大して面白くない話とお話しの続き

 思い返すことはあっても、こうやって人に話すのは初めてだ、思いながらオセロは口を開いた。


 「……俺がアンドモアに入ったのは、俺がお前ぐらいの時だ。俺は、これでも田舎の村の普通の農家の生まれで、普通に暮らしてたんだ。で、ある日、村がアンドモアに襲われてよ。そこで見込みがあるからって拐われたんだ。基地につれてかれて、そこで兵士になれと命じられた」


 何となくルルーの顔を見れなくて、オセロは代わりに炎を見つめる。


 「初めは抵抗してたんだがよ。腹は減るし殴られりゃ痛いし、段々と命令に従うようになってって、訓練も真面目に受けるようになってった。そうしたらこれが思いの外楽しくてな。日に日にできることが増えてって、自分が強くなってくのがわかるんだよ。そしたらもう夢中で訓練に励んで、あっという間に二人持ちから卒業してた。二人持ちわかるか?  槍をさ、子供一人じゃ持てないから二人で向かい合って一本を持つんだよ。それが二人持ち。俺が卒業したのは最年少記録らしい」


 思わず自慢げになる。そんなに悪い思い出じゃない。だが不意に、オチを思い出して、冷たい影が心を撫でる。


 「……卒業したらもっと楽しいイベントが待ってるって言われてた。だから頑張って卒業した。その証しにこの印を刻まれて、それでその楽しいイベントに参加したんだよ」


 オセロは額当てを擦り付けて額を掻いた。そして息を吸い込み、吐き出した。


 「……イベントは、村の襲撃だった。小さな村で、大した抵抗もなくて、ただ逃げたり隠れたり命乞いするだけの村人を殺すイベントだった。周りは楽しんでたみたいだったけど、俺はイマイチでさ。何て言うか、殺すより戦いたくてさ。それを口にしたら一発で裏切り者にされて、それで最後、味方が敵にだ。まぁ、アンドモア相手にした方が何倍も楽しかったがな」


 小さく笑うオセロに、ルルーは笑わなかった。


 「それで抜けてからは今の生活だ。デフォルトランドには出たり入ったりだな」


 「……何で」


 ルルーが口を開く。


 「何で、帰ろうとは思わなかったんですか?」


 一番嫌な質問だ。


 それでも、オセロは正直に答えた。


 「無理だよ。父さんは最初の襲撃で殺されたし、母さんは、入団テストとして俺が殺した。村は焼かれて、帰る場所なんかないよ」


 バチン、と焚き火が弾けた。



 告白が終わって、暫く二人に言葉はなかった。


 ただ、もうルルーはオセロにナイフを向けられなかった。


 炎が燃える音だけがする。それも小さくなったので絶さぬよう、そこらから拾ってきた木片を投げ込む。


 ルルーは、オセロの重い告白に何て答えればいいのかわからなかった。


 「なぁ」


 口を開いたのはオセロだった。


 「あの時の続きを聞かせてくれよ」


 「続き?」


 「ほら、あーもう昨日なのか?  夜スープ食べながら話してた、悪魔と姫のやつだよ」


 ルルーはそんなことをすっかり忘れていた。だけど黙っているよりかは、幾分かいいかな、と思った。


 「えっと、どこまで話しましたっけ?」


 「悪魔が姫を連れて帰ってきたところまで」


 「だったらほとんど終盤ですね」


 ルルーは喉を鳴らして声を作る。それでもねえ様みたいに綺麗で優しい声は出せなかった。


 『……悪魔は姫と結婚したいと言いましたが、王様はさせたくないと思いました。しかし、悪魔は強く、暴れだしたら大変です。王様は考えました。そして、結婚させないですむ方法を見つけました。王様は悪魔に言いました。お姫様はまだ囚われていると、まだ悪魔からは自由になっていないと言いました。悪魔は訊ねます。ならば悪魔がこの場から去ればいいのか?  王様は首を横に振ります。それでは不十分だ。お姫様が自由になるには、悪魔が死ななければならない、と。言われた悪魔はしばらく考えると、お姫様の元に行き、別れの挨拶をしました。そして悪魔は……その鋭い鉤爪で自分の首をはねました』


 ……無理矢理なハッピーエンドだと思う。


 ねえ様はいつもここで一呼吸いれていた。真似して一呼吸いれてみる。


 『……こうしてお姫様は自由になりました』


 終えて、ふう、とオセロが息を吐くのが聴こえた。その姿は、テーブルを挟んでた時までに戻っていた。


 「ひどい話だな」


 それがオセロの感想だった。


 「そうですか? 悪者は全部死んでお姫様は自由になったんですよ?」


 「別に、悪魔は悪者じゃないだろ?」


 「え?」


 「いやだって、考えてもみろよ。悪魔が魔法使いを殺すまではわかるが、ワザワザ城まで連れてくのは、それは姫のためだろ?」


 オセロに言われて初めてルルーはその可能性に気がついた。


 「それにだ。その姫だって、本当はどうなりたかったか言ってないだろ?」


 オセロの言葉に、ルルーは目覚めた気分だった。


 だけどそれは、この物語ではなくて、それを話すねえ様を思い出したからだ。


 どこか悲しげで、寂しげで、それがなぜだかは教えてくれなかった。もしかしたらとルルーは思う。


 ねえ様は悪魔を知ってたのかもしれない。そして姫と言うのは……


 「まぁ、面白かったよ」


 オセロの言葉に思考が切れる。


 そしてルルーが反応するのを待たずにオセロは立ち上がり、手早く鉄棒や鎧を拾い集めると、外へ向かって歩き出す。


 「え、ちょっと」


 慌てて追いかけようと立ち上がるルルーにオセロは振り返る。


 「別に、ついてこなくてもいいんだぞ」


 「でも」


 「俺は単に話の続きが知りたかっただけだ。それも聞けたし、もうお前に用はない」


 言われて、ルルーは止まる。


 言ったオセロはそのまま前を向いて行ってしまう。その足取りに迷いはない。


 ……本当に、置いていこうとしてるんだ。


 「……私は、どうすれば」


 思わず溢れ出たルルーの言葉に、オセロは振り向きもしないで答えた。


 「行くあてがないなら、ここは北西の角の港だ。海に行って西、だから左か、海岸沿いに真っ直ぐ行けば文明にたどり着けるぞ。壁まで行って首輪見せれば、お前みたいに小さいのなら保護されんだろ」


 ざっくりと言い放ちながらもどんどん歩いてく。もうすぐ出口だ。


 なのにルルーは追えなかった。


 追えないで、投げ出され、放り出されて、どうしたらいいのかわからなくて、ルルーは泣きそうになった。


 潤む瞳には、オセロの背中が悪魔に見えた。


 最初は、ラーメンで胡散臭かった。だけど、強くて、男とキスして、髭も剃るぐらい素直で、読めないのに本を集めてて、料理は悪くなくて、助けてくれて、なのに用が済めばほっとかれて、そして残酷なほどに正しい。


 ……オセロは自由だ。


 それだけの力があって、だから人を気にせず何でも好き勝手にできる。


 だけど力の無いルルーに、デフォルトランドは自由を認めない。


 オセロはそれを知ってる。知っているはずなのに、助けてほしいのに、背を向けて行ってしまう。


 それが悪魔に見えるのは、ルルーに価値がないからだ。


 不意に、ねえ様が言ってた事を思い出す。


 いい? この世界には悪魔と人間しかいないの、と。


 ルルーは奥歯を噛み締めながら袖で涙を拭った。


 オセロはもうすぐ外に出る。


 ルルーは息を思いっきり吸い込んだ。


 ……ねえ様が言ってた。


 だからねルルー、あなたは悪魔を手玉にとりなさい。


 「オセロ!」


 吐き出した言葉は倉庫に響いて、オセロの足を止めた。そして振り向いたその目を、ルルーは真っ直ぐ捉えた。


 「オセロ、私と取り引きして」

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