その背中が物語る

 出口に向かいながら、オセロはこの後どうするかを考えていた。


 とりあえずは飯だな。寝るのはそこらの廃墟でいい。鎧は、そろそろ替え時か。


 色々と考える中にルルーは無かった。ルルーは既に終わったことだった。


 だから名を呼ばれて、正直うっとおしかった。


 それでも反射的に振り返って、ルルーの目を見て、思わず言葉を聞き入ってしまった。


 「取り引き?」


 オセロは訊き返すと、ルルーが歩み寄ってきた。


 その歩きは大股だがぎこちなかった。


 そしてルルーが目の前に立つ。見上げる瞳は、真っ直ぐだった。


 「オセロ。私は、あなたの力が欲しい。私を守って欲しい」


 大声でもないのにルルーの声はよく聞こえた。その意志の強さも、伝わってきた。


 まるで別人だ、とオセロは感じた。そしてそれは、良い方だと思った。


 「……俺を雇うってんなら、相応な対価を貰うぞ」


 オセロは相手がルルーでも特別扱いするつもりはなかった。雇われるならきっちりと貰うものは貰うつもりだった。


 それは、意地悪とかではなくて、交渉できる相手だと、判断してのことだった。


 「私が、対価として払うのは……」


 ルルーは言いよどんで、僅かに視線を落とす。


 その姿に、何故かオセロの方が唾を飲み込んだ。


 ルルーは一呼吸置いてから、改めてオセロを見た。


 「私は、毎晩、あなたにお話を聞かせてあげられる」


 「……お話し?」


 想定外の答えに思わず訊き返す。


 訊き返されたルルーは、両手でスカートの前を力一杯握りしめていた。そしてポツリと話始める。


 「私は……私は、物心ついたときから檻の中にいた。この首輪が外された事なんか無かった。自由に歩くことも、逃げることもできなかった。代わりにいろんな事を学んできた。読み書きや計算、外の世界や世渡りも、みんな教わった。楽しい話や面白い話もいっぱい聞いてきた。その他にも、自分で読んだ本や元ご主人様の話とか、いっぱい知ってる。私は!」


 いつの間にか、ルルーの目から、大粒の涙が溢れていた。


 「私は、お姫様じゃないし悪魔でもない! 支配者どころか人ですらないの!

 こんな体じゃ戦う力も技術も経験も私には無い! 何も、無い。私は、私には、お話しすることしかできないの。それが全て、私の全て、だから……」


 消え入りそうな声を最後に、ルルーは黙った。スカートを握る手は白いのに、ポロポロと涙を流す顔は赤かった。


 ルルーは持てる全てを出したのだ、とオセロは思った。


 そしてオセロは困った。


 相手が泣き出すのは初めてではないが、こういうのは初めてだった。


 どうしたらいいかわからず、考えるため、とりあえず話を繋ぐことにした。


 「あれだ。護衛ったってデフォルトランド出るだけなら半日かかんないし、別段狙われてる訳でもないんだろ?  探されてるわけでないなら、むしろ一人での方が目立たないぞ」


 この一言に、ルルーは驚きの表情になった。そして袖で涙を拭うと一息ついて、体のリボンを紐解いて服を脱ぎ出した。


 「オイチョット」


 今度はオセロが驚く番だった。



 ルルーは服を脱ぎながら、内心驚いていた。


 オセロは、全部知ってるものだと思ってた。


 でなきゃ大体何で海賊が拐いに来たのか、考えてもないのか、とルルーは呆れた。


 でもいい。なら最初から説明するだけだ。


 ルルーが今着ているエプロンドレスはワンピースだ。全部が繋がってるから頭から纏めてでないと脱げない。首輪が引っ掛かりながらも何とか脱いで、脱いだ服を抱えて前を隠す。


 ……裸を見せるのは初めてじゃないけど、やっぱりなれない。それでも、説明には必要だ。


 ルルーは息を吸い込み、覚悟を決めて、後ろを向いた。


 「これが、私の価値よ」


 大して長くない髪をたくし上げて、ルルーはその背中を見せた。


 …………反応は、なかった。


 「オセロ?」


 首だげで振り向くと、オセロは口を半開きにしてルルーの背中を夢中で見つめていた。


 こういう風に見られるのは、やっぱり慣れない。


 「地図、か?」


 やっとオセロが答えた。


 「多分ね」


 「多分?」


 「見たことないもの。背中だし」


 「あぁ」


 「だけど皆が言うには地図なんでしょ?  ここの」


 写しなら見たことあるけど、ここの人間が描いた写し、どこまで精巧かわかったもんじゃない。


 「確かに、ここデフォルトランドっぽいな。それで、この左の肩の赤いばつ印は、何を示してるんだ?」


 「知らないわよ」


 「知らない?」


 「売られる度に変わるのよ。隠し金山だったり、伝説の剣だったり、最後はリリアンヌ将軍とやらが隠した最終兵器、らしいわ」


 ルルーはオセロから顔を背けた。裸を見る顔を見ながら続きを語るのは、オセロ相手でも無理だった。


 「ばつ印の場所には何度もつれてかれたけど、そこには何もないわ。昔は自然豊かな森だったけど、その宝を求める持ち主にどんどん荒らされてって、今じゃ穴ぼこだらけの荒れ地よ」


 ルルーは笑った。


 「地図を、私を買った連中はみんな好き勝手な宝を思い浮かべてたわ。それこそ欲に目が眩んで、大規模に話盛り上げて、それで探しに行って、結局何にも見つけられないで帰ってくる。それでまた、売られる。それを何度も繰り返されてきた」


 「そんなの、買うやつなんかいるのかよ」


 「そこはほら、私の出番よ。売られる度に前の持ち主に協力して、その穴だらけの嘘を繕うの。それこそお話しするみたいにね。全部を話さないでそれっぽいヒントをちらつかせて、向こうに発見させるのがコツなの。その成否が、私の価値になる。ここで安く買われると、その後の扱いも違ってくるのよ」


 いつ以上のネタばらし、でも話しすぎたとは思わなかった。


 一息いれる。


 「……そうやって生きてきた。私のフルネームはルルー・マップバック。わかる?  私には名前より先に地図があったの。それが私の価値、私の全てよ」


 ……オセロは何も言わなかった。代わりに背中に鼻息がかかる。


 それでルルーは焦った。


 毎回ルルーは、背中の地図は汚れなき乙女でないと消えるインクで描かれてると伝えてきた。みんな半信半疑だったけど、お宝を手に入れてからのお楽しみとか、売る時少しでも値段を釣り上げるためにとか、言いくるめて守護ってきた。


 オセロは大丈夫、と油断してたが、念には念を、今からでも遅くない。


 「あのね」


 「描き足されてるな、これ」


 「え?」


 「いやよ。微妙に地名とか、インクや書体は似てるけど線の太さが違う。針が違うんだろうな」


 言われて、それにルルーは覚えがあった。


 「それは、ずいぶん前のご主人様が、やっぱり何も見つけられなくて。それで売する時に、他人にも見つからないようにって、嫌がらせに描き足されたのがあって」


 忘れてた。と言うか、それを指摘されたのはこれが初めてだった。


 ピトリ、と不意に背中に、右肩に指が触れた。ざらついた指紋がつーっと背中を斜めになぞる。背骨をまたいで左の腰まで滑って、そして先が、パンツにかかった。


 ルルーは頭が真っ白になった。

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