いつもとなった夜と朝

 屋根と隙間風の小屋、そんなでも夜の風は凌げるし、部屋の真ん中にある囲炉裡で焚き火を燃やせば、不快にならない程度には暖かい。


 こういった場所で眠る前、お話するのは、ルルーにとってはもう、いつものことだった。


「ちょっと待った」


「何ですか?」


 お話の途中でオセロに止められるのも、もういつものことだった。


「いやよ。そこって、一度入ったら二度と出られないんだろ? それで中も見れない。なのに何でそんな試練とかわかるんだ?」


「それ、は」


 オセロは時々鋭い。


 しかも変に誤魔化しも効かないし納得するまでずっと逃がしてくれない。


 だからルルーも、話しておいて自分も考えて応えないといけない。


 これもまた、毎夜のことだった。


「このお話は、多分、訓練用なんだと思います」


「訓練?」


「はい。実際、実戦なんかだと中がわからない所へ突入する場合とかあるんでしょ? そういうのを想定して予めお話の中で動いてみて、それで上手くいったかいかないかを見て、後で振り返って色々考えるんだと、思います」


「あぁそうか、そういうお話もあるのか。…………だったら、これ、試練聞く前に装備とか決めといた方が良いんじゃないか?」


「あーそれは、そうですね」


「ちょっと続き待て、今装備考えるから。第一の試練知らないことにして、だよな」


 言ってオセロは腕を組んで考え込む。


 こういうのも、いつものことになっていた。


 話に夢中で、そこでその場面で、自分ならどうするか、考える。ただ聞き流すんじゃなくて自分のものとして考え、身につけようとする。


 きっとこういうのを勤勉、とか呼ぶのだろう。そうやって身につけようと日々してるから、オセロは強いんだろう、とルルーは感じた。


 ただ、こうなってしまったオセロは長い。まず間違いなく今夜はこのまま考え続けているだろう。


 それも、いつものことになっていた。


 そんなオセロを見ながら、ルルーは横に置いた荷物にもたれかかる。


 未だにここみたいな、埃だらけでささくれた床の上に寝そべるのには抵抗があって、こうやって肌の触れる面積減らさずにはいられない。けど、まぁ、問題ないかな、と思ってて、直すつもりはなかった。


「…………なぁ、お前の分の装備も考えちゃって良いんだよな?」


「え? あ、はい。じゃあ、えっと、お願いします」


 応えて、ちょっとおかしかった。


 そんな所まで私を連れて行くつもりなんだなーと、思っていたら眠たくなってきた。


 オセロは考えこんでるし、もう今夜は寝ちゃっても良いだろう。


 思った途端、瞼が落ちた。


 ……薄れゆく意識が最後に考えてたのは、トイレットペーパーがもうすぐ一ロール無くなるなー、だった。


 ▼


 ルルーが目覚めると、もうオセロは目覚めていた。


「よお」


「はい」


 いつもと同じ挨拶、ルルーの中の違和感はだいぶ薄れてきていた。


 いつも早起きで、朝から元気なオセロは、まだ燃え続けている焚き火で鳥の肉を焼いていた。


 一緒に旅をするようになって、何気に驚かされたのはオセロの狩の腕前だった。


 ただ並んで歩いてたと思っていたら、無造作にそこらの小石を拾って、投げる。


 そして逃げ出した犬のように飛び出しては、捕らえた鳥の羽根を毟りながら戻って来るのだ。


 そしてそれを瞬く間に捌いて見せる。


 なんでも、鳥の胃酸は強いらしく、すぐに内臓を抜かないと食べられなくなるらしい。


 そういう理屈はわかるのだが、それを歩きながら、それもいらない腸とか道端に捨てるのは、いつもながら辞めて欲しかった。


 汚らしいし、なんだか罰当たりだし、何よりその血生臭ささで獣が寄ってくる。


 実際一度、それで狼の群れに囲まれたこともあった。


 だけどオセロにとってそれらは、食べ切れない量の肉と大差なかったのだ。


 襲われること、戦うこと、勝つことが、オセロにとってのいつも通り、なんだろう。


 なんて、寝ぼけながら考えていると、オセロは今しがた焼き終わった串焼きを差し出してきた。


 目覚めてすぐに焼き鳥、とは思うけど、こうして一緒に旅をして体力がついたのか、そんな苦ではなかった。


 受け取って、脇に置いてあった水筒の水を一口飲んでから、一口齧る。


 程よい辛さ、やっと調味料の使い方を覚えてくれたらしい。


 モグモグしてる私にオセロは山盛りと積まれた赤い木ノ実を指差す。


 焼き肉と木ノ実、種類は違ってもメニューは大体この二つだけだった。


 その木ノ実を一つ摘む。親指の先ほどの小粒な木ノ実はその大半が種だったけど、その種にへばりつくような果肉は良い香りがして、甘かった。


「……で、あれから色々考えたんだがよ。先が見えないなら、それなりの水と食料がいるよな?」


 オセロはまた新しい肉を串に刺しながら話し始める。


「便所とかあるのか?」


 お話のことで頭がいっぱいで、それ以外の会話は、二人の間では少なかった。


 ただそれは、お互いそれ以外のことに興味がないだけで、いやオセロが興味がないだけで、会話に出てこなかった。


 ……ルルーとしては、オセロの個人的な事柄に興味はあったけど、なんとなくだけど聞きにくくて、それでほったらかしになっていた。


「……なぁ?」


「あ。いえそれは、わからないですよ。それにいざとなったら、汚いですけど部屋の隅で済ませちゃえばいいんじゃないですか?」


「あぁ、いつも通りで良いのか?」


「……いつも?」


「あぁ。今朝だって」


「いいです。そういうのは、まだ慣れてないんで、これ食べ終わってから聞きます」


 こんな感じで受け答えしてるのも、いつものことになっていた。

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