歯とナイフ

 クルッバ率いるモジャ・ジャジャ海賊団は密輸を生業にしていた。


 その活動の場は海に限らず、川や陸路を利用することもあった。更には力押しだけでなく隠蔽や賄賂など頭を使った手段も使えた。


 彼らが運ぶのは金次第で武器、奴隷、麻薬、何でもあり得た。その中には希少な動物も含まれていた。


 赤モルグ猿は名が示す通り赤毛の中型猿だ。猿特有の賢さと器用さ、身軽さがあり、更には珍しいことに果物など植物以外に鼠や他の猿をも狩って食べるという、雑食の食性も持っていた。それ故、血の臭いにも強く狩猟本能もあり、調教次第では優秀な暗殺者と成ることで名を知られていた。その為に武器のカテゴリーとして、多くの国で輸出入が禁止にされていた。


 ルベトもその一匹だった。


 初めはただの荷物として、モジャ・ジャジャ海賊団に持ち込まれたのだが、受取人が無意味な値切り交渉の対価で首を失い、残ったのを高価なのだから売れるまで面倒見ておけ、とクルッバが押し付けられ、飼い始めたのが一人と一匹の出会いだった。


 クルッパはルベトを気に入り、盗まれぬように頭の上に置くようになった。


 そこでルベトは暴力を知り、酔いしれ、そこからナイフを渡され、クルッバのコメカミの合図を学んだ。


 人知れず繰り返されてきた訓練は半年ほどで実を結んだ。


 初めこそ道化だったクルッバとルベトだったが、鍛錬を重ね、上下の連携を体得し、先代船長を下してからは最早笑うものは消えた。


 そうして船長となり、嘲笑の的だったモジャモジャのカツラも今や海賊団のシンボルとなっていた。そして同時に、人猿四腕、上下の連携から二つ名をフォーアームズとなったのだった。


 基本、クルッバは全力で防御に徹し、できた隙にルベトが斬りつける。


 つばぜり合いなど必勝パターンだ。


 目前の勝利に、ルベトとクルッバはそっくりに笑い、ルベトは第三の刃を振るった。


 

 ……今回はオセロにもちゃんと見えた。


 突如としてクルッバの髪より生えた腕が蛇のようにうねり、その手に握る折り畳みナイフで斬りつけてきたのを、見切った。だからオセロは額当てで受けて弾けた。


 金属の削れる音と匂いを感じながら押し返し、再びオセロは距離を取った。


 「まさかここまで凌がれるとはな」


 呟くクルッバの頭上で二本の腕が広がり、牙を剥く猿の面が現れた。


 「改めて、敬意を持って自己紹介させてもらおう。俺の名前はクルッバ、そしてこいつはルベトだ」


 キキ、と頭の猿が笑い、ナイフを煌めかせた。


 それにオセロは感心していた。


 これが、猿ってやつか。


 オセロは初めて猿を見たのだった。


 その感想は、思ってたより頭悪そうだな、だった。


 「じゃあ終わりにしようか!」


 攻めるクルッバは速かった。重心を落として這うように間合いを詰めてくる。


 対してオセロは右手の鉄棒を真横に振るう。が、クルッバは両の剣を揃えてこれを受け、詰め寄る足をオセロは止め損なった。そのまま避けきれず、肩からクルッバが胸へと激突し密着する。そこからルベトの右のナイフが、逆手に握り直されて鎖骨狙いに降り下ろされた。


 この感じじゃ額当てじゃあ辛いな、とオセロは左手をかかげてルベトの手首で受けた。


 これでオセロの両手は塞がった。


 対してルベトの左手は余っていた。その手にはどこからともかくナイフが現れる。


 キキ、との笑い声と共にルベトが首めがけてナイフを突き出した。


 回避不能のオセロは、不意に昔聞いた話を思い出した。


 確か酒場での話だ。酒の肴に何がいいかから発展し、今まで食べた珍しいものから、猿へと移った。


 猿は、逃げ足が速いから滅多に食えないが、肉はかなりの珍味らしい。


 脂身はさほどでもなく、肉の量もそんなにはないが、果物ばかり食べてるから甘くてジューシーで、特に長い腕の肉は運動してるからか硬く、だけど噛めば噛むほど味が滲み出て美味なんだそうだ。脳ミソは癖が強くて好みが分かれるとか、話してた。


 隣のテーブルで聞いていただけだったが、その時オセロは喰ってみたい、と思ったのを思い出した。


 ガチン、とオセロが噛みついたのはしかし、美味しい猿肉なんかではなくて、その手が突き出したナイフだった。


 鉄の味は嫌いじゃないが今は邪魔だ。


 オセロは噛んだナイフを離さず首を捻ってルベトからもぎ取り吐き捨てる。そして改めてその毛むくじゃらな腕を食いにいった。


 ガチン、と今度は空を噛んだ。


 ルベトはナイフを失った腕を素早く引き戻していた。


 その瞬間、オセロとルベトは目を合わせた。


 目を見ながらオセロの口の中に唾が涌き出る。


 獣肉は煮込んだ方が美味いし柔らかいし臭いも消える。


 だがだからといって、必ずしも生で食えないってもんでもない。生の方が美味い獣もいないわけではない。


 猿は知らない。だから、どちらで食うか、オセロは悩む。


 まぁ、どっちも初めてだし、いいか。


 単純に答えを出し、オセロはまだ味わってない猿の肉を想像しながら大きく口を開いた。涎に滑った歯がてかる。


 示し合わせたかのように、グルルとオセロの腹が鳴った。


 ルベトは逃げ出した。


 「ぬ、あ! おいルベトどこ行く!」


 露になったハゲも気にかけず、わめき散らすクルッバ、それを無視してルベトは振り向きもせずに走り続ける。ナイフを投げ捨てあっという間に倉庫から飛び出して、姿が見えなくなった。


 ……残されたクルッバはなおオセロとつばぜり合い続けていた。


 だがその表情から、戦意が抜けてゆくのが明らかだった。それに比例して、楽しみを失ったオセロの笑みも消えていった。


 「なぁ」


 たまらず声をかけるオセロ、それを隙と見たのかクルッバは強引にオセロを突き飛ばし後ろへ跳んだ。


 そして更に飛びずさろうとして闇に足を取られた。


 バランスを失い突っ込んだ木箱の山は積み方が悪かったらしく、崩れてクルッバが埋まるのはすぐだった。木箱が崩れてなんでか中にあったシャベルやらつるはしやらが山になって……そこからクルッバが這い出てくる様子はなかった。


 舞い上がる埃に僅かに咳き込みながらこんな決着に、オセロは食えてもないのに消化不良な感じだった。


 ふと、檻の中の小男を見る。


 こちらも最初の威勢は消え失せて、もはや完全に怯えきっていた。檻の角でただただ丸まって震えていた。


 その目を、よく向けられる目を見て、こちらにもオセロはがっかりしていた。


 つまんねーの。


 オセロはがっかりした表情も隠さずに立ち去ろうとして、なんともなしに足を止めた。


 そして鉄棒を振り上げる。


 「ひぃ!」


 怯えた小男を無視してオセロは降り下ろし、ごつい錠前を砕いた。


 ガチリと落ちた鍵に、軋みながら開く檻の扉、それらの結果などに目もくれず、オセロは倉庫から出ていった。


 戻ってきた道には打ちのめした海賊たちの残骸が点々と並んでいた。そして目的地は、まだ打ちのめされてない海賊たちが示していた。


 こっちはまだやってくれそうだ。


 オセロは寄り道を終わらせ続きを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る