ピザが食べたくなる歌声

 宴から少し離れた砂浜にて、儀式は執り行われていた。


 波の音に重なって、不気味な歌声が響いている。


 向かい合うエビの文様の、ジャンクパッチ海賊団の旗印をかがげた船を前に、男達が車座に座っていた。


 中央には大火に、湯が煮えたぎる大鍋がかけられている。


 そのすぐ近くを囲う男らは、一心不乱に茹でたての海老を貪っていた。


 それを更に外縁から囲い、見守るのは、沢山の海老男たちだった。



 ジャンクパッチ海賊団の専門は密漁だった。


 だからメンバーには、海賊としての技量だけでなく、漁師としての技量も必要となる。それを証明できた者だけがこの儀式であり最後の試練に挑戦できた。


 内容は単純、団員が見ている前で一度に十尾の海老を食らうことだった。


 これは、表向きは歓迎の儀式だ。


 だが査定は厳しく、存外脱落者も少なくない。


 日常では気が付かないが、海老が美味いのは二尾までだ。五尾も食えば見るのも嫌になる。それを利用し、商品を盗み食いしないよう今の内にたらふく食わせて食いたくなくする。そのついでにアレルギーの有無を見る。そして綺麗に食べ終わった者だけが、食べた海老の殻から鎧を作られ、正式に入団を許可される。


 これは合理的かつ神聖な儀式だった。


 そうして与えられる海老の鎧は、丈夫で、なのに水に浮き、何よりも他と一線を画する、海賊団の誇りだった。



 そんなことも知らず、オセロは美味そうな海老の香りにつれられて現れた。


 そして車座を背に、船を見つめる。


 そこにある船からは何とも言えない違和感があった。


 なんか小さくて、オールも大砲もなくて、傷もなくピカピカで、それで何故か海でなく砂浜の上にあった。旗印から海賊船なのは間違いない。


 ならその前にいる海老男たちは海賊で、それならルルーも何か知ってるだろう。


 思い、振り返ると、車座が割れていた。海老男達はオセロを睨みながらも距離を離してゆく。


 「不届きものめ」


 オセロが男たちを追うのを、地に響くような低い声が止めた。


 声は船の方から響いた。


 「我らが神聖なる儀式を汚しおって、我が手で直接制裁してくれるわ!」


 絶叫と共に船体が割れた。


 軋み音をあげながら、正面が左右に割れ、側面がスライドして縦になり脚となり、帆が後ろに倒れて腕が生え、頭が現れ立ち上がり、最後には人の姿となった。


 巨人だった。


 膝が、オセロの頭の高さにあった。その全身は船体の木の鎧で固められ、顔は角度が悪くて見えない。このサイズは間違いなく巨人か、その血が入っている。


 「貴様、オセロだな」


 巨人の声は渋かった。そして向こうはオセロが見えるらしい。


 「我はジャンクパッチ海賊団団長『トランスフォーマー』ストガーチ。我が海賊団の誇りの為、新たな盟約の為、貴様の命を貰う!」


 宣言と共に巨人ストガーチは右の拳を振り上げた。


 両者の間合いはオセロの歩幅で数えて十歩以上、いくら巨人の拳でも絶対届かない距離だ。


 なのにオセロが派手に大きく飛び退いたのは、慌てて逃げる海老男たちを見たからだった。


 何かが飛んでくるかもしれないし、念のためにだった。


 それは当たっていた。


 ストガーチが拳を降り下ろした刹那、風斬り音と共に先程までオセロがいた所の砂が派手に跳ねた。


 跡には一本の線、その上で影として見えたそれは、糸だった。


 釣糸だろうか、拳の先から伸びてるであろうそれは、瞬く間に闇に紛れて見えなくなった。


 「ほう。このインビシブル・インビンシブルを初見でかわすとはな。だが我が糸は二本あるぞ!」


 改めてストガーチは両腕を広げて構えた。


 正に大物だ。


 これはまた、楽しめそうだな。


 オセロは笑った。

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