燃え焚ける憤怒

 突如の閃光に目が眩む中、オセロは苦し紛れに左腕を振るった。これで左腕は潰れるかもしれないが、それでも顔よりかはマシだという判断だった。


 そして衝突、激痛、肉が裂かれて、更に伝わる手応えから、散々感じてた違和感の正体を知った。


 ここの地面に撒かれてる砂はサラサラだ。乾いているし、粒も細かくて歩けばくっきりと足跡が残る。


 それはオセロも、このアジュカルも一緒だった。


 そしてアジュカルの足跡は右も左も大差なかった。


 あれだけの大剣、その重量、持てるかどうかは別して、片手で持てば必ず左右のバランスが崩れる。それに踏ん張れる平衡感覚とか足腰とか関係なく、絶対に足跡が、その深さとかが違ってるはずだ。


 ……わざと大きく体勢を崩して、薄目でこっそりとオセロが見たのは、そんなオセロが苦し紛れに振るった拳程度で大きく弾かれてる大剣だった。


 殴った拳は棘に深く傷ついても、鈍器によるダメージは一切なかった。


 つまりは、大剣はその程度の重さしかなかった。


 一瞬の肌触りから、恐らくは紙でできてるのだろう。ハリボテ、とかいうやつだ。それで膨らませただけの軽い大剣、酷い見掛け倒しだった。


 拍子抜けしてるオセロへまた閃光が襲う。


 しかし今度は目を瞑る直前に光の発射地点を確認できた。


 光を放つ銀色の何か、それを持つ鳥の骨を口に咥えた男、観客席の大体正面のあの辺り、頭に浮かんだ距離と角度があやふやになる前にオセロは体を捻り、右手の槍を投げつけた。


 本日三度めの投擲、だがオセロ自身に軌道は見えない。


 が、上がる悲鳴の方向から、大体の位置には届いたみたいだ。


 そっとオセロが目を開けると、閃光はなかった。


 がしかし槍は命中してなかった。


 観客席、鳥の骨を咥えた男は無傷で、槍は、手に持っていた銀色の何かに刺さって防がれていた。


 相手は生きてる。反射する銀色が一つだけとは限らない。槍は今ので最後だ。次は、ない。どうする?


 額に皺を寄せ、考えるオセロが見てる先で、光を放ってた男は骨を吐き出し、槍の刺さった銀色を投げ捨て駆け出した。それでその先でぶつかった他の観客に胸ぐら掴まれて、なんか怒鳴られてる。それで殴られて、叩きのめされて……どうやらもう光を放つ力はないようだった。


「輝き死ねぃ!」


 忘れてたアジュカルの攻撃、今度は真上に振り上げた大剣をまっすぐ叩きつけてくる。


 それにオセロは、怒りを込めて避けなかった。


 ただ左腕上にかざして、これを受けた。


 命中、肉が貫かれ、鮮血が流れる。


 ……それだけだ。


 棘の刺さるダメージはあっても、所詮はそれだけで、内臓とか血管とかやられなければ痛いだけだ。断ち切る切れ味も叩き折る重量も、この大剣にはなかった。


 そして、大剣の棘が腕に刺さったのとは反対方向へまっすぐ引いて、抜かれた。


 ……どうやらこのアジュカル、その腕も見せかけらしく、抉ることも削ることも力不足でできないようだった。


 穿たれた腕の穴を舐めながら、オセロは全身の血が熱くなるのを感じていた。


 チャンピオンは、そこで一番強いやつの称号と聞いた。なら、こいつが、刀剣とやらでは一番ということ、つまりはこいつより強いやつはいないということだ。


 落胆、失望、それからの憤怒。あれだけ待たせてあれだけもったいつけて、それで最後の一人が、これとか、俺でもバカにされてるとわかる。ここまで苛立ったのは、いつ以来だ?


 …………いや、ルルーの件を入れたらそんな前でもないか。


「貴様ぁ! なぜ倒れんのだぁ!」


 なぜかブチ切れるアジュカル。もっとも、追い詰められての逆ギレはオセロには見慣れた風景で、それをいちいち相手にしないのがいつもだったが、今のオセロは、虫の居所が悪かった。


 それを感じてか、アジュカルが後ろへと距離をとる。


 そして構え直す。


 右手の大剣はまっすぐ次出すように前へ、左手の小剣を鍔と刀身の角に乗せる。


 見たことのない構えに、オセロは期待に暫し憤怒を忘れた。


「見せてやろう! ワシの切り札! ワシの愛剣『豪運大炎上』その誠の姿を!」


 ギザギザ刃の小剣が大剣の鍔を削り、火花を上げた。それがどす黒い刀身に落ちると瞬く間に赤い炎が刀身全体に燃え広がった。


 舞い散る火の粉、立ち上る煙、鼻に漂う火事の匂い。


 赤く燃え盛る大剣に、今度こそオセロはブチ切れた。


 ……このデフォルトランドで、オセロの経験上、炎を武器にするやつは沢山いる。ただ単に松明を振り回すやつ、撒いた油を燃やして退路を奪うやつ、火矢を使うやつ、寝込みを家ごと燃やすやつもいた。


 大半は見掛け倒しだったり、自分を燃やすだけだったりだが、中には手強いやつ、楽しめたやつもいた。


 それでも、今更な感じがあった。


 見慣れて、平凡とも呼べる燃える武器、それをあろう事かコロシアムの、チャンピオンが、切り札として、繰り出してくる。


「さぁこの輝きに燃えて死ねぃ!」


 わざとなのか、アジュカルは煽るように燃える大剣を揺らめかせ、突きつけ、オセロを挑発する。


 ……湧き上がる激怒、ぶつけたい衝動、だが幸いにも、それをぶつける相手は目の前にいた。


 オセロは全速力で間合いを詰める。対して相手が反応しないのは、燃える自信からでなく、その炎で自分の視界が塞がれてるからだ。


 間抜けなチャンピオン、そいつが突き出す剣の切っ先へ、燃えるベロの先端へ、加速を乗せた右の掌底を叩き込んだ。


 貫く痛み、焼ける痛み、衝撃の痛み、それを超えての確かな手応え、切っ先から突き抜け柄頭が相手にめり込む感じに、オセロの怒りはちょぴっとだけ怒りが治った。


 ごぶぇ!


 嗚咽の音に燃える大剣が落ちる。


 砂の上でもまだ燃えるその向こうで、アジュカルは目を見開き、両手で腹を押さえながら、透明なゲロを吐き出していた。


 砂に落ちたのが飛び散り、跳ねたのがアジュカルの足にかかり、口から糸引いた糸と繋がって、見苦しい。


 おうぇ!


 追加のゲロが燃える大剣かかった。


 透明なゲロはよく燃えた。


 それは砂の上のも、足にかかったのも、口から引いた糸も、それを伝わって口の中も、赤く燃えた。更に太い腕も、燃えて崩れて落ちた。


 漂うのは毛と肉と酒が焦げる匂い、それに混ざって棉が燃えるのも混じってる。


 大剣もハリボテならば太い腕も体もハリボテらしい。


 ハリボテのチャンピョン、こんな汚くて笑える炎を、オセロは初めて見た。


 これで、この匂いがなければ完璧なのにな、と思った。


 ……怒りはもう和らいでいた。


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