いとしいゲリラよ

 昇降口で途方に暮れていたら先生が貸してくれたのだ。折りたたみ傘は夜の色をしていた。すべての合唱曲を口パクで済ませていたことを先生は知っていたろうか。カロ・ミオ・ベン。返却は歌ってからにすべきだろう。だから返さないまま卒業したのは仕方ない。


 さて、傘を持たない男がうちへ転がり込んだ。かれはいろいろの所有を拒む。金とか家族とか約束とか。外で降られたらどうするの?

「コンビニでビニ傘買う」

 そうしていつのまにかどこかでなくしてくるから、町はかれのばらまいた傘であふれている。

「これあげる」

 借りたままの夜色を与えた。どうか落っことしてきてくれ。先生、拾ってくれ。今ならなんだって歌う。

 夕立はゲリラに名を変えた。



---------------

「カロ・ミオ・ベン」(Caro mio ben)は、「いとしいひとよ」という題の歌です。

#Twitter300字SS(お題:かさ)に参加

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る