魚団子を煮て食う

 空は夕暮れ、もう暗い。


 一大蜂起がひと段落したコロシアムは奴隷たちでごった返していた。


 見覚えのある顔もあるが、大半は見ず知らずだ。漏れ聞こえる話から、彼らは他のホテルやカジノから合流してきた奴隷とわかる。


 彼らは殺気立ち、血の付いた凶器を抱え、獰猛な眼差しをこちらに向けていた。


 奴隷かどうか、敵かどうかは首の鉄の輪で判別された。


 そしてタクヤンは奴隷じゃないから首に鉄の輪を付けてない。


 ……なのに襲われてないのは、事情を知ってる周囲の説得よりも、向かいに座るオセロのおかげだった。


 コロシアムの中央、拓けた砂場の真ん中に、折れた槍を薪に焚き火が大きく燃えている。その上には水の入った鍋が、ヴォイルドソーセージの入ってたやつが、グツグツと煮立っている。


 その前に座るオセロは、いつもの格好に戻って、料理してた。


 どこから持ってきたのか大量のピラニアを、ナイフ一本で器用にさばいて頭と内臓を外す。


 できた切り身を、誰から奪った鎧の胸の部分をまな板に、置いて、ナイフで叩く。


 淡々と淡々と淡々と、出来上がったペーストをナイフで集めて丸めて掬って鍋へ。これまたどこからか持ってきたのか竹を削って作ったオタマで一混ぜしてから次のピラニアへと手を伸ばす。


 動作だけ見れば、それは料理だ。


 しかし魚を力任せにミンチに変えてくその表情は、怒りを超えて漆黒の殺意を放っている。


 何がそんなに不満なのかは知らないが、少なくともどんな状況であれ、絶対に声をかけたくない感じの表情だった。


 現状、外が大変なことになってるに決まってるが、その前に怒れる奴隷たちから身を守らなきゃならない。そのためにはオセロの近くにいるのが一番安全だが、そのオセロがこれとなると、先が思いやられる。


 さてどうするか、考えてるタクヤンの目の前で、オセロの頭にガツンと何かが当たって落ちた。寿命が縮まる。


 それは金属の塊、誰かの鎧の膝か肘かのプロテクターだった。


 ゆっくりと、オセロが漆黒のままそれが飛んできた方を見る。


 そこにいたのは坊主頭のガキだった。褐色の肌で、鼻水垂らして、右手にはもう一発、投げる体制に入ってた。


「よくもかーちゃんをいじめたな!」


 振りかぶって二発目発射、の前に、いい尻の女が飛び出してきてそれを止めた。褐色の肌、いい尻、言ってたかーちゃんだろう。子持ち、でもいい尻、しかし下心よりも生存本能が優った。


 ……おっかなびっくりオセロを見る。


 オセロは、ガキのことも、謝り続けるかーちゃんのことも、まるで存在しないかのようにピラニアミンチを続けていた。


 淡々と淡々と淡々と、その変わらぬ作業が一層緊張感を高めていく。


 と、ざわめきが静かに起こる。


 奴隷たちが割れ、ガキとかーちゃんが退いた向こうからやってきたのはルルーちゃんだった。服装はあのセクシーなのでなくて、いつものメイド服で、こちらはキュートだ。


 ルルーちゃんはオセロの漆黒に怯むことなく隣に立つ。


「……思ったより時間かかったな」


「服がなかなか見つからなかったんです。でもまぁ、おかげでちょっとはパワーアップできました」


「どこがだよ」


「見てわかりませんか?」


ルルーちゃんは言ってスカートをたくし上げ、細くてちっちゃな足をちょこんと出した。


「白のタイツにガーターベルトです」


「悪い。前がどんなだったか覚えてない」


「まぁ、それはいいです。それより、何してるんですか?」


「いや腹減ってよ。だけどピラニアは小骨が多くて、前丸焼きにして食ったらえらい目にあってよ。で、骨の多い魚は叩き潰すって、タクヤン言ってたよな?」


「あ、あぁ」


 覚えてない。が、話を合わせておく。


「で、この分じゃあ、レストランなんかやってないだろうし、置いてあったのは誰かに取られてるし、だから料理してたんだ。食べるか?」


「いえ、大丈夫です」


 そう応えて、ルルーちゃんはオセロと焚き火の両方と同じぐらいの距離に腰を下ろした。足を広げての女の子座り、可愛い。


 可愛いルルーちゃんが、それと沢山の奴隷たちが見守る中で、オセロは最後のピラニアをミンチにして団子にして鍋に落とした。


 まな板代わりだった鎧を頭と内臓の山に捨て、立ち上がり、鍋をかき回す。


 ……ムカつくことに、なかなかいい匂いがしていた。


 それで完成と見たのか、オセロは置いてあった誰かの兜を逆さに、器にして、ピラニア団子スープをなみなみよそい、また座る。


 そして一口、啜った。


「……泥臭い」


 一言だけ呟いて、これも竹を削って作ったらしいスプーンで、がっついた。


 ……兜だから頭の入る大きさで、それになみなみだからかなりの量だが、よほど空腹だったのか、瞬く間に空となった。


 満足したのか、漆黒はかなり薄れていた。


「……それで、これからどうするんです?」


 誰もが訊きたかった質問をズバリルルーちゃんが口にする。


「どうって、とりあえずはこれ食ったら橋渡って、あぁでも今からじゃ大して進めないからここで寝てくか」


「そうじゃなくて」


「あ、そうか、今日もほとんど何にもできてなかったから契約はお預けか」


「そっちじゃなくて、彼らの話です」


「彼ら?」


「彼らです」


 ルルーちゃんに促され、周囲の奴隷たちを見回して、オセロはピンときてない顔をしていた。


「……別に俺は、コロシアムで遊びたかっただけで、奴隷なんていらなかったから、からまぁ、自由になればいいよ」


「そうじゃないです」


「あ、なんだよ。お前は欲しいのか」


「オセロ!」


 大きな声をあげ、ルルーちゃんはすくりと立ち上がる。


 それにオセロは、気圧されていた。驚いたような、怯えたような、叱られた子供みたいな顔のオセロは、タクヤンでも始めて見る。


 ……この二人の関係は、ひょっとすると思ってたのとは違うのかも知れないな、とタクヤンは密かに心に書き留めた。


 そんなルルーちゃんは、強い眼差しで、少し涙目で、オセロへ続ける。


「私が言いたいのは彼らが助かるにはどうすればいいかって話をしたいんです! 彼らはオセロと一緒に立ち上がり、戦いました。もう奴隷じゃないし、戻りたくもないでしょう。でも外には敵沢山いて、いつ攻め込んできてもおかしくない状況です。だから今すぐにでもなんとかしないと」


「……まぁなんだ、攻めてくるのは明日の朝まではないよ」


「なんで言い切れるんですか」


「なんでって、なぁ?」


 言ってオセロはタクヤンを見る。


 それを、続きを代わりに話せ、と受け取って、タクヤンは続きを代わりに話始めた。


「まず前提として、少なくともこのフォーチュンリバーでの奴隷の人口比率はそんなに高い方じゃない。単純に相手はこちらの二倍か三倍ぐらいはいる。それでもすぐに鎮圧されなかったのは、個々人にメリットが少ないからだろう。彼らの目線から見れば、確かに奴隷は全て格下だけど、所有者は別だ。殺すのは簡単だけど、殺した後で弁償とか言われるかも知れない。自衛ならまだしも、そんなリスクを負ってまで手を出さないぐらいの頭はある。それに客もいる。奴隷とは真逆な存在な彼らは、ここで一番偉い。傷つけたら次がなくなるから、今頃は最優先で安全な海上に逃がしてるところだろう。それが終わって、所有者で会議やって、人集めて雇って、なら最短でも朝まではかかるかな」


「へぇ、そうなんだ」


「待てオセロ、お前はこれを知ってて朝だとか言ってたんじゃないのか?」


「いや俺は単純に、人の眠りが一番深いのが朝日が登るかどうかのあたりだから、奇襲をかけるならそこだろうと思っただけだよ。で、そこから全員殺し終えるのは昼頃かな」


「殺すって、捕らえるの間違いじゃないんですか?」


 驚きと恐怖からか、若干声の震えてるルルーちゃんに。オセロはなんでもないというふうに言葉を返す。


「一度燃えたやつはまた燃える。燃え広がって同じことをくり返す。それも失敗から学習して、より上手くなる。少なくとも相手はそう考える。なら、綺麗さっぱり虐殺した方がいい。それにタクヤンの言うように人を雇うなら内容は単純な方でないと、例えば奴隷の鉄の首輪一つでいくら、みたいによ」


 平然と話すオセロは、その言葉で周囲の奴隷たちを、ルルーちゃんも含めて絶望させてるという自覚もないんだろう。


「…………だったらオセロ、彼らとも契約できませんか?」


「無理だ」


 当然のようにオセロは即答する。


「俺はできない契約するつもりはない。今回は、単純に数が多すぎる。集団から集団守るにはこちらも集団でないと、せめて少ない方の集団よりは多くないと手が回らん。俺一人で守れるのはお前一人が精一杯だよ。逆に、あいつらぶっ飛ばしに行くのだって、相手は俺と戦ってもメリットないんだ。間違いなく逃げて回る。それで回り込まれて、まぁ、無理だ」


 平然と絶望を叩きつけながらオセロは二杯目をよそう。


 マイペースは強者の余裕、といったところか。確かにこいつ一人なたルルーちゃん背負って包囲突破できるだろう。こんな戦闘特化要員、中央の騎士団にも……あぁ!


「待てオセロ! 俺はどうすんだよ!」


 思わず出たタクヤンの叫びに、オセロのスプーンは止められた。露骨に舌打ちしてからめんどくさそうにオセロはタクヤンを見返す。


「別に好きにしたらいいだろ」


「無茶言うな。言っとくが俺はデスクワーク専門で戦闘能力はルルーちゃんよりも下だぞ」


「……ならなんでこいつの護衛やるとか言ったんだよ」


「とにかくだ。今回の騒動の中心メンバーは俺とお前だ。だから俺を助けろ。俺も助けろ。手がないなら今すぐに考えろ」


「あーわかったよ。だったら黙って後ろついてくればいいだろ?」


「だからそれができないからこうして絶望に飲まれてんだろうが!」


「できないって、歩けるんだろ?」


「歩けるからなんだよ」


「黙るのは、無理か?」


「黙ったら助かんのかよ」


「助かるっつーか、うるさいんだよ。地下だと声響くから」


「……地下?」


 ずずずずずず、と答える代わりにオセロはスープを啜った。




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