森の中の王国

「え~毎度ばかばかしい話を一つ」


「いきなりなんだよ」


「いいから、俺に合わせて、え~古今東西、初対面同士ってぇなぁ、当然初対面なんで、お互いのこと知らないわけでして」


「あぁそうだな」


「そこで大事になるのがアイスブレイクってやつでさ」


「おいまて、その話の落ちって酸っぱい関係、とかいうやつか?」


「おいおいネタバレなんてぇ野暮なこと」


「お前ド下ネタじゃねぇか」


「いんだよ。子供ほどド下ネタきゃっきゃ喜ぶんだから」


「てめそんなだから朝一番でヴォリンカに怒鳴られるんだよ!」


「朝方の話はお前には関係ないだろうが!」


「この距離じゃ関係もくそもないだろが!」


 ……ルルーの目の前で、二つ頭のミノタウロスは、右と左とで喧嘩を始めた。


 当たり前と言えば当たり前だけど、彼らは左右で違う意思を持っているようだった。


「グディーシチェ、グドーチェク」


 一声に、二頭のミノタウロスはピタリと口を閉じた。


 そうして現れたのは、当然のようにコロンだった。


「探しましたよ王子、あれほど勝手は困りますと、何度言えば」


 ミノタウロス左側、ド下ネタじゃない方が言う。


「説教は帰ってからだ。だがその前に、お前たち、レイディの前で見っともない姿をさらすな」


「「すみません王子」」


 そろえて姿勢を正すミノタウロスたち、この素早い反応は、このデフォルトランドでは珍しい、とルルーは感じた。


 それで、そうさせたコロンは、若干息は切れていて、汗の雫が滴っているがその身は無傷のようだった。ただ、首にかけたヌンチャク以外は全裸であった。


 ……まぁ、全裸とはいえ、追手を足止めしての無傷は、コロンは本当に実力者なのかもしれない。


「さてレイディ、もうすぐ日が暮れる。暗くなる前に私の居城へ招待しよう」


 そう言って手を差し伸べてくるコロン、その動作は友好的で、ルルーには手を取る以外の選択肢などなかったし、今までなら迷わず取ってきた。


 ……一瞬悩んだのは、オセロを思い出したからだった。


 だけど、今のルルーは手を取る以外の選択肢など、なかった。


 ▼


 夕暮れが終わり夜となる。


 木々の間を冷たい風が吹いて、闇の天井がどこまでも続いている。


 それがルルーに、次にオセロにするはずだったお話を思い出させる。


 第三の試練、氷壁越え。


 その部屋はどういう仕組みかものすごく寒いのだ。


 壁や天井は凍り付いて、氷柱がぶら下がっている。


 その部屋を二つに区切るのは分厚く、なのに透明で向こう側が見える氷の壁だっや。そして向こう側に出口がある。


 出口に向かうには壁を砕くしかないのだ。それも、寒さのなかで体力を削られつつ、氷の壁は修復される。時間のない短期決戦が求められる。


 ……ここの最大の罠は炎だった。


 油を巻いて火をつける。そうすれば熱と煙で氷の壁は溶け落ちる。だけどそれより先に天井が落ちてきてしまうのだ。


 ……この試練はできるできないの言ったもの勝ちになってしまうが、そこら辺は、オセロなら正直に自分を査定できるだろう。


 ▼


 そんなことをぼんやりと考えてるルルーが、全裸コロンに手を引かれ、双頭のミノタウロスたちを先頭にして招待されたのが、森の奥にいきなり現れた砦だった。


 木々に紛れて目立たないようなデザインになっているけど、丸太の壁は高く、周りは池のような濁った堀に囲われていて、そして目を凝らしてみれば角や門の上には木の葉のついた枝で隠した物見櫓があるようだった。


「私の城にようこそレイディ、外見はこんなだが、中は快適なのだよ」


 そう言ってコロンが開いてる左手を掲げると、壁の一つが倒れて堀を渡す橋となった。


 それが跳ね橋、というものだとルルーは思い出した。橋そのものを門として取り上げてしまう防御施設、存在は知っていたし、残骸なら見たこともあったけど、こうして実際に、それも丸太と蔦を編んだロープなんて原始的なもので作られてるなんて、驚きだった。


 それだけの技術、文明を持つ彼らに少なからずの好奇心を抱きながら、ルルーは橋を渡った。


 そしてまた上げられる橋を背に、見渡す中は、別の意味での驚きに満ちていた。


 砦の、彼らの言う城の中は思っていたよりも広った。


 壁の内側にはいくつもの家々が並んで、中央は通路と広場に、そして一番奥には大きな家と、左右は床が高いから倉庫だろう。また壁際の目立たない場所に敷居があって、そこに外の堀の水が引いてあり、どうやらトイレにしているようだった。ならば飲み水はどうするのかと見れば、各家の屋根の端に瓶が置かれてあって、そこで雨水を集めて生活用水に利用しているようだった。


 そんな城の中には多くの人たちがいた。


 そして……その全員が変わっていた。いや、普通じゃなかった。


 跳ね橋を下ろし、今また紐を引っ張って吊り上げてる男は、体はすごい大きくて筋肉質なのに顔はまるで子供で、それもルルーよりも年下みたいな顔だった。


 広場の中心でサーベルを研いでいる男は顔の半分を木の仮面に隠していて、だけどそこが溶け落ちているのは隠しきれてはいなかった。


 家の中で蔦を編んで籠を作っている男には足が無いようだった。


 その隣で石臼で粉を引いてる男は両目を布で隠していた。


 女もいて、服を張ったロープに干していた。一見すれば普通だけど、奥から出てきた手の指が全部くっついて一本になっている男に肩を叩かれるまでこちらに気が付かなかったようだ。どうやら、耳が聞こえてないみたいだった。


 ……彼らはみな、奴隷としての首輪なんかなくて、なのにみんなせっせと何かしら仕事をしていて、それでコロンが現れると手を止めて会釈し、ルルーを見ては笑顔を返してきた。


 ここは、あの村とは別の意味で、普通じゃなかった。


「王子!」


 ひときわ大きな女性の声が響いた。


 それで一番奥から飛び出してきたその女性に、ルルーは一瞬だけねえ様を思い出させた。


 太く、雫型の体系でなのに手足はさほど太くなく、白くて綺麗で、金色の髪を頭の上で丸めてお団子にしている。その顔は、同じく金色の髭で覆われていてよくは見えないけれど、青い瞳は吊り上がってご立腹なのはよくわかった。


「ヴォリンカ」


 コロンが弱弱しく応えながらルルーから手を放す。そのコロンの前に、腰に手をあててヴォリンカ、さんが立ち塞がる。


「王子! あれほど単独行動はおやめくださいと申してるでしょ!」


 敬語、なのに然る言葉、姿かたちはねえ様とは似つかないけれど、その纏う雰囲気は、本当にねえ様とおんなじだった。


「言うなヴォリンカ、これは王子としてはなさなければならない責務だ」


「だとしてもです! なんのために我々がいるんですか! 王子の御身に何かあれば替えは利かないんですよ!」


 コロンを叱るヴォリンカさん、上下関係ではコロンの方が上らしいけど、力関係はヴォリンカさんの方が上のようだ。


「ほんとにもう朝から大変だったんですよ! 勝手にフラっと出て行ってしまいますし! ブーベンは新たな肥料がきたと報告してくるし!」


「……来たのか新しいのが」


 最後の一言、コロンの返事に、空気が変わったのがルルーにはわかった。


「……伝言です。相手は重武装で複数、連携が取れていて、荷物運びはなし、戦闘部隊と思われる。これより索敵を続行、夜には戻る、だそうです」


「……そうか」


 応えるコロンの表情は神妙だった。これで下をはいてたら形になってただろう、とちらりと見たらちゃんと下を履いていた。かなりきわどい角度で、紐みたいなパンツだったけど、履いてるなら、そんな変態でもないだろう。


「……それで、こちらのお客様は?」


 ヴォリンカさんに見下ろされ、ルルーはペコリと頭を下げた。


「ルルーです。危ないところをコロンさんに助けて頂いて」


「あーいーのいーの、堅苦しい話は後にして、まずはご飯よ。王子も、朝から何も食べてないんでしょ」


「うむ」


「さ、入って入って、今日は鳥が取れたんで肉入りのスープですよ」


 優しく言って建物へ入ってゆくヴォリンカさん、その背中を見てルルーは初めて、心からここは安全だと思えた。

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