンは是であると叫ぶ自分の表情を止めることができなかった。


 同時に、その名を呟かずにはいられなかった。


「王宮道化集、なんでんなとこに」


 タクヤンの声は絞り出すような、というよりも引きずり出されるような、だった。


 ▼


 世界を広く見渡しても、フリークスの歴史は負の歴史だった。


 それは人種や言葉、宗教などの差異に見られる差別の歴史、だが突発的に産まれる彼らには同胞が乏しく、悲惨さは上だったかもしれない。


 魔物、怪物、悪魔、呪いの犠牲者、あるいは呪いの元凶……負の歴史だった。


 そんな彼らが唯一真っ当に暮らせたのは、皮肉にもその奇異な姿を売りとした『見せ物』としてだった。


 その奇異な姿は好奇心を刺激し、下世話なサーカスやキャラバンは家族から疎まれた彼らを買いたたき、檻に閉じ込め珍獣同様に見せ物として各地を巡業するようになった。


 その扱いは決して人道的とは言い難かったが、それでも認知が広がるにつれて、需要も高まった。


 そうした環境の中での勝ち組は、支配者たちに仕えるもの、正確には飼われるものだった。


 王族、貴族、豪商人、すなわち支配者たち彼らにとって人を飼うのはステータスであり、通常は芸人や美男美女を侍らすものだが、奇をてらってのフリークスというのも散見された。


 ……彼らは飼われる身ながら、それでも人であった。


 より良い生活のため、より自分の『見せ物』としての価値を高めるため、彼らは芸を覚えるようになった。


 ジャグリング、アクロバット、手品に話術、中でも最もポピュラーなのが道化だった。


 真偽は別にして、多くの場合、彼らの知能は低めに見られていた。


 そういう風に見る相手に対し、その期待に応えるかたちで愚か者を演じ、笑わせて人気をとる、独自の文化が産まれ、育まれた。


 ……そんな中で、この国では、彼らを利用しようとする一派が現れた。


 古今東西、暴君と呼ばれる権力者は、下からの声に耳を貸さないものだ。それどころか、下手に意見すれば本当に首が刎ねられかねない。だから言いにくいことを、愚かな道化に言わせて間接的に伝える。もしも怒らせても道化が言ったことと笑ってごまかし、それでもだめなら道化の首を刎ねれば済む……使い捨ての伝言役になる、はずだった。


 多くの場合、それは社会風刺のブラックジョークだった。法や制度の矛盾点を面白おかしく演じて笑わせ、同時にチクりと刺す……効果は抜群だった。


 そうして道化を、フリークスを通じて王族へメッセージを伝える方法が確立し、上はお世継ぎ問題から、下は減税の懇願と伝えてもらいたいことが増える度に芸は磨かれ、同時にその需要も拡大していった。


 ……繰り返すが、彼らフリークスは知能を低く見られがちだった。だからまさか彼らが独自に考え、言葉を発するなどと想像もしてなかったのだ。


 こうして『王宮道化集』は造られ、発展し、確固たる地位を確立した。


 ……しかし、そんな影響力をもってしても、彼らフリークスが人であると認められるには、先の大戦がなければなしえなかっただろう。


 文字通り、世界を真っ二つに分けた魔王との戦争は、いかに多くの同盟を増やすかの戦争だった。


 人種、言葉、宗教、そんな違いを越えて団結しよう、と呼びかけておきながら、同じ人種で、言葉で、宗教であるフリークスを人として認めない、というわけにはいかず、加えて人道主義の台頭により、彼らフリークスは公式に人と認められるようになったのである。


 ……戦後も、それまで積み上げてきた知識と経験から、傷痍軍人のケアを一手に引き受け、同時にフリークスとしては軽度な人であっても福祉保証や奨学金の乱用で囲い込むことで優秀な人材を確保し、あらゆる方向へ人脈を広げることで完全に独立した一機関となった。それが今では王を中心とする十大権力機関の一角に数えられるまで強大になっていた。


 ▼


 国外の脅威と戦うための正規軍、その陸海魔を統合する『闇騎士団』


 国内の犯罪に対して警邏、捜査、逮捕を行う警察組織『黒騎士団』


 表では諜報、裏では汚れ仕事の情報機関『影騎士団』


 これら三つの騎士団が『軍閥』と呼ばれ、それぞれの争いを『内乱』と呼ばれている。


 それらに加えて騎士団以外が六つ。


 あらゆる権力より独立し、裁判と立法、刑の執行を行う『司法議会』


 助言のために集められた各種の賢人識者の頭脳集団『元老院』


 医療系宗教団体三つの長老らがバランスを保つ『三頭連合』


 貨幣と金融を司り王立大銀行を有する『金融庁』


 その金融庁さえもが手出しできない独立執行部隊『国税局』


 国内インフラの整備と点検を一手に担う『土木錬金実働部』


 そして最後がこの『王宮道化集』


 この十の組織に加えて近衛騎士団や各地の貴族、大手ギルド、少数民族の集まりなどが続いて王族を守り、あるいは取り入り、利用して、権力の拡大を画策している。


 政治の世界での手練手管、権力闘争は、デフォルトランドの蛮族だからというわけでなく、完全に把握しているものはほとんどいないだろう。


 ……しかし、そのほとんどの中に含まれるタクヤンは、それ故に更なる冷や汗を流していた。


 それだけ、この、王子の存在は大問題だった。

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