最初の物語

 スープは薄味だけどなかなかいい味してる、というのがルルーの評価だった。


 それに暖かい食事は久しぶりだし、何より空腹だったので一層美味しく思えた。


 ワインの方は典型的な安物で味も香りもないただのアルコールだった。ただ自分用に一本飲めるのは嬉しった。外のまともな世界だと子供はお酒を呑めないらしいけど、ここでは関係無い。水のように飲み干す。


 ルルーは食べて呑んで、楽しくなっていた。


 「ねぇ」


 「何だよ」


 オセロに返事されて、ルルーは狼狽えた。というか、自覚無くルルーは声をかけていた。


 呑みすぎてる、と後悔したがもう遅い。オセロは匙を止めてこっちを待ってる。何か言わないと。……そうだ。


 「この人形なんです?」


 と、隣の人形を指差した。見たところ手作りみたいだけど、雑な作りで正直、下手くそだ。顔だってヒビが走ってる。


 それに、オセロは答えなかった。代わりに投げられた視線は、訊くなと言っていた。


 ……空気が悪くなってしまった。挽回せねば、とルルー言葉を繋げる。


 「そうだあの、上の本棚見せてもらったけど、なかなかのコレクションですね」


 「そうか?」


 いい返事だ。


 「そうですよ。あんなにまとまって置いてあるの、他で見たことないもの」


 「だろうな」


 素っ気ないけど、オセロのリアクションは悪くなかった。ルルーの経験上、コレクションを誉められて嫌な顔をするやつはいないと知っていた。


 「あれだけの本をどこで手に入れたんです?  やっぱり中央から?」


 「いや、全部こっちでだ。大体は捨ててあんのを拾ったりだな」


 「あー、なるほど。こっちの人は本を紙の束としか思ってないですからね」


 「まぁな」


 空気が好転した。これならもう少しわがまま言っても、オセロだし、いいだろう。


 「その、良かったら、後で何冊か借りてもいいですか?」


 オセロはルルーをチラリと見て、すぐに視線を手元に戻した。


 「別にいいが、何に使うんだ?」


 「使うって、読むに決まってるじゃないですか」


 笑いならが答えると、ピタリとオセロの手が今度こそ止まった。そして見開いた、驚きの目を向けてきた。


 ルルーは何かヘマをした、と思ったが、何をヘマしたのか思い至らなかった。


 「お前、本が読めるのか?」


 「えっと、一応、一通りは」


 ルルーの答えに、オセロは更に目を丸くした。


 これは、信じてないなとルルーは思った。


 「ほら、昼間のレストランでちゃんとメニュー読めてたじゃないですか」


 「それぐらいなら俺にもできるさ」


 言われて、ルルーには意味がよくわからなかった。


 「それぐらいならって」


 「なんつったっけ? 名前のことをまとめて」


 「名詞?」


 「それだ。それが少しと、後は自分の名前ぐらいから、俺にもわかるよ」


 今度はルルーが目を丸くした。


 「じゃあ、あの本は」


 「読めないよ」


 あっさりと言う。


 「開いてもあれだ、その名詞ってやつがとびとびわかるだけで、後は少しの挿し絵を見るだけだな」


 オセロの言葉に、ルルーは言葉に詰まった。


 このデフォルトランドの識字率は決して高くはない。そんな場所で名詞だけでも読めることはすごいことだし、読めたところであまり意味はない。ましてやルルーの立場で、オセロをとやかく言える訳もない。


 ただそれでも、ルルーは少なからずガッカリしていた。


 もちれんオセロは仲間なはずはないし、期待もしてなかった。なのに何故、何に対してガッカリしたのか、ルルー自信もわからなかった。


 「……なぁ」


 考えてるルルーにオセロが声をかける。


 「やっぱり本て、面白いのか?」


 「え?」


 考えが途切れる。


 「いやよ。ここにいると退屈なんだよ。やることはあるが、何て言うか、単調で、面白くないんだよ」


 「それで本を?」


 「そうなんだ。あのタクヤンが読んでて面白いって言ってよ。どう面白いのか説明させても下手くそでよ。で、試しに集めてみたんだが」


 「でも読めなくて楽しめない」


 「そうなんだよ」


 ……ルルーと会ってから、オセロは一番饒舌になっていた。酔いもあるだろうが、それ以上に本というものに興味があるのがありありと伝わってきた。


 「やっぱり面白いのか?」


 繰り返された質問に、ルルーは少し考えてから、素直に自分の考えを述べることにした。


 「本は、必ずしも全部が面白いってわけじゃないです。食べ物とおんなじで質とか好みとかあるし。それに本って、大半が実用書なんですよ」


 「なんだよそれ」


 「何かのやり方を書いた本、料理とか、裁縫とかですね。役にはたつけど面白くはないです。その、いわゆる面白い本となるのは、小説とか、ストーリーのあるやつですよ」


 「そういう本は、棚の中にはなかったか?」


 「上のですか?」


 シャンデリア女。


 「無かったと思います」


 「……そうか」


 オセロは露骨にガッカリした顔になった。


 ……こうして見ると表情豊かだった、とルルーは思った。それは好きだと素直に思った。


 「お前は、面白い本、読んだことあるか?」


 「それは、少しなら」


 「なぁ、どんなのが面白かった?  なんか話してくれよ」


 「そうですね」


 考えながらも、ルルーはにやける自分を押さえられなかった。


 こうして本の価値を認められてるのも嬉しいが、何よりも頼まれるということに、酔っていた。


 話すならわかりやすいのがいいかな、とルルーは考える。


 それで、一つのストーリーを思い出した。


 「例えば、お姫様と悪魔の話なんてどうです?」


 「どんなだ?」


 オセロは目を輝かせている。


 ルルーは匙を置いて語りだした。


 『昔々、とある国にとても美しいお姫様が住んでいました。しかしある日、お姫様は悪い魔法使いに拐われて、森の奥の高い塔に閉じ込められてしまいました。王様はお姫様を助け出すために、お姫様を助け出したものにお姫様と結婚させてやろう、と言いました。それを聞いた男たちは、お姫様を助けだそうと塔に向かいます。ですが、悪い魔法使いは強い悪魔を呼び出して、皆を追い払いました。手も足も出せない王様は途方にくれてしまいました。しかし、です。突然、悪い魔法使いが倒されて、お姫様は帰ってきました。王様は喜びました。ですが……』


 話ながらルルーは思い出す。この話は、本じゃなくて、ねえ様にこうして聞かせてもらった話だ。今の今まですっかり忘れてた。


 『……ですが、悪い魔法使いを倒したのは、魔法使い自身が呼び出した悪魔だったのです。そして、悪魔は助けたのだから、お姫様と結婚したいと言いました』


 オセロはポカンとしている。それが話に夢中なのか、それとも単にわかってないのか、ルルーにはわからなかった。


 「ここまでで、わからないところ、ありました?」


 「いや、大体はわかる」


 不安げなルルーにオセロは速答した。


 「王は支配者、悪い魔法使いはタクヤンで、悪魔は俺みたいなんだろ?」


 「えっと、タクヤンさんは知りませんが、悪魔なんですか?」


 「よく言われる」


 だろうな、とルルーは思う。


 「そう、ですか。なら差し詰め私がお姫様ですかね。ちょうど囚われてますし」


 「お前が?」


 ルルーはしまった、と思った。


 せっかくここまでいい関係だったのに、無意味に主従関係を思い出させてしまった。また一からやり直しだ。


 ルルーがこの失敗をどう取り返すか、考えてるところにオセロが続ける。


 「お前、何に囚われてんてんだよ」


 想定外の言葉だった。

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