灰燼暗器

 陶芸ギルドの『バーニングソイル』は狭い地域でライバル不在故に、独占によって栄えてきた。しかし戦後の貿易網拡大の余波で遠くからのライバルにより、今まで通り独占とはいかなくなった。


 食器には、食べ物を乗せる性質上、釉薬に気をつける必要があった。それに機密性や強度、加えて軽さや、デザインなど、注意するべき点は多々あるも、独占に胡座を書き続けてたバーニングソイルに積み重ねも研究するという発想もなかった。


 それで、活路を求めたのが灰皿だった。


 灰皿とは、紙タバコの灰を受ける皿のことだ。


 大戦中の文化交流によって広く嗜まれるようになった紙タバコは、戦後も文化に根付き、酒に代わる新たな嗜好品として持て囃された。


 同時に、その付属品にも需要が伸びたものの一つが灰皿だった。


 そして灰皿は簡単に作れた。


 釉薬、機密性、考える必要なし。強度は必要だが、置きっ放しで良い灰皿に軽量化は不要。あとはデザインさえなんとかすれば戦える。そうでなくても開拓したばかりの市場、粗悪品でも飛ぶように売れた。


 調子に乗ったバーニングソイルは、ギルドを拡張し、人員を増やし、そのための融資を銀行から受けた。


 万事順調だった。


 しかし、それは長くは続かなかった。


 煙による肺への悪影響、誤飲による幼児への事故、寝タバコや不始末による火事、とどめは同様に燃やして煙を吸い込むタイプの麻薬の台頭だった。


 酒以上に不健康なマイナスイメージに、麻薬でない証明検査の手間、それに伴う値上げに、人気は下がった。


 それでも高い中毒性により紙タバコは一定の利潤を生み出し、生き残ることはできた。


 だが、その付属品である灰皿は、壊滅的なダメージを受けた。


 在庫の山、滞る給料、膨らむ借金、バーニングソイルは大ピンチに落ちいった。


 今更、灰皿以外の商品で戦えるわけもなく、連日連夜、ギルドマスターを中心に会議とリサーチが繰り返されてきた。


 そして見出したのは、灰皿の新たな使い道だった。


 即ちそれは、凶器としての灰皿だ。


 きっかけはとある強盗殺人の裁判結果だった。


 盗みに入った盗賊が、家の主人に見つかり、その場にあった灰皿で殴り殺した事件は、有罪ながらも、殺しに用いられた凶器がその場にあった灰皿だったため、計画的な殺意は認められないと裁判官は判断し、その分を減刑したのだった。


 これに、バーニングソイルは賭けた。


 新商品のキャッチコピーは『殺すまでは無罪な凶器』掴みやすく殴りやすい形状と材質で、事前に見つかっても無害な灰皿だと、事後に見つかれば計画性はないと、主張できる。


 そうして在庫の灰皿は、掴みやすいよう指の形に凹みをつけられた。


 あとは売るだけだった。


 しかし、非合法な目的の商品を合法的に売るわけにもいかず、またそのコネがなかったバーニングソイルは、デフォルトランドに目をつけた。


 このフォーチュンリバーでも紙タバコの需要はあり、ホテルはそのための灰皿を求めて取り引きしたという、辛うじての接点があった。


 そこに、バーニングソイルは全てを賭けた。


 脱税と借金で作った資金でコロシアムに無理を言って灰皿の部門を作り、現地でビネジスという男を雇った。灰皿を渡し、戦い方を練習させ、目立つ青い鎧も作ってやった。


 そして完成した灰皿チャンピオンをコロシアムに出し、勇姿を見せることで凶器としての灰皿の有効性を観客に宣伝し、あわよくばお土産としての買わせる。あとは口コミでリピーターを見つけ出し、在庫を売り捌く。


 上手くいってしまえば、結果として犯罪は増え、罪人は減刑され、社会は悪くなるだろう、だがバーニングソイルは潤う。商売は儲けが全てだ。


 コロシアムの裏でドス黒い陰謀が渦巻いていた。


 ▼


 ビネジスはとにかく目立て、と命じられていた。


 たとえ勝てなくても、灰皿が凶器として満更でもないな、と伝わりさえすれば良い。そうできれば怪我をしても面倒を見ると、言われてここに立っていた。


 ……当初の予定では、あの男、オセロと言ったか、相手が奴隷相手に戦い、場が盛り上がりながらも相手が疲弊したところへ颯爽と登場、一撃食らわせて目立とう、と計画していた。


 しかしオセロは動かない。


 角でガタガタ震えて出てこなくて、話にならない。


 それを遠目に見ながら、ビネジスは、別にオセロを相手にしなくとも目立てれば何でもいい、と気がついた。


 ビネジス自身も観客同様、痺れを切らしてたため、手っ取り早く、目の前の奴隷の後頭部を殴りつけた。


 指にしっかりフィットで滑らない、青くて素敵な灰皿に伝わる重い手ごたえ、なのに軽い、ゴン、という音が響いて奴隷は倒れた。頭から血を流しながらも怯えた眼差しで、こっちを見上げてくる。


 灰皿殺法、記念すべき最初の一撃は、ほとんどの観客が見てない瞬間に放たれた。注目されたのは結果だけ、それでも、やっと出た動きに、流血に喜びの声を上げた。


 目立ててる、とビネジスは手応えを感じた。


 だからもう一発、殴るために振り上げた灰皿に奴隷が這って逃げる。


 それを追いかけ、追いついて、ビネジスは殴る前に何かかっこいいセリフでも言おうか一瞬迷った。


 だがそれよりもまずはアピールだ。灰皿殺法はぞれだけでかっこいいい。


 と、奴隷を見直した時、奴隷は灰皿を見てなかった。


 代わりに違う何かを、空に目がけて見ていたが、ビネジスは気にしなかった。


 ▼


 その放物線を最初から見てたのは本人だけだった。


 最初は鋭角で、グングン伸びて、それがだんだんと横に寝て、最上に達すると今度は登った角度の逆をたどって落ちて行った。


 最後には垂直に近い角度で、吸い込まれるように、ビネジスの脳天に落ちたのは槍だった。


 オセロがカモミールから奪った槍、それが刃を逆にして、石突きの方から飛んで行って落ちて当たった。


 カァアアアアアアン!


 心地よい音が響いて、最初に落ちたのは灰皿だった。次に槍がゆっくりと倒れて落ちて、最後にビネジスが崩れるように倒れた。


 コロシアムをほぼ横断する大投擲に、感想は割れた。


 観客の多くは深く考えずに灰皿を忘れて楽しんだ。


 バーニングソイルの連中は頭を抱えた。


 他のチャンピオンは挑戦と受け取った。


 殴られたのも含めた奴隷は奇跡的な幸運と受け止めた。


 タクヤンはトイレに行ってて見てなかった。


 ルルーは、我慢できなくなったか、とため息をついた。


 …………正解者は、一人だけだった。







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