初めての乱戦

 オセロはだいたいわかっていた。


 マントの下の足の位置から横なぎの抜き打ちなのは明らかだし、距離を考えれば鞭か投げものだろう。視線で顔面だと狙いもわかる。


 バレバレだ。


 ただ一つわからなかったのがタイミングだった。もう少し続くかと思ってた会話をぶった切って放たれた一撃は想定外で、流石に避けられなかった。


 鉄棒も左手も間に合わない。なので仕方なく、オセロは膝を落とし、顎を引いた。その僅かな動きで打点をずらし、鞭は額当てに当たった。


 額から首にかけて衝撃を感じながら、オセロはコクルボードの表情が笑みから驚きに、更に恐れに変わるのを見た。


 それでも鞭を引いたので、同じことを繰り返すらしい。


 飽きた。もう潰す。


 オセロは決めて距離を測る。二人の距離では、鉄棒の間合いに二歩足りない。だがそれを詰めるより先に相手の鞭の方が来るだろう。


 ならばと空いてる左手を腰の後ろに回し、吊り下げてた革袋の財布を掴んで顔面めがけて投げつけた。


 「ひっ!」


 目前に迫る財布にコクルボードは短い悲鳴を上げ、両手を上げて交差し、顔をかばった。


 しかし、オセロの財布は悲しいほどに軽かった。


 音も鳴らない衝撃に、コクルボードは安堵の表情で腕を開いた。


 その隙に、オセロは間合いを詰めていた。


 真下から掬い上げるような軌道で、オセロの鉄棒がコクルボードの下顎を砕き上げた。



 鼻血と涎と折れた歯をぶちまけながら仰向けに倒れたコクルボードに、ルルーは言葉がなかった。どうしてよいかわからず、ただ床で痙攣しているコクルボードを前に固まっていた。


 その衝撃はみんな同じで、動くのはオセロだけだった。


 オセロはそれを気にする風もなく、倒れたコクルボードを見もせず、鉄棒の先についた鼻血だか粘液だかをゴリゴリと床に擦り付けて拭っていた。


 それが終わって綺麗になって、改めてオセロはご主人様らへと向き直った。


 「きょろしなさい!」


 そのオセロが口を開く前に、七三ご主人様が叫ぶ。


 それでやっと固まってた男らが一斉に襲いかかった。



 始まった戦いは、ルルーの目から見ても、一方的で凄惨なものだった。


 それだけオセロは強かった。


 特別なことをしてるようには見えない。


 ただ軽々と鉄棒を振るうだけで誰かの血や歯が飛び、刃や骨が折れる。


 前からかかれば吹き飛ばされ、後ろから襲えば突き飛ばされ、同時に切り込めば同時に打ち倒された。


 蹂躙、としかルルーには表現できなかった。


 そしてあっという間に、立ってるのは三人だけとなった。


 壁際に立つルルーを、息も切らしてないオセロは見てもいなかった。


 代わりに見つめてるのは、足掻いている七三ご主人様だった。その髪を振り乱しながら倒れた男らに塞がれたドアを開けようとしていた。


 ガツン、とオセロが床を踏み鳴らすと、七三ご主人様は慌てて振り向いた。その顔は真っ青で、短い手足は震えていた。


 「あなた、こんなことを仕出かして、私を、私達を怒らせてただですむと思ってるのですか」


 がっつり震えてる言葉に答えず、オセロは黙ってその前へと歩き寄った。


 「ひいでしょう。今回はあなたに勝ちを譲りましょう。自由にルルーを連れてくといいでしょう」


 軽く裏返ってる七三の言葉にもオセロは止まらない。


 「あの、いいのですか? 私はヘッドエイクファミリーのデフォルトランド支部長で、あなたが倒したコクルボードさんは、その、あの」


 それでも何のリアクションのないオセロに、七三は耐えられなかった。


 「チキッショー!」


 七三は悲鳴に近い奇声を上げながら懐からナイフを抜き出し、オセロへと飛びかかる。


 だがオセロが軽く鉄棒を上げただけで、ナイフは簡単に手から弾き落とされた。


 ……僅かや沈黙、オセロは黙って七三を見下ろし、当然のごとく七三はそれに耐えきれなかった。


 七三は、顔と股の間から出せるだけのものを出して、その場にバタリと倒れた。


 オセロはそれを暫く観察して、鉄棒でつついて、反応がなくて、それでため息をついた。


 それから一呼吸、振りかぶり、一撃でドアを叩き壊すと、塞いでいた男らを跨いで通って部屋から出ていった。


 部屋で立っているのは、ルルーただ一人になった。


 こういうのは初めてだった。


 だけど、こうなったら何をやるべきか、ルルーは知っていた。

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