ここは昔、黄金と呼ばれていた。
デフォルトランドがこうなる前は、ここら一帯は穀倉地帯だったとオセロは聞いている。
肥沃な大地が育む麦は遥か地平線まで広がり、その収穫量はこの国だけでなく周辺国に輸出してなお余る程だったとそいつは言っていた。
だが同時に肥沃な土地は森も育み、その森は獣を育みもした。
そして時折出てくる獣たちから身と麦を守るために編み出されたのが必殺鍬二刀流なんだそうで、今から思えばいくらポイ捨てタバコで背中焼かれてたとはいえ、もう少し話しを聞いてから潰せば良かったかな、とオセロは軽く後悔していた。
そんな昔話を思い出しながら寝床だった小屋を出て、しばらく歩いて、もうすぐお昼という時間に登りきった丘の向こう、一面広がるのは銀色の麦畑だった。
その銀麦を、オセロは知っていた。
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『神の恵み』『革命種』『ニューメニュー』『完全食』名前は様々ながら大体の場合は、そのまんま『銀麦』と呼べば通じる。
それだけ銀麦は有名な麻薬だった。
効能はアッパー系、テンションが高くなり常に興奮状態、曰く感覚が解き放たれたようだと、今までにないほど幸せな気分だと、どいつもこいつも言ってるが、実際は逆に危機感が薄れて、感覚も鈍くなる。手足も震えて不器用になるくせにパワースピードだけは跳ね上がる。
そして特徴的なのが、毒性が低い、ということだ。
それどころか栄養価が非常に高く、この麦がゆだけで他がいらないというほどで、戦時中はこれだけで前線を維持していたとも聞く。
もっとも、当然麻薬なので精神的な問題、つまり禁断症状は発生する。
大体の場合は最後に取り込んでから丸一日経った辺りに症状が出始める。
こちらは他の麻薬と同様、ただひたすら銀麦を求め出す。
しかしそこらジャンキーよりもタチが悪いのは、肉体は健康そのものな上にパワースピードは上がったまま、唯一の救いは頭と手先が鈍くなることだが、元から万全に使えてない連中だと、純粋な能力強化だ。
…………オセロはこの銀麦を口にしたことはない。
ただ、運ぶ仕事にはついたことはある。
ただ運ぶだけ、楽な仕事だと言われてついて行って、最初はその通りだった。
だが他の連中が一口、口にしてから話が変わった。
みるみる減ってゆく銀麦、止めようとすれば暴れて手のつけようがない。
更に野良のジャンキーどもも集まって、朝も昼も夜もない乱戦、極め付けに運んでた馬車の馬まで中毒になってて……最終的に運び終えることができたのは、オセロが背負って運んだのが全てだった。
……この麦がどこから来たのか、自然由来なのか誰かが掛け合わせたのか、軍の秘密兵器だとか敵の蒔いた兵器だとか、聞くが、この時の感想が、疲れた、の一言でしかなく、そして二度とその仕事をしなかったのが、オセロのこの麦に対する価値観の全てだった。
その銀麦の畑が、見渡す限り広がっていた。
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「凄い。こんな場所が、ここにもあるんですね」
横に立つルルーが感動したような声を上げる。
「まぁ、麦畑としてはこれぐらい普通だろ」
「そうなんですか?」
そうだ、と応えようとして、思い出しそうになったから辞めた。
「……あの?」
「先に言っておく、大事なことだ」
少々強引だが、切り替えるとルルーは黙った。そして話しを聞いている。
「……ここで育ってる麦、銀麦ってんだが、全部麻薬だ」
「え? 麻薬、なんですか?」
「あぁ麻薬だ。一口でも食ってまともに戻れたやつを俺は知らない。多分だが、お前でも食えば、もうお話はできなくなる。こんだけあってもケツ拭くぐらいにしか使えない。だから、絶対に口にするな。いいな?」
……ルルーは黙って、大きく頷いて応えた。
まぁこいつは、賢いから、言わなくても麻薬の怖さは知ってるだろう。
「一応、鳥とか獣は麦を食わないから、そいつら獲って食えば飯には困らない。ま、今まで通りだな」
言いながら丘を下る。
「あの、それがどれだけ続くんですか?」
「いや、知らない。俺だってここまで来たの初めてだし」
「あ、そうなんですか?」
「正確には今お前が立ってる所までだな。こっから先は、話にも聞いたことがない」
丘を下って、振り返るとルルーもちゃんとついて来ていた。
ただその顔は不安げだ。
「まぁ、その、なんだ、今までと一緒だ」
応えて先を見る。
銀麦畑の間を割く一本の石の道、その先はまた丘が見える。
ここが『ゴールデン・スクウェア』と呼ばれる麻薬生産地帯の、入口だった。
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