ヴォイルドソーセージとフライドチキン
コロシアムはヴォイルドソーセージとフライドチキンで塗り分けられていた。
二つのチームが戦う場合、黄色いヴォイルドソーセージサイドと赤いフライドチキンサイドで塗り分け、区別するのは、ここでなくてもコロシアムでは一般的らしい。
ヴォイルドソーセージとは、豚の腸に挽肉を詰めて燻製にしたソーセージをお湯で茹でたものだ。
フライドチキンとは、鶏の肉の中でも手羽や足など骨にへばりつく肉を衣をつけてフライにしたものだ。
それぞれコロシアムで売り子が売ってる。観戦しながら食べるのにうってつけで酒にもよく合う人気メニューだ。
しかしそれぞれ一長一短があった。
ヴォイルドソーセージは元々が保存食なので腐ったのが出てくる確率が低い。またサイズが一定なのであっちが大きいだの小さいだのでもめることは少ない。
一方で、材料が挽肉なので、信用にないここでは、なんの肉で作ってるか、という疑問がどこまでも付いて回る。
フライドチキンはまんま肉なので材料に関しては信用できる。調理も簡単でボリュームもあり、味のバリエーションもスパイス次第で豊富になる。
一方で問題になるのが骨だ。軽くて脆い鳥の骨は齧れば口に刺さり、何より食べられないからゴミになる。
この両食品の人気は、他所のコロシアムでは接戦らしいが、少なくともここではフライドチキンの圧勝だった。
理由は、骨を研いだら鋭くなるからだ。武器の持ち込みに制限のかかる観客席で唯一手に入る自作の骨のナイフが、最大の理由だった。
観客が減ることを良しとしないコロシアム側は、それを改善すべく、昨今では新商品としてナゲットという骨なしのフライドチキンも売りに出してるが、ソーセージ同様の理由に加えて手間賃分、割高ということでかなりの不人気だった。
ルルーが、お湯とソーセージの入った鍋の熱気に耐えながら、こんなどうでもいいタクヤンのウンチクを、クイズ形式で、答えられるまで延々とヒント責めされ続けているのは、半分はオセロのせいだった。
……開始早々囲まれたオセロは、初戦を、彼女たちを、打ち倒して、槍を奪うと、そそくさと角へと引っ込んだ。
そこで両手に一本ずつ槍を持ち残りの束を下に置き、角を背にして、止まった。
ルルーから見ても、戦略的に優位な位置どりだ。
一人しかいないオセロが後ろの死角をカバーするために壁を利用する。そしてその優位な位置から動かないのは理にかなってる。
…………で、動かない。
一歩も出ず、打って出ることもなく、そこでじっとして、ルルーから見れば気分でも悪いんじゃないかと思えるほどに、動きがなかった。
一方で対戦相手の方は、打ち据えられた彼女たちが端へと運ばれ、寝かされてるのと、他の男の、奴隷たちがオセロを取り囲むのが主な動きだった。
ただ男たちに戦意は薄くて、おっかなびっくりオセロへ間合いを詰めていき、一定のラインを超えてオセロが反応した瞬間に逃げ引いてゆく。これが、酷い話だけど、残り半分の理由で、だけどオセロに隙がないんだからしょうがない。
まるでゆっくりとした波の満ち引きのような動きが、延々と続けている。
……つまり、今このコロシアムでは世紀の凡戦が繰り広げられていた。
金を払って金を賭けにきた観客がさっきからずっとブーイングにヤジの合唱を奏でている。ルルーでも顔をしかめるような侮蔑の言葉に、それでもオセロはその場から動かなかった。
……これは、まぁ、良いことなんだろう。少なくともオセロは優位と言える場所にいて、こうしてまだ戦えている。だからさっさと戦えとか、終わらせろとか、ヤジを飛ばす忍耐の足りてない観客の方が悪いのだ。
ただ、気がかりなのは、忍耐はオセロも足りてないのだ。
角を背に立ち、睨みを効かせながら、その手は忙しなく槍を弄んでる。
背丈ほどの長さの槍を片手の指と指との間に挟んで、器用に回して見せる。その速さは一芸とも言えるけど、失敗して落とす回数も頻度も、どんどん多く、速くなってる。
忍耐が切れかけてるオセロ、隙も多くなってるように見えるけど、それでもやっぱり仕掛ける人は一人もいなかった。
「まさか、時間切れ狙いか?」
「……なんですかそれは?」
久しぶりにルルーが応えて、タクヤンは嬉しそうに笑いながら手に薄っぺらいパンを片手に、残った手で薄い本を机に乗せて広げた。
「この本にあるんだ。えっとつまりはだ。このコロシアムは光を太陽に依存してる。だから日が暮れたら暗くなる。そうなったら観客は血が見えないから、そうなったら無効試合、あるいは判定になる。まぁ、この規模で無効試合は暴動ものだから、判定で決着だろうね」
言いながら、タクヤンはパンを手に、お湯に浸かるソーセージの一本を挟んで摘み上げた。
「多人数戦では戦闘不能の数の少ない方が勝ちで、今の場合は、オセロはオセロ一人無傷。百人は、何人かが打ち倒された。公性に見ればオセロ優位ってことだな」
「それじゃあ、このままいけば、これ以上傷つくこともなく勝てるんですか?」
希望、道筋、それに奴隷たちも助けられる。この明るい情報に、だけどタクヤンは冷たく一言を付け加えた。
「まぁ、それを許してはくれないだろうけど」
言ってソーセージをかじるタクヤンに、どういう意味か、ルルーが尋ねようとした瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。それも、喜ぶ歓声だ。
嫌な予感がして視線を戻す。
…………コロシアムの砂の上、新しい血が流されていた。
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