二度目の乱戦と束の間の語らい

 飛び出してきた赤い毛玉を見た時、ルルーは刈り落とされた首が転がって出たのかと思い、身構えた。


 だけどもすぐに手足が見えて、それが走る生き物だとわかって、胸を撫で下ろした。


 多分、猿だ。


 「来たぞ!」


 男らがざわつく中で、現れたのは、やっぱりオセロだった。最後に見た時みたいに、何でもないみたいに、飄々と歩いていた。


 その姿を見て、ルルーは、どう思ったらいいのか判らなかった。


 驚き、はある。


 期待、もある。


 恐怖、もあった。


 喜び、もないわけではない。


 一番は、疑問、かな?


 答えがあるかもわからない問題に頭を悩ますルルーの足の下で、歯軋りが聞こえた。


 船長のイルファだ。


 「早く殺せ!」


 底から響く怒声に、男らが動きだした。



 オセロに向かい、先ず正面から海老男の一人がこん棒で飛びかかる。


 対しオセロは右手鉄棒の一振りでこん棒を粉砕、流れる動きで横面にハイキックを放った。


 頭の甲殻が砕けて海老男が倒れると同時に左右から刀のオークが二人で挟み撃ちを狙う。


 距離が狭まるその前にオセロが跳んで、先ずは左に跳んで縦に降り下ろし、反応して受けようとしたオークを刀ごと額を打った。そして振り向き様に横へと振るってそっちのオークの刀を握る小手を叩いて刀を弾き飛ばした。


 よろめくオークに気が向く隙にモジャモジャ頭が現れ、倒れた海老男越しに手斧を投げつける。


 回転しながら眼前に迫る手斧を、オセロの左手は当たり前のように空中でキャッチして、そのまま同じ軌道を辿るように投げ返した。


 逆回転で戻る手斧は片刃だったが、それでもモジャモジャの鼻面にめり込んで倒すだけの威力はあった。


 そして次に身構えるオセロに…………次は来なかった。


 静かだった。


 ざわめきさえもが消え失せて、場の全てがオセロに萎縮していた。


 流れるようなオセロの戦いは、誰にでも、ルルーでさえも、その規格外の実力をはっきりと示すものだった。


 そんなものを見せられて、それでいてなお戦い続けようなんて考えてるのは、この場には一人しかいなかった。



 イルファの更なる歯軋りがルルーにも聞こえた。


 だけど周りはオセロに気を取られて気付いてないみたいだった。


 そんな中を、鉄棒を引きずりながら歩くオセロへ、時たま後ろで動く者はいても、仕掛ける者はいなかった。


 と、シュルリという音でルルーは足の下を見た。


 ……ゾクリとした。


 そこには、背中の大刀を引き抜いたイルファがいた。


 鏡のように煌めく曲刀に映るその表情に、起伏はなくて、むしろ無表情に近かった。


 なのにその眼光だけが、異質だった。


 これが、本物の殺気なんだろう。それほどイルファは、恐かった。


 ルルーは唾を飲み込む。


 逃げ出したい、けど逃げられない。だから代わりに息を潜めるしかなかった。


 そんなルルーの足の下で、イルファは無言で曲刀を真上に降り上げた。


 「シィ!」


 吐き出す気合いと共に、鋭い刃が煌めき、降り下ろされた。



 曲刀の煌めきは未だ遠いオセロからも見えた。


 高くかかげられた白銀が一閃、降り下ろされ、空が斬られる。


 それで、風が鳴く。


 キィーーーンと、高く耳に刺さる音は、斬撃に裂かれた空気の悲鳴だった。


 その音色は繰り出された斬撃の剣速、刃の鋭利さ、何よりも男の実力を雄弁に語っていた。


 こいつは強い、とオセロの直感が嗅ぎとった。


 風の悲鳴の残響が消え、イルファが刀を自然体に構えると、待ち構えてたみたいに誰かが呟いた。


 「船長なら、殺れるぞ」


 それは小さな一言だった。


 だが、静まる場に染み渡るように響き渡って、時間をかけながらも波紋のように広がって、終に弾けて燃え上がった。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 ドン、と地面が踏み鳴らされる。


 怒号、歓声、呪詛、熱狂、男らが吐き出す感情が渦巻き空間を支配してゆく。


 完全なアウェーが完成していた。


 その中を鉄棒を引きずりながら歩くオセロは、苦笑いを浮かべていた。


 盛り上がるのはいつも向こう側、そのくせどいつも見てるだけだ。


 それでもまだ、あいつがいるからましな方か、と一人、思いながらオセロは進む。


 引き潮のように人が下がり、できた環の中に曲刀の男が降りてくる。


 向かうは環の中央、共に歩を進め距離を詰める。


 そして中央にて、歩幅四歩で対峙した。


 対峙して、その面を見て、オセロの苦笑いは消え去った。


 ……それだけ相手の殺気は鋭かった。



 オセロは経験から、人の表情って奴は、それがエルフだろうがドワーフだろうが小人だろうが、大体がおんなじ意味だと知っていた。


 眉をつり上げれば怒ってるし、頬を上げれば笑ってる。


 ならば無表情は何かと言えば、それは誰かを殺そうと集中してる表情だった。


 考えてみれば当然な話で、正直に相手にこれから殺すぞと示せば当然逃げられる。ならば何も示さないように頑張るのは当然だ。つまりは狩りで気配を消すようなもんだろう。


 面と向かいながら気配を殺し、表情含めて全てから何も伝えないように努める様を『殺気』だと、オセロは理解していた。



 そういう基準で言うなれば、今目の前にいる曲刀の男は、この上なく上質な殺気を羽織っていた。


 無駄なくリラックスした構え、静かな呼吸、その全てが戦闘の為に向けられながらも、その凍てついた表情からは何も伝わらない。ただ、まばたきの少ない眼差しだけが高い集中力を示していた。


 その集中力に、殺気に、オセロは牙を剥くほどに頬を歪めて笑った。


 ここに来て大当たりだ。


 このデフォルトランドで人を殺したり、それを楽しめる奴らは沢山いる。だがしかし、殺す為だけに全力で、ここまで集中できる奴は少ない。


 それが今、目の前にいる。


 しかも、俺を殺そうとしている。


 「楽しめそうだな」


 オセロの呟きが聞こえたのか、男が一歩、前に出てきた。


 これで距離は三歩、程よい間合いだろう。


 「俺はシルバーファング海賊団の船長、イルファだ」


 イルファ、と名乗った曲刀の男の声は静かで、やはり感情が表れてなかった。


 「話には聞いてる。お前が、オセロだな」


 「そうだけど?」


 答えたオセロに、しかし想定外にもイルファはその曲刀を、ついと鞘に納めた。そして深々とその頭を下げて見せた。


 「すまなかった」


 ざわめく周囲に惑うオセロ、それらを無視してイルファは頭を下げたまま続ける。


 「これは手違いなんだ。部下にはただ、アレを持ってくるように命じただけで、少なくともお前と事を構えようとは思ってはなかった。今しがた迎え撃ったのも、相手がお前だと知らなかったからだ。知ってたなら違う対応をしていた」


 頭を下げたまま話を続ける男だが、纏う殺気はそのままだった。そしてそのまま頭を上げる。


 「その上で、恥を重ねて交渉したい。今までの事を水に流してこのイルファと手を組まないか?」


 申し出に、オセロの頬が笑みでない意味でひきつる。


 「俺は、これからここで仕事を始めたい。が、言うまでもなく新天地開拓には手間も人手も有るだけいる。だからあちこち手を広げて数は集めたが、所詮は雑魚、雑用にも使えない屑ばかりだ。俺が欲しいのはその雑魚どもに雑用以上の仕事をさせる頭、お前みたいな腕も度胸もあるやつが必要なんだ」


 ここまで聞いて、オセロはやっと話が見えた。


 こいつは、曲者だった。

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