こうして古代遺跡はできる

 ルルーでもマンホールは知ってるし、見たこともふんずけたこともあった。


 それに知識としてなら、その下が下水道に繋がってるともわかっていた。けれども、実際に降りてそこを歩くのは生まれて初めてだった。


 筒の下半分を埋めたような半円の断面の下水道は、思っていたよりも長くて、深くて、静かで、乾いてて、臭くなかった。


 壁や天井は石を積み重ねてアーチ状にしてあるみたいだ。その壁にはルルーの拳がやっと入るぐらいの小さな穴が、下向きに空いていて、そこから何が流れてくるのか、想像もしたくなかった。


 ここへの入り口は、あのコロシアムにあった。


 タクヤンがもったいぶりながら説明するに、そもそもあのコロシアム自体が元は下水処理場だったらしい。なんでもこの長い通路は本来は下水と、それを餌とするスライムで一杯なはずなんだとか。そのスライムが増えて溢れてあの砂場に出ると、自重によってスライムの水分は砂の間から下へと流れて川へ。さらに亡骸は天日で乾燥させて肥料として売りさばき、下水道のメンテナンス費用に充てるのだとか。増税も無しに独立した高度な下水処理システムを、ここの住人は理解してないと、タクヤンは歌うようにのたまわる。


 静かにしろ、とオセロが注意しても、効果があるのは数歩分だけだった。


 我慢しながら、ルルーたちが今歩いてるのは、幅は大人三人の背丈ぐらいだろうか、天井も高くて、他と比べても太い、メインと呼べる道だった。進んで行くと時折幅が半分ぐらいの枝道が、それと同じぐらいの間隔で上へと登るハシゴがあった。ハシゴの先はマンホールで、そこから差し込む赤い夕日以外の灯りは、持ち込んだランタンだけだった。


 どれだけ歩いたか、もうわからなう。変わらない風景、先の見えない闇、方向は狂って、目印は乏しい、下水道は迷宮だった。いや、むしろダンジョンに近いかもしれない。


 そこを歩いているのに、ルルーがそんなに怖くないのは、一人じゃないからだった。


 先頭は道を知ってるオセロだ。そのすぐ後に続いてルルーが、その背後にはタクヤンが、さらに後ろにトラとネズミが、最後尾には何人かの奴隷たちがゾロゾロと並んでいた。


 これだけの人数、しかも全員がランタンを装備してれば、怖いのはちょっぴりだった。


 ……怖いもの怖いけど、それ以上に好奇心と、希望が勝ってた。


 と、今歩いているメインの道の先が五つに分かれていた。どれも同じぐらいの太さの中で、先は暗くて見えない。


 その中からオセロは迷わず右から二番目を選び、進んだ。


 その後に続く。


 と、オセロは鼻歌を歌い始めた。


 あの、出会った夜に、歌ってた曲だった。何で今歌いのか、上機嫌なのか、訪ねられないまま歌い終わり、それとほぼ同時にオセロは右の壁に手を当てた。


 そいつをずらす。


 小さく擦れる音がして、壁の退いた先に、また小さな穴があった。向こうから冷たいそよ風が吹いてくる。


「ここ入って後はまっすぐだな」


 そう言ってオセロは、なぜだか穴を通り過ぎようとする。


「おい。ここじゃないのか?」


 タクヤンに呼び止められてオセロは振り向く。


「いや、そこだけど」


「だったら先に入るぞ。時間が惜しい」


 言ってズカズカとタクヤンは中へと入り、他の人たちもその後にゾロゾロと続いた。


 それを首を傾げながらついていくオセロについて、一人になりたくないルルーも中へと入った。


 オセロは、何か引っかかってるみたいだった。


 しばらく進むと、開けた空間に出た。あのホテルの一室よりも広いだろうか、木の机や椅子があって、壁にはロッカーらしい金属の箱が錆びていた。


「メンテナンスの時の資材置き場、兼休憩スペースってとこだな。で、ここが出口ってか」


 言いながらタクヤンがランタンで照らしたのは、また別の穴だった。こっちは、あのホテルの枝分かれと同じぐらいで、人一人ならギリギリ余裕で通れるぐらいだ。


 当然先は暗くて怖い。


「ここはこんなだけど、少し行ったらもう少し広くなってるよ。それにマンホールもあるから、酸欠はないな。危険があるとすれば雨だけど、あの空ならしばらくは晴れてんだろう」


 スラスラ説明するオセロ、だけど表情は何かが引っかかってるって顔だった。


「で、オセロ、これはどこまで続いてるんだ?」


 タクヤンの問いにそれでもオセロは応えた。


「さぁ。全部は探検してないが、最低でもコックローチハーバー超えて壁のすぐ下までは行けたと思ったが」


「そこまでとなると、距離はどれぐらいだ?」


「だいたいだと、歩いて眠って繰り返して一週間ってとこだな」


「そんなに早いわけないだろ。お前の足での話じゃないぞ。歩くのはこいつらだ」


「それで一週間だ。実際何度も奴隷を連れて通ったから間違いないよ。道としては平坦で真っ直ぐだし、敵襲もないから楽なんだよ。退屈だけどな」


 ……ルルーは、あえて聞き逃した。オセロが今まで何してたとか、今は関係ない話で、だから、聞き逃した。


「なら、まぁ、信じるけどよ。それでも一週間の移動となると、食料はまだしも水はないとな。補給できるか?」


「できる。何箇所かのマンホールから地上に出るとすぐ近くに川があるからそこで毎回補給だな。目印に布切れを梯子に結んであるはずだが、今も残ってるかは確信持てない。だけど流石に川は消えないだろ?」


「そりゃまぁな」


「距離的には二日目、三日目、五日目、六日目あたりだったかな。でもまぁ、中涼しいからそんな水はいらなかったはずだ。あと雫、天井から滴るのを集めてなんとか、そこで休憩すれば丁度いい」


「まぁ、なら、まだなんとかなるか。最悪ボロボロでも壁まで行ければ設備あるしな」


「あの!」


 ルルーの背後から二人の会話に割り込んだのはトラだった。


「あの、ここまでくる間のあの分かれ道はどこへ繋がってるんで?」


 トラの質問に、オセロは少し間を置く。


「……そりゃあ、あちこちさ。さすがに川の向こうは無理だけど、だいたいの大通りにはマンホールあるからな」


「だったら、コロシアム以外の人たちもここへ案内できませんか?」


 トラの発言に場が色めき立つ。


 対してオセロは、煮え切らない感じだった。


「まぁな。確かに、下を通れば上の連中と会わずにここまで来れる。だけど、なんだったか、ここを大人数で使えない理由があったんだよなぁ」


「そりゃ音だろ」


 ガリガリと頭を掻くオセロの代わりに応えたのはタクヤンだった。


「なんだかんだ言って下水道も音が響く。この人数でならまだしも大人数ならそれも大きくなって、足音だけでも大音響だ。地上にバレる。そういうことだろ? で今は大騒ぎだ。そんな些細な音を気にできるやつは残ってないさ」


「まぁ、お前があれだけ喋っても音沙汰なしってことは、そうだろうけどさ」


「なら問題なし、問題解決、出られるぞ」


 勝手にまとめたタクヤンの言葉に、まだ納得してないオセロ、打って変わってトラたちは一気に明るくなって、弾けるように話し始めた。


「タイムリミットが朝までとなると、効率的にやらないと全員は通れないぞ。まずは動けるものから先に入れよう」


「怪我人は、ここで私が診てからですね」


「水も食料も集めないと。ランタンは人数分は無理だから、各グループごとに分けないと」


「この部屋までの道に、迷わないように印を書いておこう。一つだけだとバレるから暗号にして、例えば黄色い花の名前が正解とか」


「まて、ここの奴隷、字が読めるのか?」


 それでも声を押さえての彼らの相談に、オセロはまだ煮え切れてない感じで見ていた。何か大切なことを忘れてるような、引っかかる、なんだったか、思い出せない、そんな感じだった。


「念のため、音消しのために陽動も必要だ」


「だったらあの忌々しいカジノに火を点けよう。陽動にもなるし、対岸が空だと知られるまでの時間稼ぎになる」


「人質はいつ殺す? 何人か捕まえてあるらしいけど」


「殺さない。代わりに首に何か巻きつけて、奴隷みたいにしておくんだ。それで残せば、自分たちがどんなことしてきたのか、最後に知ることになる。時間稼ぎにもなるしね」


 相談内容が物騒になってきて、やっとオセロ表情も明るくなった。地上の荒事、陽動、破壊、オセロの大好物だ。


 オセロは外に遊びに行きたくてウズウズしていた。


 ただ不安げな顔なのは、そんなオセロの顔を見続けていたルルー一人だけだった。

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