巨人の糸使い

 ストガーチがオセロに向かって拳を繰り出す度に、連動して糸が走った。


 風を切り迫る斬撃、不可視で範囲不明の攻撃に、仲間であるエビ男たちさえも怯えて距離をとる。


 その糸を、オセロは幾度となくかわし続けていた。


 だが流石のオセロでも、闇の中を高速で走る細い糸が見えているわけではない。代わりに、ストガーチ自身の、そのまんま大きな動作からその先、先端を読み取って予想して回避していた。


 最初に見た時の腕の感じと砂の跡、放たれてからのタイミング、それらを総合して大雑把に計算して、答えに余裕を加えて跳んでいたのだ。


 が、糸は予想外に速く、広く、強く、常に紙一重の回避となっていた。


 そうして掠める糸は巨人の斬撃、当たれば一撃必断の圧倒的な威力だと肌に感じた。


 にもかかわらず、オセロはその表情は余裕にも似た笑みを浮かべていた。


 そして確実に一歩づつ、間合いを縮めてゆく。


 気がつけば間合いは残り五歩あまり。


 「糞が!」


 なかなか当たらない苛立ちの感情むき出しに、ストガーチは正面で腕を交差し、一気に広げた。右と左、挟み込むように地面とほぼ平行に糸が二本が走る。


 避けるなら、上だ。


 オセロは瞬時に判断し鉄棒を砂浜に突き立てた。そして飛ぶと同時に鉄棒を上った。


 ガガチン、と踏み台にされた鉄棒に二重に当たり、弾かれたのがオセロにわかった。それでも鉄棒は放さず、ダメージは皆無だ。


 だが次の瞬間、オセロの体は衝撃と共に吹き飛ばされていた。


五歩の間合いはオセロの五歩、巨人の柱のような足には一歩だった。そして繰り出された前蹴りは、軽々と空高くへオセロを蹴り飛ばした。


 意識は揺るがされ、鉄棒も手から離れ、上も下も分からぬままにオセロは空高くを舞い飛びながらボンヤリと辺りを見渡していた。


 ストガーチは踏み出すように放った前蹴りをゆっくりと下ろしている。


 真下、火にかかったままの大鍋の上をゆっくりと飛び越えてゆく。


 倉庫、離れた所にも灯りがあり、人が集まっていた。


 離れた先、メイドが吊られていた。


 そのメイドと目があった。


 ルルーだった。


 ……なんだあっちか。


 思い、オセロは覚醒した。


 後は落ちるだけだった。



 初めてのクリーンヒットに、ストガーチは焦りが吹き飛んだ。


 これなら立てまい。


 ストガーチがほくそ笑みながら確信するとほぼ同時に、オセロが焚き火の向こうに落ちた。


 だがしかし、オセロは落ちて転がり、なのにすぐに立ち上がって駆け出した。


 不死身かこいつは!


 ストガーチは驚愕しながら糸を手繰り、オセロを狙う。


 が、オセロの姿は焚き火と大鍋の陰に隠れ、それを狙うのを躊躇させる。


 この糸は細くて強いが良く燃える。火を前に、これでは斬れない。


 ストガーチが舌打ちをするのを合図にしたかのように、オセロが鍋を掴み、ひっくり返した。


 湯と海老が焚き火に被って炎は消えて、煙の代わりに水蒸気が立ち上った。


 光源が消え、闇が強まり、ストガーチは顔をしかめ、目を凝らした。


 姿は見えぬが炎も無い。


 次こそ断ち切る。


 気を引き締め、改めてストガーチが糸を構えると、蒸気の向こうから空の鍋が飛んできた。


 反射的にストガーチは右腕ではたき落とす。だがその陰から更に無数の海老が飛来した。


 「小癪な!」


 怒鳴りながら両手で払う。


 が、外装に当たった海老は衝撃に赤い殻が砕け、プリプリでジューシーな剥き身が鎧にへばりつき、溢れる肉汁が滴って鎧の隙間から流れ込こむ。


 「あっつ!」


 肌を煮られてたまらずストガーチは鎧を剥がそうと足掻くが、精巧な変型ギミックが邪魔をして剥がせない。それでもたまらずもがくだけもがく。


 そうだ、海水で冷やそう。思うストガーチはオセロを完全に見失っていた。


 「ほお」


 耳元の声にストガーチは左へ振り返る。


 後ろには誰もいない。ただその肩に、鉄棒をくわえたオセロが張り付いていた。


 「この!」


 ストガーチが右手を伸ばすよりもオセロが早かった。鎧の上をゴキブリのように這い回り背中へと回った。そして鉄棒を前に回して、後ろから抱きつくようにストガーチの首を絞める。


 強い力、まるで同族に絞められてるかのようなオセロの力にストガーチは焦る。


 焦りながら首を掻きむしる。が、精巧な変型ギミックの内側に入られて剥がせない。


 意識が……遠退く。


 これは呼吸ではなくて血管、頭に血が上ってないのだ、との自己分析の中で、ストガーチの目の前が真っ暗になっていった。

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