熱気の輪の中で二人は冷める
オセロはイルファの狙いを、計算を理解した。
まず、このイルファはオセロを許したわけではない。隙あらば殺そうとは今でも思っている。だが冷静に、それ以上に割りに合わないとも思ったのだろう。
この男は、細かな勝率までは知りようもないが、オセロと闘って勝てても無事ではすまないと考えたみたいだ。
ならば一時の恥、頭の一つも下げて交渉し、あわよくば仲間に引きいれた方が効率が良いと計算したのだろう。
感情や誇りを押し殺し、利益を計算でき、更に実行に移せる忍耐力は、このデフォルトランドでなくとも貴重な才能だろう。
考えを巡らせるオセロの前で、イルファはほんのわずかだが感情を表した。驚きと期待を仄かに見せながらイルファは続けた。
「話に乗るなら立場は俺と同格、同盟扱いだ。部下としてとりあえずはヘッドエイクファミリーの残党を回す。仕事は道案内と地元との交渉、必要な場合のみ戦闘してもらう。分け前は歩合制だが、縄張りとしてここら一帯は確約しよう。こちらとしては邪魔さえしなければ必要以上に命令はしない。物資等、必要な物は必要に応じて取引する。内容としては、取りあえずはこれでどうだ?」
どうだと言われて、オセロは考える。
提示された内容は、相場から見ればかなりの破格で、高待遇で、魅力的だ。それだけオセロの実力を認めたということだろう。
信用、も問題ないだろう。辺りを見回せば証人はいくらでもいる。それがいくら部下とはいえ、下手に反故にすれば次がなくなりみなが手を引くこと位は、この男ならわかるだろう。
その部下にしても、周りで騒ぐだけのつまらない連中だ。わだかまりなど知りもしない。俺が敵になろうがボスになろうがなんだっていいんだろう。
こちらとしてみても、家こそ燃やされたはしたがどうせ仮の宿、別段怨みもない。というか、新しい家を見つけないといけない。
仲間に、海賊になるのだって、そもそもが仕事を貰いに行ってのゴタゴタだし、抵抗はなかった。
まとめれば、単純に誤解が解けて振り出しに戻っただけだった。
なら、悪い話じゃない、と言うのがオセロの感想だった。
乗り気になりつつあるのが表情に出たのか、イルファは殺気を緩めて付け加える。
「それとあとは、あのメスガキだな」
イルファは顎をしゃくって後ろを指す。
「あいつは当面、共同で保管して貰う。もちろん傷も汚れもつかないようにする必要があるが、用が済んだら、後はお前の好きにして構わんぞ」
……この一言で、オセロは、何でここまで来たのかを思い出した。
ルルーだ。
思い出して……冷めた。たったそれだけだが、オセロには決定的に、仲間になる意味を失った。
「駄目……らしいな」
それが伝わったのか、イルファが言う。
「悪いがな」
「そうか」
受け答えしてから、イルファの殺気が戻る。
「なら、最後に一つだけ」
「何だよ」
「ありがとう。これでお前を殺せるうシィ!」
イルファが踏み込んだ。同時に一動作で、背中の曲刀を縦に抜き打った。
流れるような縦斬りに、オセロの鉄棒は辛うじて反応できた。真横に構えて受け止める。が、イルファの一撃は重く、鉄棒は沈められて曲刀は左の肩に食い込んだ。
そして銀の刃が擦り付けるように斬りつける。
革の鎧は裂かれて身に届いた刃が肉を切る。
たまらずオセロはイルファの腹を蹴り、できた隙に飛び退って距離をとった。
それをイルファは追わず、その場で無言で曲刀を振るう。
ピシャリ、と地面に刃の血が振り撒かれた。その動きに、蹴りのダメージは見られない。
それとは別に血が滴たる。
見るまでもなく、オセロの肩から溢れた血が流れて背中を伝わり雫を落としていた。
漂う鉄血の臭いを嗅ぎながら、オセロは笑った。
▼
ルルーも男たちも、二人の攻防に、イルファの一太刀に、息を呑んだ。
そして先に吐き出したのは男たちの方だった。
吐き出されたのは歓声、その沸き上がる熱気は先ほどとは競べられないほど熱かった。
その中で二人は静かに構えた。
イルファは左足を前に斜めに立って、両手で持つ曲刀を右の肩に担ぐように構えていた。
オセロは鉄棒を刀剣のように、でも掴む両手を離して正面に構えていた。
先にイルファが踏み込んだ。
「シィ!」
歯の隙間から吐き出したみたいな掛け声と共に曲刀が大きく横に薙ぐ。
オセロはこれをかわさず鉄棒の両手の間で受けた。
火花が飛び、それで止まらず斬撃はオセロを押し崩して二の腕に食い込ませた。
新に出血しながら何とか刃を押し退けて、よろめくように引き下がるオセロ、そこをイルファが追撃する。
「シェ!」
横薙ぎに左の脇へ伸びた曲刀を胸元へ引き寄せ、そこから喉めがけて突き出す。
未だよろめいたままのオセロは後ろにのけ反り辛うじてかわすも足を滑らせ尻から落ちた。
その隙をイルファは逃さない。
「シ!」
真上に振り上げられた曲刀が真っ直ぐオセロの眉間めがけて降り下ろされる。
オセロは左手のみで鉄棒を掲げこれを受けた。当然押し負けるも、鉄棒の先が地面に付いて斜めに固まり斬撃を滑らせた。
イルファは反らされた曲刀を返して今度は足首を狙う。
「シィ!」
オセロは尻を擦り付けながら後ろへと滑り逃げた。
間抜けな動きの回避に辺りから笑いがおこる。
イルファは笑わず、またも追わず、素振りで曲刀から血をふるい落とす。
その間にオセロは手を突いて立ち上がるも、その指からは血が滴っていた。
どちらが勝ってるかは、ルルーにも嫌でもわかった。
ギリギリだ。ギリギリで何とかオセロは生き残ってる。
だけど次は残らないかもしれない。
唾を飲むルルーの前で、刃が打たれ、それが体に触れて血が流れる度に辺りからは歓声があがる。誰も彼もがオセロが傷付き、殺されることを熱望していた。
それを、ルルーは、ただ見てることしかできなかった。
…………いや、それは嘘だ。
ルルーは、ほんとは自分にもできることがあるのに気が付いていた。
それは応援すること、囲う男らみたいに声をあげることはルルーにもできるはずだ。
自分なんかの応援にどれ程の力があるかは知らないが、それでも、できることはあって、それをやれる。
なのにやれない……しないのは、男らの目があるからだ。
隣で敵を応援してたら酷い目にあう。今は目の前の戦いに夢中でも、この後で酷い目にあう、あわされる。
だから、黙ってる。
だけどそれは、保身以上に酷いことだ。
後でとはつまりは、まだ後があると思ってるということなのだ。それはつまりは、内心でオセロが負けるだろうと、思ってるのだ。負けて、死ぬだろう、と。
そんな風に、予想して、黙ってる。
こんなに自分がズルいなんて思ってもみなかった。
きっと普通の人なら違うんだろう。身の危険を省みずに応援してるだろう。もしかしたら一緒になって戦ってるかもしれない。それ以前に、ずっと前に逃げ出してるだろう。
だけどももう、知らない内に普通じゃなくなっちゃったんだ。
ルルーが黙って自分を嫌ってる間にも、オセロに新たな傷が作られていた。
ルルーはただ黙って、それを見ていた。
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