勝手知ったる我が家
気を失うと夢も見ない。
覚醒してきたルルーが初めに感じたのは背中の柔らかい感触だった。
自分はベットに寝かされてるんだと思う。頭の後ろには枕だろう。体には何かかけられてる。何だろう?
寝惚けながら手で探ってみると、硬くて、色々付いてて、二股に分かれていた。
ズボンだ、と気が付くと一気に目が覚めた。
瞼をひらいて跳ね起きる。
暗い部屋、ベットに一人、服は……無事着ていた。
安心しつつ、ルルーは改めて部屋を見渡した。
そんなには広くない部屋だった。
一番奥にこのベットがあって、壁際には椅子と小さな棚がある。窓は閉じられていて、薄いカーテン越しに月明かりが射し込んでる。背中の壁はほんのりと暖かく、恐らくは煙突が通ってるのだろう。反対側にドアがあって、少しだけ開いていた。
オセロの部屋だ、と直感的に思った。
ルルーはベットから足を下ろす。靴は履いたままだった。立ち上がって見回すと、棚は本棚だった。中には本がずらりと並んでいた。
それはここでは驚くべき光景で、少なくともルルーは一度にこんな沢山の本を見るのは初めてのことだった。
ルルーはねえ様に読み書きを教えてもらった。
お陰で読書を楽しめた。それでも手に入るのは、ご主人様の気紛れに頼るしかなく、しかもご主人様ご一行がみな読み書きできないからろくな本が手に入らない。
そう言えば、とルルーは思い出す。オセロはあの店でメニューを見てた。恐らくは字が読めるのだろう。だから本を集めてるんだ。
ルルーは仲間を見つけた気分だった。
そして吸い寄せられるように、本棚に近づいて、右上から順にタイトルを見て行く。
楽しい裁縫[上級編②]、火災保険のススメ、我が人生全てラーメンなり、ビボルディ=メソッドでみんなウハウハ、牛の命名事典、道路を作ろう②、道路を作ろう⑱、新道路を作ろう④、こんなに大事な納税の話、よく当たる耳垢占い、石を飲めばやせる・砂肝ダイエット、基礎煙学、ババァがいる温泉百一、ユーモアドリル・これであなたも爆笑帝。
その人を知りたくばその人の本棚を見よ、とか何かの本にあったけど、著者はこの本棚を想像できなかったんだろう。
……ワケわかんない。
それでも、目は二列目に行ってしまう。
騙されない保険金詐欺、図解 井戸、ガタガタする机の足に挟む本、美味しい虫の蒸し方 ガガンボの卷、誰でもカンタン鬼退治、闇からの呟き、黒一色の殺人鬼、恐怖のシャンデリア女……止めよう。
視線を切っても、最後あたりのタイトルが瞼の裏に焼きつかれてしまった。
急にルルーは恐くなってきた。
思えば、恐い目にあって気を失ったのだ。しかもその後の話をルルーは知らない。
……一人でいたくない。
とにかく明るい所で誰か、オセロがいる所に行きたかった。
ドアに向かい、開く。
鍵はかかってなかったけども、その向こうは月の光が届かなくて、暗くて、怖くて、ルルーは一歩を踏み出せなかった。
かといって戻れない。振り返ればシャンデリア女がいる気がして、怖くて恐くて仕方なかった。
小刻みに震えてる自分を、ルルーは情けないと思った。
でも、恐いものは恐い。
ぎゅっと目をつぶる。
震えは収まらなかった。
……と、歌が聴こえてきた。
鼻歌だった。
何の曲かはわからなかったが、音程もリズムもなってないのはわかった。そして歌の主はオセロだともわかった。
下手くそ、と感じたルルーは、それでも誰かがいるとわかっただけで、なぜか一歩を踏み出せた。
▼
ドアの向こうは廊下になっていて、右には下への階段が見えた。歌は下から聴こえる。
たどって下りると、明かりが見えた。広い空間に大きなテーブル、四つある椅子の一つには何故か間抜けな人形が座っていた。その奥の暖炉に火が燃えている。火の上では鍋が煮えていた。かき混ぜてるのはオセロだった。
ホッとしてルルーが近寄って、オセロを見て絶句した。
ズボンをはいてなかった。
「やっと起きたか」
下がパンツなオセロは鍋を混ぜながら振り向く。
「好きなとこ座っていいぞ」
「何で、はいてないんですか?」
「何でって、お前が放さなかったからだろーが」
「今は放してます。はいて下さい」
「火から離れらんねぇよ」
「じゃあ取ってきますよ」
言ってルルーは足早に二階へとズボンを取りに戻った。
暗い廊下を進んでも、もうそんなに恐くなかった。
▼
オセロの住み処は、港から少し離れた山の方にある、二階建ての家だった。
中心街から離れてることもあってまず臭くない。それにまだ自然が残っていて、井戸水も汚染されてないからそのまま美味しく飲めた。夜も静かで泥棒も少なく、何よりも素晴らしいのは食い物がそこらにあることだった。
前の持ち主は農家だったらしく、周りは畑に囲まれていて、世話もしてないのに色々な野菜を収穫できた。更にそれらを食べに来る野性動物は正に食べ放題だった。
それらだけで腹は十分に満たされ、町に降りなくとも余裕で生活できた。
ここの唯一にして絶対の欠点は、退屈過ぎるんだよな、と思いつつ、オセロは夕食を作っていた。
掘り出したイモと丸ネギの泥を落として皮を剥く。イモは芽もとる。買ってきたベーコンを厚目に切って、深い鍋で軽く炒める。油が出て焦げ目がついたら半分に切ったイモと丸ネギを入れ、更に浸かる程度に水を入れてそのまま煮る。味付けは要らない。ベーコンの塩と脂で味はつく。スパイスが有れば良いがなくても良い。イモに火が通って柔らかくなったら完成だ。
これがオセロが唯一作れるスープなのだ。名前はつけてない。これに他の野菜を加えたり、肉を塩漬けのイノシンや鳥に変えたりと味のバリエーションは多い。
二人分を作るのは初めてだが、まぁ倍作ればいいだけの話だ。
お玉でイモを潰す。潰せた。火は通ったみたいだ。
木のボウル二つによそって、木の匙とカップと一緒に並べる。ワインは、一応二本並べておく。
暖炉の火に灰をかけて弱めてると、ルルーが降りてきた。横に立って黙ってズボンを差し出した。
「……わかったよ」
料理を前に、オセロはめんどくさかったが、その問答してるよりもはいた方がはやい、と判断した。
それを見守るルルーは人形の隣に座って、オセロを待っていた。
オセロはズボンをはいて、ルルーの向かいに座る。
そして食事が始まった。
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