流れ作業
不安げなまま、表情だけは明るく作って、ルルーは万事上手くいっているように装った。
実際、万事上手くいっていた。
それもこれも奴隷たちが優秀だからに違いなかった。
押さない、駆けない、喋らない、単純なことを当たり前のようにこなす。それだけでこのデフォルトランドでも見られない秩序が成り立っていた。
それに連絡網、彼らは前々から連絡を取り合っていて、どこに何が、誰がいるか、共通認識として知っていた。
これは、ただルルーがそっち側にいなかったので、知らなかっただけで、もっと前からどこにでもあるのかも知れない。それを知らずにいたルルーは、それでも笑顔で、奴隷のグループを見送り続けていた。
彼らが持てる荷物は最小限、ランタンは一グループ一つまで、前が詰まると後ろも詰まるから止まれない。それに追手が迫ってくるかもしれないから急がないといけない。
希望より不安が強い表情で彼らはこの部屋に来て、当然不安で、その足が鈍る。
それを促すのがルルーの言葉とオセロの姿だった。
……そう、オセロはまだ地下の出口の部屋にいた。
不機嫌に、むっつりと、忙しなく貧乏ゆすりをしながら、険しい表情で、黙ってここにいた。
その姿は、ルルーから見れば、上での楽しいことに参加したいのに、必死になって我慢している姿だった。
そのオセロに追い討ちのように情報がもたらされる。
……地上ではもう追手が組織されてる。ここまで来るのも危なかった。ロジョーが 戻って来た。カジノは上手く燃えた。応援として海賊を呼んだらしい。
奴隷たちのヒソヒソ声に耳を立て、その度に手に戻ったあの鉄を握ったり離したりしてる。
苛立ち、ストレス、ぶちぎれる寸前、なのにオセロがここに残ってる理由は三つあった。
一つ目は、単純にここを守るためだ。
脱出の要であるここが落とされたら全て台無しになる。ならここを最大戦力で守る必要があった。ここでの最大戦力とは、オセロ個人を示していた。それはオセロも納得する事実だった。
二つ目は、彼らを安心させるためだ。
ただでさえ不安な逃亡に先行き真っ暗な脱出穴、踏み込む勇気をもたらすのにはオセロの姿が必要だった。それに、中がどうなってるかをちゃんと説明できるのもオセロだけだ。ここに必要だった。
三つ目は、トラのおかげだった。
オセロは怪我をしていた。出血に火傷に、それらの治療はまだだった。だからトラはお礼も兼ねて治療しますと申し出た。いつ戦いになるかもわからないし、万全にしておいて下さいと、説得した。オセロも、回復魔法見たい好奇心からそれを受けた。
ルルーとしても、オセロがより健康になるのは嬉しいことだし、これ以上危ない目に合わなくてもいい、と思う。願ったり叶ったりだ。
そうして始まった治療に、一番驚いてるのはトラだった。
問診から視診へ、診れば診るほど出るは出るは、オセロの体はボロボロだった。
目に見える外傷だけでなく、小さな骨折やヒビ、皮膚の下には矢じりや折れた刃のカケラが食い込んだままだし、火傷はほったらかしで、毒も完全には抜けきってはなかった。
本来ならこのどれ一つでも痛み、動きが鈍るはずなのに、平然と動いてるオセロに、トラは開いた口が塞がらなかった。
終わりの見えない治療に、トラより先にオセロは飽きていた。
初めこそ見慣れぬ魔法とその光に、負けないぐらいに目を輝かせてたオセロだったけど、それにもすぐに興味が薄れ、それが目の届かない背中や肩に及び、しかも新たな奴隷たちの到着の度に中断されるとなるともう、退屈すぎて不機嫌真っ逆さまだった。
だから少しでもご機嫌取りに貯まってたお話とか、ネズミの歌とか、ルルーは考えるけど、オセロの何とも言えない引っかかりがルルーも引っかかって、それで念のために静かにすべきだと、なってしまう。
何もしてあげられないまま苛立ちの募るオセロの姿に怯える奴隷たちへ、安心できる嘘をつくのがここでのルルーの役割となっていた。
あれは追撃させないように気合を入れて見張ってるんですよ、あなたたちの置かれてた現場に怒ってるんですよ、ただ単に治療が痛くて踏ん張っているんですよ、場合に応じて嘘を使い分ける。
相手を説得させるのが日常だったルルーにとって、最初から過大に信用してくれてる彼らを騙すのは簡単だった。
彼らは納得して、安心して、お礼と罪悪感を残して次々に進んで行った。
彼らから追手の話は聞かない。襲われたとも話に出ない。
見覚えのある人は漏れなく穴の中へと出発できた。
水も食料もランタンも、結果的には少し余りそうだ。
万事、上手くいっていた。
▼
上手くいってるまま、最後のグループが出発した。
これで、ここに残るのはルルーとオセロと、トラとネズミそれとタクヤンだけとなった。
タクヤンは何にもしてないのに部屋の角で寝てる。
ネズミはここへの入り口に立って、外を見張ってる。
トラはオセロの治療を仕上げてるところで、オセロは黙ってされるがままに治療されていた。
五人のいる部屋は散らかっていた。
出発前、荷物を減らすため、飲み食いできるものは飲み食いできるうちにしてしまおうと、保存の効かない生ものから食べてって、その残骸が小山となっていた。エビの殻、魚の頭、鳥の骨、果物の皮、これはおそらく誰も片付けないから、間違いなく虫が湧いてえらいことになるだろう。でもその頃にはもうここには誰もいないはずだ。
部屋の様子をぼんやり見ながら、ルルーは椅子に座って大あくびをした。
……予定では、日の出までここに残ることになってる。
一応、存在の知れてる奴隷は全員脱出できたけらしい。けど、まだ知らない奴隷が残ってるかも知れない。だから閉めるのを少し待とう、という話になっていた。
それが日の出まで、登った後はトラとネズミは続いて出発し、オセロとルルーはここを隠して旅先へと進む。タクヤンは知らない。
橋は今盛大に燃えてるらしく、みんなそっちに向かうほどのえらいことになってるらしい。なら渡れないだろう。別の手段が他にあればいいけど、オセロなら何か知ってるかな、とまたルルーは大あくびした。
眠くて眠くて限界だった。
ここまで眠くなるような覚えはない。昨日も十二分に眠れてたし、今日はほとんど座ってコロシアムを見てるか、嘘をついてるか、だけだったのに、すごく疲れた。眠い。
またあくびが出る。
「もう寝ろよ」
ぶっきらぼうにオセロが言う。
「それにお前も。魔法は知らないけど、疲弊してるのはわかる。まだ先は長いんだから寝とけ」
言われて、トラは一瞬だけ手を止めた。
「そうですか? ではここを終えたら休ませて頂きます」
そう応えて治療を続けるトラに、続けられるオセロ、ただそれだけの受け答え、なのにルルーは、オセロがチラリとネズミを見たのを見てしまった。
……それは、とても良くない眼差しに見えた。
それはネズミも同じと見えて軽く身構える。
だけど、オセロの眼差しは一瞬にして嘘のように戻っていた。
……きっと嘘なんだろう。
眠いルルーに、思考する余裕は残ってなかった。
瞼を閉じて、二呼吸で眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます