本物の戦力

『エディカル-シンジゲート』主に麻薬のために造り上げられた犯罪組織の中で掛値なしに世界でもトップクラスだ。


 小売り、元売り、密輸、輸送、精製、原材料の生産、それぞれを迅速に行えるように人材の育成、スカウト、邪魔者あるいは裏切り者の排除、マーケティングを含めた情報収集にマネーロンダリング、弁護士を含めた福利厚生に刑務所内のアフターケア、非合法の麻薬を売るために必要と思われる全行程を一纏めにしたのがシンジゲートであり、その中で他を喰らい、勝ち上がったのがエディカル‐シンジゲートだった。


 その規模、最早小国を支配するにいたり、そのボスどころか幹部クラスでさえ平然と罪を犯しながらも取り締まれる司法が存在しないほどにまで力を付けている。


 ……だが世界は、国家は、政治は、彼らと戦うことよりも、利用することを選んだ。


 国の発展のために悪に与する、そこになんの矛盾もない。


 例え彼らが売りさばいた麻薬で多くの自国民が蝕まれ、不幸になったとしても、それは大事の前の小事であり、崇高な目的の前の尊い犠牲であり、大局に影響しない些末な事柄なのである。


 だから手を出さず、敵対せず、かといって無視することもしなかった。


 そのために用いられるのが闇の騎士団、エージェントたちだった。


 ▼


 タクヤンは市外専門のエージェントであり、こうした野外での行動は、訓練こそ受けてはいるが専門外であった。


 そんなタクヤンがこんな、人がいるかも不確かなデフォルトランドの奥底まできて、泥にまみれ、草を羽織って、茂みに潜って、枝の隙間から周囲を伺いつつ、丸二日キャンプを続けていて、瓶詰の豆に飽きながらも、何の文句の一つも出ないのは、それだけ今回の相手が大物だからだった。


 支給された双眼鏡を覗く。


 見えるのは松明を翳して行軍する集団、お揃いのマントと松明、ここでは目立ちすぎる統率力、それを晒せるのは、それだけの自信があり、それでここまでこれているのは実力も伴っているということだ。


 集団の先頭の男を見る。


 金色の巻き毛に顎髭に、縦長の顔、真っ黒としか形容できない黒い肌、マントの上からでも体が厚いのがわかる。当然、上背もある。そしてマントに隠しきれていない手には、一風変わった槍が飛び出ていた。


 ……手配書通りだ。


 ミジアクラ・エディカル、こいつはシンジゲートの実働部隊隊長であり、その実績と信頼からボスであるズイエ・エディカルの養子となった大物中の大物である。


 その後ろに率いているのは直属の部下たちだろう。


 彼らは全員、元軍人にして元傭兵だ。ここではない前線で武勇を轟かせ、それに比例して心身を擦り減らし、麻薬に溺れて堕ち、顧客からリクルートされた一団だ。


 ジャンキーとなり、軍門に下った今でもその実力は劣ってない、と聞いている。


 単純に正面からぶつかり合えばここらのマフィアどころか真っ当な国境警備団クラスなら半日もかからず皆殺しとなるだろう。


 すなわち、現状においてエージェントが把握してる全ての戦力の中で、彼らは疑いようもなくトップだった。


 そんな彼らの行軍を遠くから見つめながら、タクヤンは薄ら笑いが止められなかった。そうして思い出すのは、ここにはいないオセロのことだ。


 あいつもまた、別格の強さだ。飛び抜けている。正直に告白すれば、この地にて、あいつを味方にし続けられれば戦闘における心配事は皆無だ。それほどまでに信頼できる。


 実際あいつは海賊団なりマフィアなり、かなりでかい組織とぶつかり、潰して生還している。実績がある。


 ……だが、それを踏まえてもタクヤンは、賭けるならタイマンでもミジアクラに全額、だった。


 理由は単純、それはミジアクラが外基準の戦争、すなわち戦闘系魔法にも通じているからだ。


「……それでもあいつは、つっこむだろなぁ」


 タクヤンは小さくつぶやきながら双眼鏡を行軍の向かう先へと向ける。


 半分より欠けた月の光、それでも輝くように広がるのは銀麦畑、このデフォルトランドにおいて最も重要度と危険度の高い麻薬畑だった。


 その向こうにはジャンキーの村があるとか、噂レベルだが、伝え聞いている。


 ……いや、それ以上をタクヤンは知っている。


 国内有数の穀倉地帯、その肥沃な大地で育ち放題の麻薬の海、それは蠱惑的であり、同時に危険でもある。


 だから誰もが手を出す。それは個人であり、手段であり、その中には我々も含まれている。


 その上で、噂レベルの話しか伝え聞いていないのだ。


 ……実際、エージェントが潜入を試みたことをタクヤンは知っている。それどころか、ここまで案内したのだってあった。


 そのどいつもが行方不明となった。


 死んだのかどうかも不明、裏切った可能性まである。追跡調査は当然行われる。というか、ここの担当もちゃんとある。それらは二度と現れなかった。


 それらを含めて一切が不明、そして急遽お門違いなタクヤンが急遽呼び出されてる。それだけここは人が消えるのだ。


 エージェントの情報収集能力を超える未知の、脅威が潜んでいるのだ。笑えない。


 ………………あれ? これって、やばくないか?


 久々のでかい仕事に、チャンスと飛びついたが、それに直接接触もなしに遠目で成り行きを見るだけの楽な仕事だと、思ってたが、存外にリスクがでかい。ましてや今は、一人、武装もない。そして相手はどちらも命乞いを聴き取れなさそうな連中だ。


 ……まぁ、あれだ、逃げ隠れだけなら、そこらのエージェントよりかは優れてる。それに結果だけ伝えればいいのなら、今、撤収して、安全圏から帰ってきたかどうかを報告すれば、事足りるだろう。


 よしそうしよう。


 今ならまだ双眼鏡で辛うじての距離だ。ゆっくり降りて匍匐前進でとんずらすれば見つかるまい。


 双眼鏡から目を離し、ゆっくり急いで荷造する。


 毛布、着替え、空の瓶は捨ててゆく。


 双眼鏡、日記、ベレー帽、ガスマスクは使う予定はなさそうだが高かったんだから両方とも持って帰る。あとは解毒ポーションと残り食糧と、その他まとめて鞄に詰め込んで、反対側よりそっとでる。


 月明りで灯りは必要ないが、同時にこちらの影も伸びる。


 目立たぬよう、身をかがめながら丘を下りる。


 そして茂みと茂みとの間の道を行く。


 ……と、通り道に動く影があった。


 鳥、獣、小動物、いや、見間違いでなくそいつは人の形をしていた。


 月下の下、立ち上がり立ち塞がったそいつは、小さかった。


 比喩ではなくて、本当に背丈が低い。ゴブリンやホビット、それこそ子供のルルーちゃんよりもちっちゃくて、手足も短く、頭だけがでかい。まるで赤子のようだった。


 なのに顔は渋いおっさんで、オールバックに頬に傷とか、まるで歴戦の猛者のような面構えだった。


 そのギャップにタクヤンは諸々考える。


 敵、である可能性は低くないが、この体格差なら敵ではないだろう。


 しかし騒ぎになれば他が来る。そのリスクを回避すべく、静かに速やかに黙らせる必要がある。


 なに、命までは取りはしない。組み伏せ締め上げ気を失わせるだけだ。エージェント研修以来の格闘だが、赤子をひねるような、簡単なことだろう。


 タクヤンは邪悪な笑みを一瞬浮かべ、同時にある可能性を思い出した。


 それは座学で学んだ一つ、あの体格の人間ばかりを集めて一級の戦士に育て上げている組織の存在、つまりはあのちっちゃいのが顔の通り歴戦の猛者に育て上げる同業者の存在だ。


 まさかと打ち消したタクヤンは、次の瞬間そのちっちゃな姿を見失った。


 そして次に見たのは飛び掛かった後、その手がタクヤンの喉を掴み、叫び声をあげられなくした時だった。


 ……まさかがそのまさかだった、と理解したのは、そのまま首を絞められ、血の気が引いて気を失う中でだった。

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