謎の転恒星、現る

リューガ

謎の転恒星、現る

{情けをかけてやるぞ。仲間の最後を見せてやる! }


 内蔵から揺さぶられるような、重低音の声。

 雷や火山の音は、人間の恐怖を本能的に引き起こすというのは本当なんだ。

 落ち着け。

 捕虜になった時、言ってやるのは名前と管制番号だけで十分なんだ。

高橋たかはし 清治せいじ。5年2組。出席番号8番」

 どこかの戦争映画で見た記憶。

 そのご利益もそこまでだった。

 あたりは真っ暗闇。

 しかも手足を動かす感覚さえない。

 どうなってるんだ? これ?

 椅子に縛り付けられているとか、そういう感覚さえない。

 

 そう思ったら、目の前に光が現れた。

 ほの暗いダンジョン。

 そうとしか言いようのない土と石で覆われた空間がそこにあった。

 円形の壁と平らな床、真っ直ぐ伸びた形。 

 幅も高さも、3メートルと言ったところだろうか。

 銀色の金属板が、背骨と肋骨のような支柱に乗っている。

 ダンジョンの縁には水路が掘られ、地下水による水たまりとは無縁だった。

 これまで一度も日に当たったことのないひんやりとした空気がありそうだ。

 なのに、感触はない。

 かざしたはずの自分の手さえ見えない。

 

 そんなダンジョンの空気を一気に熱くさせるように、無数の銃火が轟音とともにきらめいた。

『グレネード! 』

 鋭い女の声が響いて一瞬。

 空間全体が白一色に染まった。

 轟音は人間の耳の性能を超える。

 グレネード。

 爆発によって、鉄などの破片をまき散らす武器。

 またの名を手榴弾。


 その輝きに照らされたのは、映画で見たような戦場だった。

 銃火を司るのは、艶のない黒一色の服を来た男女、ライフルマン達。

 全身にアーマーを着込み、手足をフレームで支え、関節をモーターで助けるパワードスーツを着ている。

 先頭に立つ防弾盾を持つ男が、スタングレネードがきらめく間に前進した。

 同時に、盾の後ろにいたライフルマンが、壁に向かって広がった。

 さらに多くの銃が敵にむけられる。

 前にもまして激しい銃火を放つ。


 だが、それでも敵には効果がなかったようだ。

 スタングレネードの効果が消えていく。

 金属同士の激しい衝突音が続き、まっすぐな軌道はねじ曲がり、床や天井に突き刺さった。


{痴れ者めが! }

 あの、僕を脅しつけた声。

 声の主は、ダンジョンを塞ぐ3人の衛兵の一人だった。

 身長は2メートルにおよぶ。

 頭から床に引きずるほどの、黒いマントで全身を覆っている。

 布は分厚く、毛皮のように毛羽立ち、爆風と光を受けると柔らかそうに波打った。

 そこから伸びる手は黒くて太い、指は四角いブロックを組み合わせたように見える。

 その手に握られているのは、身長よりも長い棒に、短いが尖った金属を着けたもの。

 槍だった。

 その、トンネルでは振り回すこともできない槍を、彼らは振ろうとさえしなかった。

 弾幕は、突如現れた赤い半透明の壁に阻まれ、左右に弾かれた。

 異能力のバリアだ。

  

 そう、異能力。

 概念宇宙論で示される、不思議な現象だ。

 宇宙概念捕捉率うちゅう がいねん ほそくりつ……通常物理学ではありえない現象を起こす力。

 未来から過去に向かって流れる、現在を形づくる情報をとらえ、使う力のことだ。

 僕たちの世界では、約20年前に突然あらわれた力。

 何万人かに1人。それまで何の変哲もなかった人たちが、その力をあつかえる異能力者になった。

 今や、同じような存在は世界中にいる。


 中にはその力を平和のために使う人もいて、そういう人々はヒーローと呼ばれている。

 だが、衛兵達がヒーローであるはずがない。

{虫けらが}

 衛兵達が、そう言って足を進める。

 見たこともない異星人なのに、日本語を使っている。

 概念宇宙論は、そういう異星とのつながりから発見されたんだ。


 僕の視線は、その戦場を天井から見下ろす、四方に向けられる監視カメラ程度しかなかった。


『Oh! ムシケーッラ! 』

 なぜか、ッラのところで巻き舌にした声が返ってきた。

 その声は、さっきグレネードを指示した女の声だ。

 今まで何もなかったはずの真ん中の衛兵の足元に、赤い何かが現れた。

 その次の瞬間、視界は反転した。

 視界が気持ち悪くなるほどノイズで覆う。

 それが収まった時、なんだ。体の感覚が蘇ってきたぞ。

 

 頭が重い。

 目隠しか何かされて、それが重いようだ。

 ぎこちなくしか手が動かない。

 体を覆うのは、布団の感覚だった。

 ようやく目隠しを外した。

 目を覆うところに箱がついている。

 銀色の金属製で、軽い。アルミかな?

「VRゴーグル? 」

 寝ぼけ眼で見せられていたから、実際より怖く感じていたのか。

「そういうことか」

だんだん腹が立ってきたぞ!

 

「う、うーん」

 近くからうめき声が聞こえる。

 VRからではなく、人間の生の声だ。

 僕は、土の床に引かれた布団に寝かされていた。

 それと同じ布団が2つ並び、2人の子供が寝かせられていた。


「メイコちゃん。メイコちゃん。起きて」

 黒髪の長い女の子から、ゴーグルをとる。

 白河しらかわ 明依子めいこ

 僕の同級生。

 それなりに仲がいいけど、寝顔を見るのは初めてだ。

 着せられているのは、ダブついた灰色のつなぎ。

 僕も押し着せさせられた、転恒星人からのダサさも、寝顔を視れた感動は消せない。

 名残を惜しみつつ、次の布団へ向かう。


「ジン。ジン。起きてよ。ここはどこかの得体のしれないところだぞ」

 中宮なかみや じん

 この男の子も僕の同級生だ。

 そして、体は同級生で一番大きい。

 大きめのつなぎも、こいつならピッタリだ。

 将来は相撲取りになりたいらしい。

 そのせいで、ゴーグルを外した後、体をゆするのも一苦労だ。

「……ネズミ! 」

 その一言で、ジンは自分から飛び起きてくれた。

「もう逃げてったよ」

 怯えた表情で見まわしていたジンは、僕の一言で安心してへたり込んだ。

「……また寝ちゃダメ! 」


 僕たちがいるのは、あのダンジョンの延長のような、6畳ほどの部屋だった。

 天井には就寝灯?

 壁にあったスイッチを押すと、明るい白に切り替わった。

 土の壁にはスチール製のコンテナが一面に詰み重なっている。

 コンテナが積まれていない大きな箱は、鉄板焼き機だと思う。


 そして部屋の入り口からは短いトンネルを通り、ダンジョンに続いているようだ。

 そうか。土壁は薄くできないんだ。

 でもダンジョンからは、頑丈なスチール製のドアが湿られている。

 カギはかかっていた。

 そしてその向こうからは銃声や、叫び声が引っ切り無しに聞こえてくる!


「お、おい。今は外に出るより、ここで籠城した方がいいんじゃないか? 」

 ジンが言った。

 布団をたたみながら。

「何でもトンネルに積み重ねて、バリケードにするんだ! 」

 そうだ。それがいい。

 ドアの前にまずは布団。

 つぎに一面に積まれたコンテナを運ぶ。

 コンテナは棚ではなく天井からのつっかえ棒で固定されていた。

「これは服ね。今はいらないから積み重ねて」

 メイコちゃんが中身を確認してくれる。

「これは冷蔵庫ね。漬物がはいってる」

 取り出されたタッパーからは、確かに漬物の臭いがする。

 でも詰まっていたのは、赤白黄色が混じった、大きなちょうちょうの羽のような物。

 触って、食べたことがある。

 白い部分はタクワンに似ている。

 色がついた部分は硬くて、シャリシャリする。

 歯ごたえは気に入った。

「衣食住。なんでも自分たちでやれ。って。ことかしら」

 メイコちゃん。食べるのはあとにしよう。

 

 狭いトンネルには、あっという間にコンテナが積み上がった。

 あとは手前に積んで厚くするだけ。

 そう作業を続けていると。

「危ない! ふせろ! 」

 突然ジンに、トンネルから引きずり出された。

 首の後ろの襟を掴まれ、コンテナが手からおちた。

 そして視界には、ドアから突き出す棒と、さっきまで僕の頭があったところで輝く鋭い金属が……。

 バリケードを難なく突き抜けた、あの槍だ。

 何度も繰り返される突きが、まずドアを、続いてバリケードを切り崩し、部屋の中にぶちまけた。

「うわあああ! 」

 叫び声を上げた僕らは、部屋のすみに逃げた。

 そしてそこらにあったコンテナを盾にする。

 でも、3人でひと塊になって、震えるしかないなんて思うなよ。

 槍男が顔をだしたら、一撃見舞ってやる!


 でも聞こえてくるのは。

{うわあ! スパイともめぇ! お前らは死刑だ! 死刑だぁ! }

 僕ら以上にうろたえる、衛兵の声。


「包囲しろ! 包囲しろ! 」

 外からは打撃音、銃声、足音の合間に聞こえる大勢の声。

「こいつ、まだ動ける! 」


 衛兵はバリケードをかき分けるようにして、部屋に入ってきた!

 外れたフードから現れたのは、黒いうろこでおおわれた顔。

 石みたいにゴツゴツした丸く、分厚い頬。

 目や鼻、口の場所は、分厚い肌に深く埋め込まれていたが、地球人と同じだ。


「うわああああ! 」

 今がその時だ!

 振り上げたコンテナを、脳天に御見舞してやる!

 

 ひときわ大きな衝突音。

{ギャッ! }

 衛兵はいきなり、バリケードの残骸から壁まですっ飛んだ。

 僕のコンテナじゃない。

 何か巨大な力が、外から打ち込まれたんだ。


「今の声は、セイジくん? 」

 外から声をかけられた。

「そ、そうです! そちらは地球人ですか? 」

 それに対する答えは。

「そうそう! 今、そっちへ行く! 」


 崩れたコンテナの上を、もぞもぞ。

 赤い物が乗り越えてくる。

 あの監視カメラの映像の中で、衛兵を吹き飛ばした赤だ。


 僕らはその姿をよく知っている。 

 まん丸のおなかに、短い首。

 くっついた頭には、前につきでた長いアゴ。

 胴体から飛びだす短い足は4本。その先には5本の鋭いツメ。

 そして全長2メートルほどの半分は、長くて太いしっぽ。

 ワニのような姿だけど、違うところもある。

 全身をつつむのは、赤くてフワフワした、ぬいぐるみの様な毛。

 ネコのような耳。

 そして背中からのびた二枚の、白鳥のような羽。


 ねえ、ユルキャラって信じる?

 僕らの街のユルキャラ。

「ああ、ボルケーナだ」

 僕らは心底ほっとして、コンテナを下した。


「さんをつけなさい」

 そうむっとして言ったボルケーナ……さんの声が、あの『OH! ムシケーッラ! 』の声だった。


{し、死刑だ。死刑だ! }

 衛兵の槍は、すでにへし折られている。

 それでも、最後の力を振り絞って体を起こそうとしている。

{ま、まさかあなたは。

 宇宙概念捕捉率を貯め込んだ存在……? }


 気づいたようだ。

 ボルケーナさんは、通常の異能力者とは大分違う。

 遥かな過去、何億年も前から概念を貯めこんできた種族なんだ。

 いわば、神。

 貯め込まれた力は凄まじい。

 現代に現れた当初は、世界を恐怖のどん底におとしいれ、未だに世界中に軍拡の嵐を巻き起こしている……。

 らしいけど、僕らはすっかりなれてしまった。

 今では、街に住むただのおせっかいだ。

 

 ボルケーナさんが、衛兵の背中に飛び乗り、フードをつかんだ。

 そして凄まじい力で後ろに引っ張り、首を絞め、その背をのけぞらせる!


{離せ! 離せ……ぇ}

 ここまでやられても戦意を失わない衛兵の心意気は素晴らしい。と言えるかもしれない。

 彼の目が焦点を結ばなくなり、全身から力が抜けていく。


「もういい」

 ジンが余計なことをいう。

 ボルケーナさんは手を放して背中から下りた。

 でもまあ、衛兵は悔しそうな表情のまま、気を失って突っ伏したな。

「ざまあみろ! 転恒星人め! 」


 外からは、ライフルマンたちがバリケードを片付けながら近づいてくる。

「みんな大丈夫か? 」

 先頭にいたライフルマンだ。

 僕らは「はい」と答えた。


 彼らの姿は、失礼かもしれないけど異形だ。

 異能力者大量発生と、それに伴う異能犯罪。それにテロ。

 それらの脅威を発明の母として、作られた各種兵器。

 それを扱うのが彼らだ。

「この人たち、PP社の人たち? 」

 僕の質問にボルケーナさんは、「そうだよ」


 PP社。

 ラテン語で、門の先駆者を意味する……。

 なんだっけ?

「ポルタ・プロークルサートルよ」

 答えてくれたのはメイコちゃん。

 20年前に起こった世界の大変化は、異能力者大量発生現象だけではないんだ。

 異世界大量接近現象。

 僕らより前に魔法と出会い、それを利用してきたい文明。

 それに、異なる物理法則のもとで進化してきた生物、怪獣が、つぎつぎにあらわれた。

 PP社はそういう数々の変化を、なんとか金儲けにしようとして生まれたセキュリティ巨大企業だ。

 怪獣の捕獲や駆除、その死体の販売。

 異なる文明との接触や、経済ルートづくり。

 今回みたいに誘拐や遭難者が現れれば、その救出。

 メカの研究開発なども行っている。

 呼び名は様々。

 ヒーローズギルド、お祭り自衛隊、ボルケーナの鉄拳。


 でも見た目道理、戦争屋と嫌っている人も多い。

 なんとなくだがメイコちゃんの表情も、そんなかんじがする。


 ゲームで見たとおりの姿だ。

 簡単ながら宇宙服を兼ねている、ドラゴンマニキュア・マーク4というパワードスーツ。

 全身を戦車の様な角ばった装甲で覆い、どこにも隙間がない。

 

 手にした銃も普通じゃない。

 一種類はILSS《イルス》。

 3つのレーザー銃口をもつ、大ぶりの銃。

 複数の波長のレーザーをぶつけ合うと、波長が強め合う領域と弱めあう領域が発生する。

 この干渉という現象を利用して、曲線を描くレーザー攻撃を放つ。

 干渉レーザー狙撃システム、Interfere Laser Snipe System。


 もう一種類はR9。

 アメリカで開発された小型電磁銃。

 タングステンの弾丸を電磁的に加速させ、火薬式中の5倍以上、マッハ5で打ち出し、反動がない。

 発射性能はフルオートはできず、単発、3点バーストのみ。

 Railgun Generation 9。

 それに、手のひらサイズの鳥や動物を模したロボットが、辺りを舞っている。

 ランナフォン。

 偵察用ロボットにスマホを取り付けたようなドローン。

 通信と偵察を手軽にできる。

 何個もネットワークでつながってるから、スーパーコンピュータのようにも使える。


 やった!

 思いだせた!

 

 ライフルマンの中には、腕に銃を作りつけた人もいる。

 さっき先頭で構えられていた盾は、手が触れることもなく、折り紙のようにたたまれていく。

 盾はその人の腕に作りつけられ、小さく収まった。

 ケプラーの様な防弾繊維の盾だったらしい。

 サイボーグ。

 体を機械で置き換えることで、能力を拡張した人たち。

 街で見かけることはあっても、こうして戦う姿を生で見るのは初めてだ。


 ライフルマンたちは、プラスチックベルトの手錠を異星人にかけた。

 頭にはVRゴーグルを。

 確か映像や超音波で、異能力に使う脳の働きを抑制するんだ。

 さらに僕らと異星人の間に、ライフルマンたちが並んで壁となる。


 それを見ていたボルケーナさんが。

「? 清治くん、殴られたの!? 」

 僕の頬を見て驚いた。

「応隆さん! 」

 ボルケーナさんに呼ばれ、転恒星人を見張っていたライフルマンの一人が気付いた。

 ポーチから大きな絆創膏をだして、貼ってくれた。

 そうか。この人が真脇まわき 応隆かずしげさん。

 PP社の社長で、ボルケーナさんの旦那さんだな。


「いえ、これは、アツシに裏切られたんです」

 久保田くぼた 篤史あつし

 こいつも僕らのクラスメートだ。

 まさかあっち側につくなんて!

 あいつは金の亡者だから、買収されたのかもしれない。


「そのアツシくん。裏切っていないよ」

 そう言ったのは応隆さんだ。

 どういうことです?

「ここに君たちが閉じ込められていると知らせてきたのが、アツシくんだからだ」

 そうだったのか!

「彼から定期的にメールが送られてくる。居場所は分かるよ」

 うまく立ち回ったんだ。


「ねえ。みんなスマホ持ってたよね」

 ボルケーナさんが聴いてきた。

 その手には、自分のスマホが。

 この人の体はボルケーニウムという変幻自在の超常物質だから、体の中にいろんなものを入れている。

「そんな物とっくにとられて……あれ? あった」

 僕らのポケットにはいっていた。

 電源は切ってあったから、バッテリーはある。

「きっとアツシくんが入れてくれたんだね。

 アプラーマーのアプリをダウンロードしてほしいの。新型のボディーアーマーだよ」


 知ってる。

 アプリのアーマー。略してアプラーマー。

 と言っても、ゲームの中だけど。

「そっか。今からかメールを送るから、そのサイトへ飛んでね。そしたらパスワードを入力する」

 え?

 こんなところでネットが使えるの!?

「ぺネトにサーバーが積んであるの。超時空通信機能付きのね」


 ぺネト! 

 また人をホッとさせる名前だ。

 ファイドリティ・ペネトレーター。

 誠実な突入者という意味の名前を持つ、PP社の宇宙戦艦だ。

 その通称がペネト。

 気のいい人工知能を搭載している。

 人間サイズのロボットを持っていて、いつも港横のショッピングセンター近くにいるのでよく会うんだ。


 数分後、僕らのスマホには新しい赤いアプリができていた。


{う……ん。ここは? }

 転恒星人が目を覚ましたようだ。

 表情全体は鱗のせいであまり変わらないが、その声は悔しそうに下がっていく。


 アプラーマーのアプリをタップした。

 ボルケーナさんの体から赤いオーロラのようなものが流れ出る。

 それが、彼女のスマホに吸収されていく。

 吸収されたボルケーニウムは、デジタルデータに変換され、僕らのスマホから出力される。

 出力されたボルケーニウムが僕達の周りで真っ赤な竜巻となって包み込む。

 竜巻はブゥーンという音とともに、ノイズ状に四角くまとまり、全身を覆っていく。

 ボルケーニウムが、硬い金属となって固定される。

 変身ヒーローさながらに、分厚いパワードスーツの完成だ。


 ボルケーナさんの説明は続く。

「これで宇宙へ飛び出しても平気だよ」

 僕らの姿は、赤い見た目と銃を持たない以外はPP社のライフルマンと同じになった。

 かるく手足を動かしてみる。

「力が強化されてる感じがしないね」

 僕の疑問に、ボルケーナさんは。

「仕方ないよ。そういう機能は体のバランスを取らないと、すぐ転ぶんだ」

 なるほど。生兵法は怪我の元。か。

「ただし、衝撃を食らうと固くなるし、慣性制御もできる。大砲で撃っても死なないよ。炎やレーザーみたいなエネルギーなら、自分の電気エネルギーに変えてバッテリーに貯める」

 左腕のアーマーの隙間に、スイッチがある。

 それを押すと腕のアーマーが開いてスマホ画面が現れる。

 ここもゲーム道理か。


 大柄なアプラーマーが、肩を落とした。

「あんまり得体の知れない力は使いたくないな」

 ジンが全く持って共感できることを言った。

「神の力を使いすぎるとバカになるって言うし」

 マスクの下から、メイコちゃんが眉をひそめたのがわかる声。

 彼女はシスター見習いだ。

「それは聴いたことないわ」

 

 まあ、準備はできた。

 外へ出よう。

 ドアの向こうには、もう2人の転恒星人が同じように確保されていた。


 次に、ボルケーナは転恒星人たちに話しかけた。

「聴いてください。

 あなた達には、今後敵対しない限り、身の安全を保障します。

 そして裁判権が与えられます。

 裁判では自分の意思で語っていただくため、黙秘権が与えられます。

 そしてあなた方の発言が裁判に採用された場合、ご自身の不利になることがあります」


 警察ドラマでありそうな、権利の読み上げ。

 でも、その様子は僕らにとって、「あああ!!! 」という感じだった。

 だって、その時のボルケーナさんの姿は。

 ドラゴンマニュキュアを、強引に押し上げる胸と腰。

 ヘルメットははずされ、長そうな黒髪を、首の後ろで丸めて一まとめにしている。

「定時連絡などをしないと、あなた達の仲間が押し寄せてくる。

 そういう申し合わせ事項があるなら、実行してください。

 安全が確保されれば、我々のキャンプへ連れて行きます。

 君たちもそれでいいね」


 そう言って、自慢げに振り向いた。

 ス、すごい美人だ! 

「ビジネス用だよ」

 シャープな顎と鼻筋の通った顔立ちは、精悍なイメージを感じさせる。

 これなら、応隆さんが惚れたのも納得できる!

 ボルケーナさんは、ニヤニヤ。

「じゃあ、私たちのプロポーズって、知ってる? 」


 思いだすたびに、心が痛むよ。

 応隆さんの妹に、達美さんという高校生がいるんだ。

 有名なアイドルで、よくテレビにもでてた。

 山の上にある異能力者専用の学校、魔術学園に通ってる。

 その人が、大勢の学生と一緒にスイッチアという惑星へさらわれたんだ。

 そこには無駄な争いを続ける人間やほかの知的生命体がいた。

 魔術学園の人たちが言っても、それは変わらなかった。


 ボルケーナさんは嘆き悲しんだ。

 そして、PP社と一緒にスイッチアへ乗り込むことに決めた。

 結果、ボルケーナさんの力を見たとたん、スイッチアの知的生命体はひれ伏したそうだよ。

 そして必死になって、命乞いや自らの売り込みを始めた。

 その情けなさにボルケーナさんが言った言葉が「応隆さんと結婚させないと皆殺しにする! 」。


「何いぃ! 」

 突然響く鋭い叫び。

「誰だ! そんなデタラメを言ったのは! 」

 今までクールで落ち着いていた応隆さんだ。

 僕に掴み掛って聴いてくる!


「やっぱり、そういう目で見られるのね」

 ボルケーナさんは悲壮な表情でうつむいた。


「が、学校の噂ですよ。大体みんな聞いたことがある。

 でも安心してください。

 太田先生とかは聞くたびに止めさせてますから」

 締め上げる力が、少し弱まった。

「太田先生って、誰だい? 」

 太田おおた さとし先生。

「僕らの担任です。

 2人とも好きだと言い合って結婚したんなら、口出しすることじゃない。言ってました」

 普段は、PP社嫌いなのに。


 手はすぐ離れた。

「ごめん」


 次に上がったのは、あのこもる声の転恒星人だ。

{一言話させていただきたい! }


「黙ってろ! あの、その太田先生をこっちで見ませんでしたか!?

 1週間前から行方不明なんです。

 顔に大やけどがある男の人です! 」

 PP社員たちは申し訳なさそうに首を横に振った。


 その間も、転恒星人は口を止めない。

{我々がバカな種族であることは、よく分かりました!

 それもこれも、親の代から地底世界に生きたためだ。

 宇宙にちっとも目を向けなかったからに違いない!

 広い知識を身につけなかったからに違いない! }


 こいつら、僕らの時と態度が違う。

 ボルケーナさん達にぶっ飛ばされたからかな?

 なんだかんだで巨大な力って便利なんだ。


{すべての原因は、わが惑星系の中心にあった恒星が、赤色巨星だからです。

 我々の星では、恒星の熱から逃れるため、地下で生命は進化しました。

 しかし数十年後には、いよいよ我々の星が恒星に飲み込んでしまう事がわかったのです}


 へえ。

 ボルケーナさんの話がよほどうれしかったんだね。

 転恒星人は恭しく、ますます饒舌になる。


{そんな我々の、矮小な思想の産物!

 それが転恒星システムなのです。

 赤色巨星を切り取り、他の場所で発電するシステム! }


 ストップ!

 太陽電池なら知ってるけど、転恒星システムに需要あるの?


「あるんじゃない? 」

 声を上げたのはボルケーナさん。

「ダイソン球って知ってる?

 恒星のまわりを、ぐるっと囲む太陽電池などの事だよ。

 小型で持ち運びできる物なら、需要あるよ」


 転恒星人は、僕らにも話しかける。

 媚びてるつもりかな?

{あなた達にも、申し訳ないことをしたと思っています。

 転恒星システムを銀河列強で販売した暁には、お詫びをさせていただきたいと存じます}


 銀河列強とは、僕らの銀河系に住む文明種族の同盟だ。

 それも一つだけではなく、争ったり仲良くしたりして、銀河社会を構成している。


{この計画が成功すれば、我らの星の地表さえ、地球のように生存可能な状態にできます!! }


 そこへ、ご招待します。ってか?

 もう我慢できない!

「うそつけ! 自力で何も解決できない、ポイ捨て野郎のくせに! 」

 僕が怒鳴ると、転恒星人は硬直して何もしゃべらなくなった。

 

「こら! 今、捕虜にするって言ったばかりだぞ! 」

 青ざめたボルケーナさんに止められた。

「なんでそんなにぷりぷりしてるんだ? 」

 その姿は、いつものワニネコ天使だった。

 僕の顔が、そんなに恐ろしかったらしい。


「自分でもびっくりだよ! 」

 叫びながらも、歩みは進む。

 ダンジョンの距離はせいぜい20メートル。

 その壁中に弾痕や槍の切跡がある。

 これまでの激戦がわかる。


「ところで、この人たちは何という諸族なの? 」

 話題を変えるつもりかな。

 メイコちゃんの質問に、ボルケーナさんは肩をすくめた。

「それが、わからないんだ。

 私たちの知識は、銀河列強に参加してる人たちだけだから」


「じゃあ、新種ってわけ?

 私たちの名前がついたりするの? 」

 メイコちゃんにボルケーナさんは「さあ? 」とだけ言った。


 出口は、スチール製の一階建ての建物だ。

 ダンジョンの入り口というより、物置だな。

 そこから先は、灼熱地獄。


 外には、PP社の装甲車が3台並んでいた。

 ひし形の装甲を支えるのは、先にモーター内蔵タイヤをつけた、歩行もできる6本足。

 キッスフレッシュ装甲車だ。

 カテゴリーは、SMBVRKE(シムブバーク)対策車。

 意味はScience:科学兵器・Magical:魔法戦術・Biological:生物兵器・Void:真空・Radiological:放射性物質・Kaiju:怪獣・Explosive:爆発物・対策水陸両用車両。


 タイヤ走行で時速150キロ。

 車体左右にウォータージェットがあり、水上で時速120キロ。

 いきなり宇宙空間に放り出してもイオンジェットエンジンで大丈夫というやつだ。

 そして車体上には、リモコンで動く機関銃か大砲がそれぞれ乗っている。

 人によっては、恐ろしげな光景だろう。


「待って! さっき、怒ってるのが自分でもびっくりだ。って言ったね」

 僕の目には周りに広がる光景が恐ろしく見える。

「あれが理由だよ」


 ここに捕まる直前にも見た。

 新しく刻まれた直線は、PP社のタイヤ跡かな?

 真っ赤で、真っ平らな大地が。

 まっすぐ地面に埋め込まれ、所々でわかれているコンクリートの溝。

 きっと水路だった物。

 土には何らかの植物が何列も、一直線に並んでいる。


「ここは広い畑なんだね」

 ボルケーナさんに聞くと、「そうだよ」と答えてくれた。

 でも、作物はどれも干からびて枯れていた。

 その向こうに見えるのは、果樹だろうか。

 やはり枯れているんだろう、大きな植物の影が並んでいた。

 

 乾いた大地に転がっている、煙を上げた金属の塊が、5個6個。

 元は4本足や6本足の、全長5メートルほどの作業用ロボット。

 転恒星人の持ち物の、なれの果てだ。


 僕達が住んでいる街は、名前に市はついてるけど、自然が多い。

 山と海があり、農業も漁業も盛んだ。

 僕の家でも、小さい畑と農業会社に預けた田んぼがある。

 まあ、田舎だな。

 田舎過ぎて、国連の世界農業遺産になった。


 僕は、刺激に乏しい街を出て、都会での暮らしをしたいと思っていた。

 愛郷心なんて、学校の授業ぐらいでしかお目にかからない物だと思っていた。

 だけどそれは間違いだった。


 畑の枯れた苗を引っこ抜いたりちぎったりしてみた。

 あの漬物と同じ、ちょうの鱗粉のような物がキラキラとこぼれた。

 けど、生きてる様子はなかったよ。

 畑には雑草さえ生えてない。

 雑草さえ生える前に水が無くなったに違いない。

 見慣れないタイヤ跡が、何本も走っていた。

 PP社の他の部隊かもしれない。


「この無残な畑を見たとき、僕は確信したんだ。

 この世界には、何もできないくせに威張り散らす奴がいるって」

 転恒星人には熱さへの耐性があるから、平気だ。

 それどころか、怖くてプルプル震えていた。

 でもその目が、僕を見ることはないんだ。


 真っ平らな大地は、所々で砂埃さえ上げながら続いていく。

 そしていくだけいくと、そこから太い、あまりに太い銀色の柱が立っている。

 あまりに非日常な風景で、大きさのスケールがわからないや。

 

 支柱には、大きな穴が開いている。

 それが上から下まで、びっしりと。

 鉱山の代わりに削ったあとだ。

 強度には問題ないと言っていたけど、ほんとかな?

 支柱は半円形に天を横切って、頂点で横棒を支えている。

 柱の間にはめ込まれたのは、ガラスか?

 それとも透明なバリアか?


 それはともかく、赤い光はその向こうから届いていた。

 謎の転恒星が、そこにあった。


 眩しくてみていられない。

 と思ったら、ゴーグルが光をおさえ、見やすくしてくれた。

 それに浮かぶ丸い赤。それは太陽と同じ恒星だ。

 ただし、太陽とは違う光を放つ星。

 その周りには何重ものリングが、びっしりと周りをかこっている。

 僕らがいるのも、そのリングの一つ。

 転恒星人の居住区であり、恒星発電所でもある。

 そして恒星ごとワープさせる宇宙船。

 そのリングの向こうから、細切れ状になった白い、まばゆい光が見えている。

 それが、僕らの太陽系の主星、太陽。


 なぜあれが謎の転恒星と呼ばれるようになったかは・・・・・・メイコちゃん、説明を。

「新聞くらい読みなさいよ。

 10日の時点でもう載ってたわよ」

 ムッとしたようだけど、ひと呼吸おいて話し始めた。

「太陽を観測した天文学者が、プラセオジムとネオジムという物質を見つけた。

 どちらも普通は太陽にあるはずのない物質よ。

 考えられることは、プルトニウムやウランを太陽に放り込み、それが分裂して別の物質に変わったこと。

 つまり、誰かが核廃棄物を捨てたのね。

 ちょうど、太陽の周りを回る観測衛星「ひのいり」があった。

 その映像を解析したところ、地球から太陽を挟んだ反対側に、偽装された小さな恒星があることが分かった。

 不思議なことに、その光はヘリウムを核融合した物だった。

 太陽なら水素を核融合する物なのに。

 それに、ヘリウムでできた恒星は太陽よりはるかに大きな赤色巨星と言われる物。

 それでついたな通称が、謎の転恒星」


 ゴトゴト揺れる、装甲車の客室(?)。

 冷房が効いてるから、ヘルメットはいらない。

 ここって、窓がないんだ。

 そこが、拍手で包まれた。


 僕らは壁を背にした席で、向かい合わせで座っている。

 僕ら3人の前には真脇夫妻。

 残りの席には一緒に突入した7人のPP社員。

 転恒星人は他の車だ。


「ねえ。お腹すいてない? 」

 ボルケーナさんが聴いた。

 そう言えば、すいたね。

 それでも食事は3食でました。

「食事はでた。っと」

 ボルケーナさんが、今言ったことをスマホに書き込んだ。

「椅子の下にハッチがあるぞ」

 ジンが見つけた。

「そこは水中用のウォータージェットです」

 真空パックに入った、硬いハンバーグを渡された。

「それでは、これまでに起こったことを話してください」

 次に話しかけてきたのは応隆さん。

 マスクが外れると、そこから現れたのは、線の細い顔。

 目には水中ゴーグルみたいな、ずり落ちないメガネをかけている。

 どう見ても戦場には似合わない。

 特撮番組にも似合わない。

 なんというか、ショタ系で人気のあるアイドルみたいだ。

 心配そうな目が僕らを見ている。


 そうだ。

 この人は子供のころから天才科学者として有名になったんだ。

 そして政府とか、変な秘密組織からの無茶振りされ続けた。

 それが収まったのは、ボルケーナさんと付き合い始めたから。

 そして、自分と同じような才能ある人を無茶振りから守るため、PP社を作り上げた。

 確かそんな話だ。


「……全部、僕が悪いんです」

 そう言ってしまうと、なんだかやけっぱちな気持ちになる。

「14日の放課後です。

 試作品のゲームに偽装して、メールが送られてきました」

 頭を抱えたいとは、このことだよ!

 こんなベタな手に引っかかるなんて、パパとママに叱られる!

「「無能な地球人よ この世界を救ってみたまえ」で始まる、やたら挑戦的な紹介文でした。

 みんなは反対したのに、YESを僕が選んだら、突然ポルタが開いて、ここへ……」

 ポルタ、門。

 PP社の活躍と共に広まった、異世界への門の呼び名。


「こいつだけを責めないでくれ! 」

 ジンが、僕の言葉を遮った。

「反対したって言っても、宿題をするかどうか悩んだだけなんだ。

 こうなるなんて、だれも予想できなかったよ! 」


 周りから「なんだ。力づくじゃないのかよ」とつぶやきが聞こえた。

 それでも、真脇夫妻の雰囲気は優しいままだ。

 応隆さんが言う。

「分かっている。そのメールのサンプルなら回収して解析済みだ」


 メイコちゃんも話しだす。

「それに、転恒星人の私たちへの要請もむちゃくちゃです」

 静かな怒りという奴だろうか。

「彼ら望んだことは、未完成のリングを完成させることです。

 しかも地球人には絶対ばれないように。ですって。

 リングを完成させる理由は分かりませんでした。

 どんなに聴いてもおしえてくれなかった。

 当然、技術者でもない私たちは、そんなの無理です。

 それが許せないって言ったら、閉じ込められたんです! 」

 

 ボルケーナさんが問う。

「そのさらわれた人は何人ぐらいいるの? 」

 僕らが見たのは、30人くらいでした。

 でも、僕らより前にさらわれた人もいるから、どこかに閉じ込められてるかも。


 その時だ。

 ずっと夫婦の隣で待機していたライフルマンが口を開いた。

「社長。1分後に敵からの砲撃が始まります」

 突然のことだ。

 他の人からや外からは、何の前兆もない。

「迎撃準備に入ります! 」


 応隆さんが。

「許可する! 砲撃自体はすでに予知されたことだ! 準備道理にやれば問題ない! 」

 予知。予知能力者だったのか。

 予知能力者の指が、空中ですばやく動く。

 あのマスクはVRゴーグルを兼ねていて、内側からはキーボード、地図や報告書などが見えるんだろう。

「それと、気になる予知があります。

 僕達が追い付いた時、敵の一陣が突撃してくるのが見えました。

 その間に、指揮官らしき一陣が距離をとり、地下へ逃げます。

 しかし、最初に突撃してきた一団が、どうやら地球人のようなのです」

 

 僕が答えた。

「突入してきたロボットの中に、赤い4本足の奴がいませんでしたか? 」

「ありました」

 だったら間違いない。

「それが、僕らにあてがわれたタイプなんです。

 その赤い奴はアツシです!

 そうか。

 奴らのロボットは遠隔操作できるから、地球人が乗ってるロボットを足止めに利用したんだ! 」


 その時、車が急に左右にカーブしながら走り始めた。

 ミサイルを交わすためだろう。

 シートベルトと背もたれに、強烈に押し付けられる!


「あと30秒! 」

 予知係の声にはじかれたように、応隆さんが矢継ぎ早に指示を出す。

「ボルケーナ! 君も迎撃に加われ! 」

「あいよ! 」

 ボルケーナさんは丸めていた尻尾をのばし、器用に尻尾だけで立ち上がった。

 そのまま天井まで体を持ち上げりと、天井に手をついた。

「あんた達も、ヘルメットをつけなさい! 」

 天井から外に出るドアがある。

 そこから屋根の上に登って行った。


 もう、僕らにできることはない。


「手前の一陣はEMPで足止めしたのち、地球人を救出する。

 後方はダーク・ギャラクシーの空爆に任せろ! 地下へ逃げこませるな! 」

 応隆さんの言うEMPって、電子機器に強烈なダメージを与える電磁波だよね。

 雷からも発生するけど、この場合は兵器としての事だろう。


 近くにいたランナフォンから、叫びが聞こえた。

『切っ先より各局へ!

 手前の突撃部隊には、たしかに地球人の人質が乗っています!

 ……砲撃! 来ます! 』

 

 空いたままのドアをつかみ、屋根に仁王立ちするボルケーナさん。

 その長い口をすぼめ、小さな火の玉を連射する。

 そのたびに野太い重低音の銃声が響く。

 

 空の彼方から聞こえる爆音は、迎撃に成功した砲撃だろう。

 だけどすぐに、横からも聞こえるようになった。

 そのたびに車体が揺れる。

 決して遠くではない場所での、爆発。

 規則正しい爆音が、それに重なってきた。

 先に行ったPP社の砲撃かな?


「敵突撃部隊がきた!

 でも、後方部隊との切り離しがうまくいかない! 」

 ボルケーナさんの報告だ。

 応隆さんも立ち上がり、天井から頭を出して状況を確認する。

「ぺネトを俺たちの後方に召喚しろ! ダーク・ギャラクシーを追加する! 」

 その指示を聞いたボルケーナさんがしたことは、天高く口笛を吹くことだった。

 そんな妻の行動は、的外れなことではないらしい。

 すぐに次の指示がでる。

「前方に突撃部隊のロボットが擱座! 救助に向かう! 」

 そう言って下りてきた。


 急ブレーキ。土の上での長い滑り。

 車が止まると、客室(?)後ろの壁が、下りてタラップになった。

「降車! 」

 その応隆さんの一言だけで、7人のライフルマンが駆け下りた。

 サイボーグの社員は、人間とは思えないスピードで走る。

 そうでなくてもアーマーの背中には、機械の翼をのばしたジェットパックがある。

 レーザーで爆発された圧縮空気を噴射して、一瞬で視界の外へ飛びあがる。

 屋根のボルケーナさんも後ろへ駆け下りた。


 行先には、物置にでも使われそうなコンテナに6本足をつけたようなロボットがへたり込んでいた。

 その足は太く、力がありそうだ。

 しかしそれを覆うのは、装甲というより、ただのカバー。

 薄い鉄板の箱に納めてるだけだ。

 背中には地球のクレーンそっくりの機械が。

 その色は、緑だった。

「コックピットはここから見て左の、足の付け根です! 」

 メイコちゃんのアドバイス。


 運悪く、コクピットはふとい木を押し倒し、ふさがれていた。

 周りは、枯れ木しかない果樹園だ。


「大丈夫! 」

 最後に下りた応隆さんが止めた。

「さっき戦ったロボットでわかっている! 」

 そして、部下たちに加わっていった。


 そのさらに向こうには、相変わらず枯れた畑が続く。

 ここは巨大なリングの中だから、畑はすこしづつせり上がっていく。

 最後は空気でかすむ天井の向こうへ消えていく。


 それを背景に、光が生まれた。

 僕のスマホから、謎の転恒星まで導いたポルタの光。

 ただしスマホの時よりはるかに大きい。


 ぺネトが。

 宇宙戦艦ファイドリティ・ペネトレーターが純白の姿を現した。

 全長241メートル、重量は5万0142トン。

 それを押しだすのは、後方で青白い光を放つ反物質エンジン。

 そこから先は、6輪の巨大なタイヤ。


 詩的な人なら、海を走る船を思わせる半楕円形の船体を優美だとほめるだろう。

 前方から飛び出す巨大な4本のアームは、リキッドアーマーという、衝撃分散線維の内側に液体の入った装甲だ。

 普段は柔らかくて肌触りもいい。でも強力な衝撃を受けると固く固まる。

 その手を振りながら、「こんにちは。私はファイドリティ・ペネトレーター。ぺネトと呼んでください」とあいさつした。

 気のいい人工知能なんだ。

 艦首には大きくくりくりした、大きな目玉の様なカメラが。

 これを可愛いという人も多い。


 正直、ゲームでの扱い、つまり一般のイメージは強力とは言えない。

 元もとが20年前に作られた最初の世代で、しかも調査船を改造した物だからだ。

 ゲーム内では、補給艦として扱われている。

 ちなみに、そのゲームでは僕らをモデルにしたキャラも出ている。

 ボルケーナさんの直属部隊で、総務部。

 トイレットペーパーを配ったり、ネズミの大群と戦ったり、結婚式を取り仕切るのが任務という変なユニットだった。


 でも、僕が思ったことはただ一つ。

「早く何とかしてくれ! 」


 その願いが通じたのか、艦橋上から次々に黒い無人戦闘機が射出されていく。

 あそこに垂直式ミサイル発射管があるからだ。

 そこから現れるのが戦闘ドローン、ダーク・ギャラクシー。

 円形の機械的な旗手と、人工筋肉でできた翼。

 この翼は足にも、水中でヒレのように使える。

 エンジンはぺネトの物を小型化させた反物質エンジン。

 宇宙も飛べるそのパワーで、四方へ散っていく。


 その時、僕らの乗る装甲車の車体が50センチほど浮き上がった。

 キッスフレッシュの足が伸びたんだ。

 タラップをめり込ませないためかな?

 バックしながらボルケーナさん達に近づく。

 車体を近づけ、盾にするつもりだろうか。


 カーブすると、違う景色が見えてくる。

 新たな不安が膨らむ。

「僕らの扱い、ぞんざいになってないよね? 」


 ドアの向こうに映り込んだのは、4本足の転恒星ロボット。

 その色は、赤!

「アツシ!? 」


 大きな赤い影が、飛びだそうとする。

 当然、ジンだ。

 メイコちゃんも思わずだろう。続こうとした。

「まって! あの関節を見て! 」

 それを僕が止めた。


「ロボットの関節から火花が止まらない! 」

 まさか。

 ロボットの上を見上げると、もうやって来たダーク・ギャラクシーが、羽ばたきながらとどまっていた。

 その様子は、悪魔じみた猛禽が今まさに食らいつくように見る。

 そうだ。思いだした!

「指向性電磁波兵器!

 自分には影響を与えず、対象の電子機器を破壊する。

 今近づくと、僕たちのスーツも止まっちゃう! 」

 ロボットは足を上げることさえできず、ふらつきながら水路に躓いた。

 そして、乾いた地面に勢いよく突っ伏した。


 でも、ロボットのハッチは開かない。

「ハッチが土にはまったぞ!

 装甲車のボディに、スコップが止めてあったな?! 」

 ジンは、さっき飛びだそうとしたときよりは落ち着いた様子で聴いてきた。

 うん。あった。

「距離は40メートルほど。このスーツのジャンプですぐ行ってこれるな! 」

 前言撤回。そうでもない。

 確かに僕らのスーツには、近距離なら(それでも数十キロ)飛行できるジェットパックがついている。

 背中からは、自分の意識に反応して動くサブアームも。

 でも。

「待ってよ! それはゲームの中での話だろ!

 いきなり使っても、外れてどこかに落ちるのがオチだ」

 その一言に、さすがのジンもたじろいだ。

 車が止まる。


 悔しい。

 ボルケーナさん達は枯れ木に突っ込んだロボットにかかりきりだ。

 

 その時、飛行機雲をひきながらダーク・ギャラクシーに向かう、小さな影が見えた。

 ミサイル!?


 ダーク・ギャラクシーから四方八方に、光りと煙が花火のように飛び散った。

 チャフだ。

 宇宙でも燃えるよう、酸化剤を混ぜて燃える熱源。熱センサーを引き付ける。

 レーダー波を乱反射させる金属片、カメラから身を隠す煙幕。それらをまとめてぶちまけた。


「あ! 逃げた! 」

 ダーク・ギャラクシーが!

 でもドローンが飛び去っても、ロボットは立ち上がらない。

 止めはさしたようだ。が、もうすぐチャフに包まれる。

 相手を見失ってしまう!


「……だったら、走っていくだけだ! 」

 ジンの決意は固かった。

 そして飛びだした。未だ銃声が鳴り響く世界に。


「ま、待って! 」

 僕とメイコちゃんも後を追う。

 ジンは宣言どおり、スコップに組みついていた。

 パッチン錠を外し、もって走りだす。

 見ればバールとクワが残っている。

 僕はクワを、メイコちゃんはバールを持って走る。


 しばらくの間、鳴り響く爆音と砲音しか聞こえなかった。

 PP社の人型ロボットや戦闘車両が、あちらこちらで転恒星のロボットを撃ちまくっている。

 彼らが撃ちまくるのは、機関砲。

 ブラックアウトボム。停電爆弾。

 たしか、炭素繊維をまき散らして、コンピュータをショートさせる爆弾があったはずだ。

 応隆さんの指令が徹底されているなら、それの砲弾バージョンを使うはずだ。

 そう願いながら走った。


 人型は、2種類ある。

 身長7メートルほどの、分厚い装甲を持つのはオーバオックス。

 手足にある6つのタイヤの作りから分かるように、キッスフレッシュとほぼ同じ構造を持つ、可変高規格双腕重機。

 どちらかというと重装甲で、地上戦に強い。

 今も、重量を載せた鉄拳が、転恒星ロボの膝を打ち抜いた。

 大きさではるかに勝るロボットが、力なく倒れてそのままになる。


 もう1種類はドラゴンドレス・マーク4。

 応隆さんがPP社で作り上げた、宇宙戦にも特化したロボットだ。

 装甲が薄く、関節も細いが、背中には反物質エンジンがある。

 ときどき数十メートルもジャンプすることで、突撃を仕掛ける敵を立体的に追い詰める。

 

 戦闘車両も、ロボットの盾となって戦う。

 こんな平らな畑では、分厚い装甲に隠れるしかない。

 大砲と分厚い装甲でできた砲塔、全体に増加装甲を施したキッスフレッシュが、その役目を担っている。

 

 ホバー走行で、土煙を巻き上げながら左右に素早く機動する車両もある。

 マークスレイ。

 4本足の先にタイヤがついているのは転恒星のロボットに似ているけど、ジェットエンジンを車体下に噴射できる。

 他よりは小型の火器をつかい、連射速度や小型ミサイルを矢継ぎ早に放つ。

 陣形の隙間を埋め、這い出すロボットを容赦なく押し戻す。


 ほんとに、無傷でお願いしますよ!

 しつこく願いながら、アツシが乗っているはずのコクピットに走る。

 すぐにチャフで見えなくなる視界を、かき分けながら。


 最後は手繰りしながら、たどり着いた。

 ヘルメットをくっつけるようにして、コクピットを探す。


「ギャー!! 」

 僕は腰を抜かしそうになった。

 白い変な化け物が! うごめいてる! 

「落ち着け! ただのエアバッグだ! 」

 ジンが諭した。 本当だ。

 エアバックを押しのけて、小柄なアツシが姿を現した。


 予想道理、ドアは畑にめり込んでいて開かない。 

 僕とジンはドアを邪魔する土を掘りだした。

 ジンのパワーはすごい。

 あっという間に邪魔な土をどけてしまう。


 いきなり、ブゥーンと重苦しい音が聞こえてきた。

「ロボットが! 立ち上がるわよ! 」

 メイコちゃんが言うとうり。

 ロボットはゆっくりだが確かにへたった足を延ばしていく。

 EMPが足りなかったの?!


 いったい誰を恨めばいい?

 社長の応隆さんか?

 管理システムの中枢、ぺネトか?

 それとも、ダーク・ギャラクシー独自のAIか、それをプログラムした誰か?


 立ち上がり切れば、コクピットの高さは10メートルにもなる!

 チャフも晴れていない。

 幸いなのか、ドアはゆがんでいなかった。

 中からアツシが泣きそうな顔をだした。

 まだ3メートル。

「飛び下りても死ぬことはないぞ! 」

 でも、危険なことは変わりがない。


 その時だ。

 ゴーグルの内側に、小さなウインドウが割り込んできた。

 スーツのCGが現れ、その背中に搭載されたサブアームが伸びていく。

 スーツの上からもう一つの人影が落ちてくる。

 スーツはそれを抱きとめ、後ろに倒れる。

 サブアームは地面に手を突き、倒れるスーツを支えた。

 そうだ! これがやりたかったんだ!


「みんな! サブアームを使うんだ!

 後に倒れる体を支えるイメージを持って! 」

「でも、どうやって動かすの? 」

 メイコちゃんはこの手のゲームをしなかった。

 忘れてた。

「ただ考えるだけでいいんだ。背中にもう一本、長い腕があるのをイメージして! 」

 そのアドバイスだけで、3人ともアームをのばせた。

「アツシ! みんなで支えてやる! 降りてこい!! 」

 ジンに言われて、アツシは泣きそうな顔になった。

 でも、僕らの距離はもう5メートルにもなっている。

「飛び下りろ! 」

 僕の一言と共に、アツシは飛び下りた!

 僕ら3人の、ちょうど真ん中に。

「大丈夫か? 」

 しっかりゆっくり、サブアームはショックを支えてくれた。


「その声は、セイジか? ごめん。みんな捕まるよりは、僕が残ってた方がいいと思って」

 それが、第一声だった。

「何言ってんだ。

 君のおかげで助かった。

 無事でよかったよ」

 

 アツシは、僕の声を聞いて安心したように微笑んだ。

 でも、すぐに顔をしかめた。

 無理もない。

 少しでも当たれば気を失いかねない熱さだ。

「急いで車に戻ろう」


{動くな! }

 重低音の声。


 背中を蹴飛ばされたような衝撃。

 なんだ? 何が起こった!?

「セイジくん! 」

 地面をボールのように転がっていく。

 回る視界のなかで、ゴーグルに映されたメッセージとアナウンスだけはぶれてない。

『生命危険レベルの衝撃を確認。

 全関節をホールドします』

 アナウンスどうり、硬くなったスーツが体を留めてくれる。

 いや、背中だけが痛い!

 そうだ。ボルケーニウムは衝撃に弱いんだ!

『再起動まで、30秒です』


 ようやく回転が止まったけど、スーツは動かない!

 みんなが呼んでいる。

「セイジ! 」

 ようやく止まった視界は、地面から動かせない。

 ……そうだ!

「レーダー」

 つぶやいて見るものだ。

 チャフのせいで荒い映像だけど、いくつか反応がある。

 右の大きな影がロボット。左が装甲車だろう。

 これと僕自身の位置情報を見ると……5メートルは飛んでる!?

『再起動』

 ようやく硬化が溶けた。

 

 それはともかく、伏せたまま辺りを見回す。

 水路を見てみる。

 アツシのロボットが足をとられた所だ。

 そこから、3つの鱗で覆われた頭が見える。

 転恒星人の捕虜。

 塹壕のように進んできたんだ。


 何てことだ。

 僕らが抜け出せたなら、彼らだって抜け出せるのは不思議じゃない、ということか。

 彼らを拘束していた物は、もうなかった。


 景色が揺らぐ。

 赤黒い光の弾が、僕達に向かってくる!

 転恒星人の異能力だ!

 ロボットのまわりに、いくつもの爆発が起こる。

 対戦車ミサイルで撃たれたような爆風が、クレーターをえぐりチャフを吹き飛ばす!

 あれに撃たれたの?!

 その光弾が、僕に放たれる!


カキン!


 僕の背中から伸びた、赤い棒のような物にはじかれ、掻き消えた。

 スーツの背中から伸びた、サブアームだ。


{動くな! 動くなぁ! }

 次は、捕虜3人同時に放ってきた。

 それさえも、サブアームは折りたたまれた関節を開き、のばし、かき消す。


 そうだった。

「ボルケーニウムは、あらゆるエネルギーを自分のエネルギーに変換できる。

 それに、このアームは人間の無意識によって動くんだ」

 ゲームの設定の受け売りだけど。

 攻撃をノーダメージにしてくれる便利なバリアとしか描かれていないけど。

 

 衝撃に耐えられるよう、腰を低く、踏ん張って駆ける。

「無意識は、意識より0,35秒早くうごく。

 0,35秒って、結構長いよ。時速100キロなら約9メートルだ! 」


 設定や興味があって計算してみたことが、スラスラ出てくる。

 不思議だ。

 しゃべってるだけで自信がついてきた!


 ジンとメイコちゃんは、アツシをかばいながら逃げてくる。

 僕も合流する。

「みんな! ちゃんと光弾を見て! いなすんだ! 」

 3本のアームが広がった。


 当然いなすつもりだっただろう。

「ぎゃ! 」

 でもジンは、吹き飛ばされはしないが転んでしまった。

「ジン君! 」

 メイコちゃんが手をのばし、立ち上がらせる。


 赤い光弾は僕らではなく、周りの地面を狙い始めた。

 えぐられた地面が飛び交う破片となる。

 アツシはアーマーを着ていない。速く走れない!


ダダダッ ダダダダダ―


 けたたましい銃声が鳴り響いた。

 もう一台のロボットから、ボルケーナさん達が射撃を開始したんだ。

 枯れ木は根元から切り倒されている。

 地球人は救いだしたんだろうか?

 キッスフレッシュがこっちに近づき、車体上部のリモコン式機関銃でする援護射撃が見える。

 今、全力で転恒星人を撃ってる!


「! あそこに水路があるよ! 」

 アツシが見つけた天の助けだ!

 入ろう!

 飛び込んだ水路は、転恒星人のいる水路からT字に分かれたルートだった。

 捕虜との距離は50メートルも離れていないだろう。


「ねえ、スマホで僕たちが着てるのと同じスーツをダウンロードできるんだ。早く着て! 」

 僕はアツシにそう言ったけど。

「バッテリーを、メールで使い切ったんだ」

 アツシの悔しい声は、熱さで水分が飛び、かすれていた。

 ランナフォンは……肝心な時にいない!


 転恒星人の方を見なおす。

 3人とも、ボルケーナさん達に目を移している。

 その一人が、バランスを崩したように横向きに倒れた。

 あれは多分、撃ちまくられた銃弾が水路に入り、それでできた破片が当たったんだ。

 当然、転恒星人はダンジョンと同じように赤いバリアで防いでいる。

 でも、ここには空がある。

 迫撃砲でも手榴弾でも、横や後ろから攻撃すれば良いんだ。

 ジェットパックで、一気に回り込んでも良い。


 良い……?

 なぜか、良いという言葉を使う場所を間違えた気になった。


 ボルケーナさんが白い羽を羽ばたかせ、宙に浮かんだ。

 すると僕らのアプラーマーのように、ボルケーニウムの竜巻を発生させた。

 地面まで届く、高さ20メートル近く。

 竜巻が、太くなる。

 そして消えた。

 竜巻から現れたのは、身長20メートルほどに巨大化したボルケーナさんだった。

 ただし、丸かったお腹は引き締まり、手足は筋肉質に、そして細長く伸びている。

 その手で、切られた木や、後ろのロボットをつかみ、投げつける!

 転恒星人のバリアはそれをバラバラにして飛び散らせた。

「頭を下げろ! 」

 僕らの上を、ちぎれたロボットの足が飛んでいく。


ドスンドスンドスンドスン


 駆けだしたボルケーナさんの足音。

 再び見ると、レイピアのような爪を突きだし、突撃していた。

 一瞬にして爪が、赤いバリアを貫いた。

 有無を言わさず持ち上げられたバリアは、まるでお団子だ。

 その状態のまま、転恒星人もつられて持ち上げられる。

{ギャ~! }

 でも、そこで泣き叫ぶのは一人だけだった。


 お団子が徐々に縮んでいく。

 ボルケーナさんの腹には、僕を吹き飛ばした光弾が次々にあたる。

 それでも、ボルケーニウムはこともなげに吸収して見せる。


{た、助けてぇ}

 水路から這い回るような声が聞こえた。

 あれは、吊り下げられてる奴とは違うよな?

「ねえ。1人捕まえない? 」


 PP社員たちが、水路に銃を向け、最後の制圧にかかり始めている。

 

 ボルケーナさんに捕まった光弾は、もう見る影もない。

 ついに転恒星人は落下し、ボルケーナさんのもう一方の手に握られた。


 僕らの方にはキッスフレッシュ装甲車がやって来た。

「早く乗れ! 」

 後部のタラップではなく、タラップにはめ込まれた小さなドアが開き、あわてた様子のライフルマンが手をのばした。

 アツシを引き上げて車内に招いた。


 それと。はい。落とし者。

 僕達が突きだした者達をみると、そのライフルマンはわかりやすくのけぞった。

 僕達が連れてきたのは、2人の転恒星人。

 共に水路を這い回っていた。

「さあ、乗るんだ」

 手を取って引き上げる。

 以外にも彼らは叫ぶこともなく、おとなしくしたがった。

 でも、見たことのないしぐさをした。

 僕に握られた手を、もう一方の手のマントの裾で隠している。

 恥ずかしいの?

 一方、ジンに連れられた転恒星人は抵抗を続けている。

{こんなことをしても無駄だ! お前らのような無能力者には鉄槌が下るぞ! }

 でも、猛威を奮った光弾能力は使えないようだ。

 ジンの腕から逃れようと体をゆすりながら、必死の形相でタブレットを抱え込んでいる。

 そのタブレットは、どう見ても地球製だ。


「もう、お前らの味方は隠れちまったぞ」

 ジンが僕たちの後を、最前線のさらに向こうを指し示した。

 そこには大きな、かまぼこ型の倉庫のような物がある。

 地下ダンジョンやリングの支柱と同じ、灰色の金属でできている。

 そのシャッターが閉じていく。

 それをPP社の主力が取り囲んでいた。

 念力、物に手を触れず、動かせる異能力者かな?

 半分になったロボットの破片を、ガンガンとシャッターにぶつけている。

 もう、銃声も砲音も聞こえなくなった。


 装甲車の中はクーラーが聴いていた。

 ようやくヘルメットを外せる。

「よう。久しぶり」

 車内にいた一人は、僕らが捜していた人だった。

 左半分を焼いた男の人。

「……太田先生? 」

 恥ずかしそうに頭をかくのは、僕らの担任、太田 慧先生その人だった。


「何でこんなところにいるんですか!? 」

 メイコちゃんに言われた。

 先生は無精ひげが伸びて日に焼けた顔で、ペットボトルの水を飲んでいる。

 アツシもいっしょに、ようやく顔に生気をもどしてきた。

「面目ないな。これも何かの縁と思って、試作ゲームとやらを試してみたら、こうなった」

 この人、剣道にしか興味がない超硬派な男だと思ってました。

「これでもポケモン第一世代だぞ」

 そして、がっくり肩を落とした。

「いったいどこで遊べばいいんだ」とつぶやいて。

 僕らへの弁護のつもりなのだろうか。だったら、嬉しいな。


{うわあああ! }

 叫びと共に、最後の転恒星人が放り込まれた。

 それでもフード付きマントを目深にかぶりこんでいる。

 放り込んだのは、当然ボルケーナさん。

「危ないじゃないか! 」

 瞬時に大怪獣から美女の姿に縮んで、乗り込んできた。

「だって、こいつらを運んで来た車が壊れちゃったんだ」

 続いて応隆さんが乗ってくる。

 そういえば、屋根の上からゴツゴツした足音が聞こえる。

 ライフルマンが乗っている音だろう。


 僕は確信した。

 僕らの扱いは絶対ぞんざいになってる。


「あなた達がPP社の重役さん? 」

 太田先生が声をかけた。


「社長の真脇 応隆です」

「妻で大株主でボディーガードのボルケーナです」

 それを聞くと太田先生は、背広の胸ポケットから小さなメモ帳を取りだした。

「俺は太田 慧。こいつらの担任です。

 あなた達に読んでもらいたい物があります」

 差しだされたメモ帳を見て、2人はのけぞった。

「これは、謎の転恒星の構造?

 どうやって手に入れたんですか?! 」

 そうボルケーナさんに聴かれて、先生は少し自信を取り戻したようだ。

「捕まった人の中に、金属加工技師がいたんです。

それと、皆の協力と、転恒星人への粘強い交渉の結果ですよ」

 僕らがつかまってる間に、そんなことがあったんだ。


 応隆さんは、熱心にメモ帳を読み込んでいく。

「本当に、中心に白色矮星があるのですね」

「はい。その周りに、ドーナッツ状のヘリウムが回る。

 赤色巨星の中心で圧縮された白色矮星なら、その重力でヘリウムを圧縮し、恒星の姿を保つことができる。

 それよりも、次のページを読んでください」

「……リングの強度計算の所ですか? 」

「それを踏まえて、次の所を読んでください」

 そこを読んだ時、応隆さんが息をのむのがわかった。

「こんな無謀なことが!? 」


 重要な事をしているのは分かるけど、なんだか退屈。

「ねえ。そもそも君たちは、どうしてここに来たの? 」

 転恒星人は、もう拘束されていなかった。

 だけど、もう動く気はないらしい。

 かしこまる様にして席についている。


「むやみに話しかけない方がいいよ」

 ボルケーナさんが言った。

「文化の違いから、思わぬ誤解を招くこともある」

 それもまたもっともだ。と思うけど。

「……おい」

 相変わらず隠されている、転恒星人の手。

 ちらりと見える、あの手。あんなに白かったっけ?

 この期におよんで隠し事。

 許せなくなった僕は、手を隠す袖をひったくった!

 当然ボルケーナさんが怒った。

 でも関係ない。

 僕の目は隠された手にくぎ付けになった。

 それは地球人の手にそっくりだ。しかも、一度も日にあたったことがないように、真っ白の。

 ……まさか。

 転恒星人の顎に手をあてた。

 嫌がって逃げようとするけど、力ずくでなでるよ!

 アーマーのボルケーニウムが、黒い鱗を吸収していく。


 特撮とかで、顔をうすいマスクで覆って変装するのがあるよね。

 それをびりびり破って素顔をだす。

 ちょうどそんな風に見えた。


 鱗を吸収しきったあとに現れたのは、地球人にそっくりの顔だった。

 その目は透き通るように青く、恨めしそうに僕をねめつけている。

 肌は、手と同じで日に当たったことのない白さ。不健康な感じがする。

 髪は雪のような白さ。

 背も縮んできた。

 その姿は、完全に地球人と同じになった。

 見れば、マントの胸の部分が膨らんでる。

 女だったのか。

 だけど、君たちは一体?


「ご覧の通り、地球人と概念を同じくする者だ! 」

 やけになったような声とともに、ボルケーナさんが放り込んだ転恒星人が叫んだ。

 男が、フードを取り去った。

 そこから現れたのは、真っ白の顔。

 その声は、こもっていなかった。


 でもどうして?

 さっき拘束具をつけた時は、顔は変わらなかったのに。

「そうか。あの拘束具はつけた人の意識に干渉する」

 ボルケーナさんだ。

「黒い鱗は、他の誰かから与えられたんだ。アプラーマーと同じようにね」

 なるほど。


「ち、畜生!! 」

 男はそう叫ぶと、一気に話し始めた。

「どうしてここに来たか……。

 まずは我々の故郷について語らせていただく!

 我が星では、膨張する赤色巨星の熱を避けるため、地底で生物が進化した。

 その中で人類は生態系のほんのわずかな部分を収めるのに過ぎない。

 そのためにコンピュータによる管理社会を成立させた。

 それが異能力者には天敵だった。

 宇宙概念捕捉率には、恒星のエネルギーも岩盤も関係ないらしい。

 異能力を働かせる脳は、管理社会では育たなかった。

 それぞれに違う能力を持ち、謎の多い、管理できない異能力者は、コンピュータにとって邪魔者なのだ。

 だが我々は、脳を活性化させるものを発見した。

 それが地球から放たれる大量の情報! 文学、絵画、音楽などの文化だ! 」

{そんなの役に立つかよ! }

 最後に残った鱗の顔が叫んだ。

 さっきまで大きなタブレットを凝視していた。

{役に立たないよ! こんな1行や2行の書き込みなんて! }

 どう見ても地球製の、おそらく連れてこられた誰かの物だ。

 それを怒りに任せ、床に叩きつけた。


「まあまてよっ」

 そのタブレットを救ったのは、ジンのサブアームだ。

「これは、2ちゃんねるの俺たちに関するスレッドだな」

 見せられたタブレット。

 そこには、僕らの身を案じる書き込みが並んでいた。


「お互い、もっと正直に行こう」

 驚いた。

 ジンはそう言うと、最後の鱗の首を握りしめた!

 それでもアーマーの手は外れない。

 転恒星人からは顔の鱗が消えていく。

{ほ、ほっといてくれ! }

 声のこもりも消えていく。

 転恒星人の顔は男の物になった。

 ジンの腕を叩いてのがれようとするけど、その拳も人間の者に変わる。

「これで、サイズも同じになったな」

 そう、3人とも子供にしか見えない。


「おい! そんな事をしても異能力が使えなくなるわけじゃないんだぞ! 」

 ボルケーナさんが怒鳴り、異形の拳骨をジンにぶつけた。

「わたしには彼独自の概念が見える! 」


 倒れた転恒星人の目は、戦意を失っていない。

 そうだ、こいつは捕まっていた僕らに切りかかって来たやつだ。

 ジンをねめつける彼。しかし。

「やめろ! 」

 もう2人の転恒星人に止められた。


 そのまま抑え込みながら、女が説明を引き継いだ。

「管理コンピュータは、異能力者は排除するべきだと決定しました。

 危機を感じた私達は、試作中の転恒星システムを奪い、地球へ向かいました。

 ですが、2つの誤算がありました。

 一つは、2つの惑星の距離が20光年以上離れていたこと。

 20年の間に地球でも異能力者が発生し、それによって地球の科学力が発展したこと。

 もう一つは、脳を活性化させたものが異能力者とは限らないことです。

 強力な異能力者なら、我々を導いてくれると思ったのです」

 最後は涙声になった。


 そうだ。思いついた!

 僕はアーマーからスマホ画面を出した。

 そしてすることは、アーマーの解除。


「君たちは、厳しい自然環境の中、大人たちに見捨てられた。

 その悲劇を、この事件を起こす理由に使ってる。

 そして僕らにはそれを邪魔する資格はないと思ってる。

 君らが攻撃しないのは、ボルケーナさん達が怖いからだ」


 これだけ言っても、もうこっちを見ようともしない。

 もう頭の中は、どうやって痛い目にあわずにすむか。それしかないと思う。


「これで、僕らの資格を認めてくれないかな? 」

 スマホで呼びだしたのは、動画投稿サイト。

 そこから選ぶ動画は、これしかない。


「僕たち2年前の、その怪獣事件の生き残りなんだよ」

 僕のスマホを、転恒星人に渡した。

 聴こえてくるのは、今回の作戦なんか問題にならない、激しい爆発音。

 そうだ、ものすごく高いところから爆撃機が爆弾を落としていったんだ。

 絨毯爆撃があって。

 そして、聞こえてくる悲鳴。

 その中には、今ここにいたかもしれない友達のも交じってる。

 悪いかもだけど、しばらく名刺代わりに協力してくれよ。

 やがて聞こえてくる、スピーカーでは再生しきれないような、怪獣の叫び声。

 その怪獣が放つ、空間を揺るがし、山を砕き、海を干上がらせた光線の轟音。


 転恒星人は、震える手でスマホを返してきた。

 3人の顔は、歯がぐらぐらになりそうなほど震えていた。

 その目からは、一筋の涙が流れた。

「み、認める」

 そういったのは、女の子だった。

やがて、他の二人も同じ言葉を繰り返した。


 僕は返してもらいながら、聴いてみた。

「で、君たちは何がしたいの? 」

 答えは。


「帰りたい。故郷に。隠れた仲間も一緒に」

 最後まで怒っていた男。こいつが3人のリーダーだろう。

 恐怖で硬直した体を、それでも必死に動かしている。

 そんな感じの声だ。

「ち、地球人をおいて逃げ出したのは、きっとあなた方の……勇猛さを恐れてのことです。

 彼ら自身は、とても良いやつなんです。信じてください!! 」

 言葉を選びながら、女の子が話す。

 そして、僕らを槍で狙ったあいつは。

「帰ったら、まず誤りたい。

 そして許されるなら、コンピュータの停止を求めたい。

 俺達の異能力を役立てる方法を探したい」

 僕は彼らの言葉に、力強さを認めた。


「さてと。社長。こっちはこれからどうしますか? 」

 先生に言われて応隆さんは、「そうですね」と一仕切考えた。

「太田先生。あなたのメモは絶対に残すべきものだ。

 地球へコピーを送ります」

 先生はうなづいた。

「それと、転恒星を作った星を探しています。

 複数の銀河列強へも協力を求めなければならないでしょうから、政府に連絡を入れました。

 転恒星人はこれまで未知の異星人ですから手間取るでしょうが、必ず見つけます」

 これには転恒星人がうなづく。

「そして、ここで終わらせなければならない問題。

 逃げた転恒星人が何をするかはわかりませんが、ここにはもう3人いる。

 残りは7人。

 和解を求めても聴き届けてくれるでしょう。

 そして、あなた達を無事に故郷へ帰すことです」


 転恒星人は目を見開いた!

 よほど信じられなかったのだろう。

 コンピュータも、恐怖とともに喜びは消せなかったようだ。

 

 先生は「なるほど」、満足そうに言った。

「PP社はそんなに悪いところじゃないらしい」


 僕らもそう思います。

 そう言おうとした時、予知係が叫んだ。


「新たな予知です! 一分後に地震が!

 いやそんなはずないな。

 とにかく強い衝撃が来ます!

 リングが割れるような! 」


 応隆さんの指示は素早かった。

「作戦、一時中止!

 ぺネトに避難する!

 それと、急いでランナフォンを生身の人に渡せ!

 アプラーマーを着せるんだ! 」

 その時、装甲車が急発進した。

「衝撃に備えろ! 」


 あわてて僕はアーマーを着直し、席に着きシートベルトを締める。

 アツシと太田先生の手元に、鳥型ランナフォンが飛んできた。

「背中のカバーを開けると、スマホ画面がでてくる。

 その赤いアプリです! 」

 応隆さんの指示は続く。

「捕虜にも着せて! 」

 3人にもランナフォンがやって来た。

 たちまち5つのアーマーが立ち上がる。

「地震の原因はわかるか? 」


 ランナフォンから、ぺネトの声が聞こえた。

『転恒星のコンピュータへの侵入は、すでに行われています。

 しかし、ほとんどのコンピュータの電源が入っていないらしく、全体をつかむことさえできませんでした。

 現在、停止中のリングが再起動していきます。

 おそらく転恒星人は、リングを解体し、その破片で我々を攻撃するのでしょう』


 その予想を否定したのは、リーダー格の転恒星人だった。

「いや、そうじゃない!

 リングにはトラクタービームの発射機がある! 」

 トラクタービームとは、重力子を使って遠くにあるものを引っ張ってくるビームだ。

「それを使って太陽の一部を吸収し、出力を高めようとしている! 

そして遠くの宇宙へワープする気だ! 」

 それに最も驚いたのは、応隆さんだった。

「そんなことをしたら、システムが耐えられるわけがない! 」


 え、どういう事?

 メイコちゃんが説明してくれる。

「転恒星の主成分はヘリウム。核融合した時の温度は3000度。

 太陽は水素が主成分。5500度。

 しかも、支柱は穴だらけ。

 耐えられるわけない。ってことじゃないの? 」

 そ、そうなんだ。

「木星や土星みたいな、ガス状惑星から引き揚げた方が安全じゃないの? 」

 やけっぱちなメイコちゃんの言葉。

 それに対して転恒星人達は。

「「「それだ! 」」」

 直後、3人の頭にメイコちゃんの鉄拳が落ちた。

 座ってシートベルトをしているため、直接殴ったのは一人だけ。あとはサブアームで。

「何で気づかないのよ! 」

 この子、見習いとは言えシスターなんですよ。


 予知は続く。

「窓から見えるリングがくだけます。こっちへ衝突します!

 ペネトがバリアーを展開しますが、リングから放たれるトラクタービームが当たると、一時的に隙間ができます! 」

 

 予知係の言う猶予は1分間のはずだ。

 でも、ここからペネトまで1分でたどり着くの!?


そして、予知係が叫ぶときが来た。

「振動、来ます! 」

 ゴトゴト揺れながら走っていた車が、突如跳ね上がった。

 さらにひどい揺れで、シートベルトがちぎれるかと思った。

そのチキンレースに、僕らは負けた。

 車の外の、すぐそばから、激しい爆音が次々に聞こえ始めた。


ガン!


 一際大きい衝撃!

 運転席と客室を隔てるドアが開いて、運転手がとびこんできた。

 着ているのは軽装のドラゴンドレスだ。

 装甲もバックパックもない、フレームだけだ。

「大きな岩に衝突しました!

 申し訳ありません!

 すぐに降りて避難してください! 」


 反応は素早かった。

「仕方ない。いくよ! 」

 ボルケーナさんがタラップを開く。

「アプラーマーにもジェットパックはついていますが、素人が使うと危険です! 」

 応隆さんの説明。

「我々が1対1で付き添います!

 皆さんは体の力を抜いて、ぶら下がるような格好でいてください! 」

 ボルケーナさんが天井から出ていく。

「警戒は任せて! 」


 屋根の上からライフルマンたちが降りてくる。

 スーツの握力で、落ちずに済んだらしい。


 タラップが降りると、最初の一組が降りた。

 血気盛んな転恒星人をライフルマンが脇の下から抱える。

 赤いジェットが轟音を残し、空へ駆け上る。

「急いで! 」

 勢いに乗せてやったほうが恐怖は少ないのか?

 そうでないと許せないくらい、遠慮も迷いもない。


 最後に僕の番がやってきた。

 抱えるのは応隆さん。

 僕を抱えると、「腕関節、固定」と音声入力した。

「ジェット、フルパワー!! 」


 内臓が下にずれたような加重!

 アーマー同士がこすれる嫌な音!

 それでも、気を失うことはなかった。

 

 飛び去る景色に僕らの乗っていたキッスフレッシュ装甲車が見えた。

 たしかに、その前方に装甲車と同じくらいの大きさの岩がある。

 あれにいきなりぶつかったらタイヤや副足はひとたまりもないだろう。

その岩が転がってきたあとがある。 

 その後を辿っていくと、小さなクレーターが見えた。

 ……まさか。と思って僕は見上げた。

 

 半チューブ状の窓で覆われた、リングの空。

 その窓に、無数の岩石がぶつかっている!


 岩石の雨の向こうには、無残にちぎれたリングがあった。

 予言道理だ。

 電源は切れていないらしく、リングの地面のある外郭からトラクタービームが放たれ続けている。

 そのビームが僕らのいるリングをかすめた。

 リングの窓は、エネルギーバリアだった。

 隕石を受け止め、跳ね返すバリアが。

 それがビームで激しく引き破られる。

 バリア自体はすぐ再生する。

 でも隙間ができるたびに、無数の隕石が落ちてきた!

 

 特撮マニアめ! 画面いっぱいに浮いている隕石はリアルじゃないって言った嘘つきめ!


 あ!

 ちぎれたリングが、こっちに向かってくる!

 落ちてくるんだ!

 衝突する!


 ロケットのような光が、ちぎれたリングに向かっていく。

 ボルケーナさんだ!

 サイズはわからないが、リングとの差はどれだけあるだろう。

 と思ったら、突如光が長く伸びた!

 ボルケーニウム光線……。

 その光は落ちるリングに触れると、真っ二つに切り裂いた。

 不思議なことに、その切り口には爆炎がほとばしり、その反動でさらに離れていく。

 切り裂かれたリングは、僕らのリングをまたぐようにして飛び去った。


「もうすぐペネトです! 」

 眼下のぺネトは、四方にタラップを下しながら地上部隊を受け入れている。


 僕らは甲板に着陸するようだ。

 ぺネトの甲板は人が乗る航空機には狭すぎる。

 そのために普段は、ダーク・ギャラクシーのようなランチャーで打ちだせて急制動で止められる無人機しか使わない。

 応隆さんは、その甲板にゆっくり降り立った。

 艦橋の正面には開かれたシャッターがあり、その奥は整備庫だ。

 一緒に飛びだしたみんなは無事だった。

 だけど。


「お願いします! 見捨てないでください! 」

 転恒星人達は、近くにいるPP社社員に、かたっぱしに声をかけていた。

「あなた達の社長は、僕たちを故郷に帰すと言ってました! あそこにいる――」

 そう言って、外のはるかかなたにあるシェルターを指さした。

「僕らの仲間を助けてください! 」


 それに対する答えは。

「今は何とも言えません」

 そう……なんだよな。


「セイジくん、彼らの見守りを頼めるか? 」

 応隆さんが聞いてきた。

 当然、そのつもりです。

「そうか。では、無事にセーフティ・ゾーンへ送り届けてくれ。

 場所は防災訓練の時に見たね? 」

 僕は心配をかけないよう、腹に力を入れて答えた。

「ハイ! 艦橋下の、一番装甲が厚いところですね! 」

 応隆さんはうなづき、説明と指揮を続ける。

「加藤! 君が案内しろ! 」

「ハイ! セーフティ・ゾーンまで案内します! 」

 そして僕らに向き直り。

「そこまではアプラーマーを着ていきなさい。何があるか分からない――」


 その時だ。

 閉めかかったシャッターから、猛烈な光が差し込んできた!

 トラクタービームで太陽の一部が、立ちのぼって来たんだ!


「きゃああああ! 」

 いやでも背すじを震えさせる悲鳴。

 それを整備庫一杯に響かせたのは転恒星人達だ。

「燃える! 全て燃えてしまう! 」

 折れたリングは、彼らも見たはずだ。

 きっと仲間の死を確信したに違いない。

 思わずシャッターへ駆けだした。


「落ち着いてください! まだリングのバリアはある! まぶしいだけです! 」

 それを止めたのは応隆さんだ。

 後でシャッターが閉まっていく。

「ペネトもボルケーナも、これよりひどい衝撃に耐えている!

 君たちの仲間も助けられます! 」


「分かるか! わかるかそんなもん! 」

 転恒星人達は止まらない。

 そして、女の子が恐ろしい言葉を叫んだ。

「ジェット! フルパワー! 」

 それを聞いた時、僕は止めようとサブアームを使った。

 たぶん、応隆さんも同時に使っただろう。

 彼女が僕にぶつかり、僕のサブアームでつかまれながら飛んだのは、わずかに角度が違ったからにすぎない。

 

バキッ!


 僕は背中から、シャッターに叩きつけられた。

 意識が薄れる。

 その時見えたのは、プロレスかアメフトのタックルのように、僕の腹にしがみつく、名も教えてくれない彼女。

 猛烈な怒りが巻き起こった。

 それでも相手の手もジェットも緩まない。

 だったらこっちも!

「ジェット――! 」

 僕の音声入力は、強制的に止められた。

 息ができない。

 彼女の腕が膨らみ、僕の腹を締め上げて息をさせない!

 くそっ、外さないと!

 

 そう思ったけど、彼女の腕を見たらギョッとした。

 明らかに、正規の状態じゃない。

 アーマーは歪に膨らみ、関節も何も見えない。

 歪んだ粘土細工のベルトみたいだ。


 そうか。アーマーの中で異能力を使っている。

 それをボルケーニウムが吸収してるんだ!


 戦う以外の事を考えたおかげかな?

 急に頭が冷えてきた。

 そして彼女の両腕をできるだけ自分の腕と密着させる。サブアームも一緒に。

「捕虜のアプラーマー解除」

 ありったけの息で、音声入力。

 しかし、帰って来た答えは。

『無効な命令です。捕虜に与えた備品に対する入力は、使用者の生命に支障がない限り、その管理責任者にしか出せません』

 

 その答えを聞いた時、次に浮かんだのは、彼女の未来だった。

 両腕を失い、途方に暮れた未来。

 今ならよい義手がある?

 それでも一生残る罪?痛み?負債?何というのか知らないけど、良くない何かが残るだろう。


『緊急事態であると確認しました』

 え?

 もしかして、今の考えを読まれた?

『捕虜のアプラーマーを解除します』

 たちまち、マント姿の彼女があらわになる。

 その両手には、放たれず残った、真っ赤な光弾が!

 僕はそれを引きはがした。

 と思ったら、落下が始まる。

 

 アプラーマーは、ここでも願い道理に動いてくれた。

 サブアームは彼女の背中をつかみ、生身でたたきつけられるのを防いでくれた。

 そして両手でつかんだ光弾は、ゆっくりじっくり、吸収されて消えた。


「わたしを、かばってくれたんですか? 」

 彼女も、自分の行いに後悔しているようだ。

「お互い様だよ。そうだ、君の名前は? 」

 彼女の名前は、一度では覚えられない、聴いたことのない言葉だった。でも美しい響きだった。


 数分後、僕らはセーフティー・ゾーンにいた。

 並ぶのは酸素マスクつきの戦闘機の操縦席に有りそうなイス。

 座ると金属製のシールドで覆われる。

 顔の部分は分厚い防弾ガラスが入っている。

 壁際には非常食とサバイバルセットの入ったロッカー。

 艦がガタガタ揺れ、50度近くまで傾いたかもしれない。

 それでも席につけたのは、転恒星人が赤い異能力で支え続けてくれたからだ。

 盾に使えたのでわかるとおり、あの力は形を変え、いろんなことができる。

 次々に駆け込む赤いアプラーマー、地球人達を支え、席へ導いてくれた。


 シールドを閉じると、VRゴーグルがあった。

 何とか、外のボルケーナさんのことが知りたい。

 心配なんだ。

 あの、歪に膨らんだアーマーを見て。


 かろうじて太陽観測衛星「ひのいり」が撮影できていた。

 心配は、やがて安心に変わった。

 

 転恒星のリング太陽を引き上げるため、横から見るとX型に開いている。

 でも今はリングが次々に崩壊し、四方に乱れて揺らいでいた。

 ギリシャ神話に出てくる髪が無数のヘビの怪物。メデューサみたいだ。


 その太陽側に、ボルケーナさんがいた。

 あの赤い猫ワニ天使の姿で。

 転恒星並に巨大になって、引き上げられる太陽から僕らをかばっている!


 おなかで太陽の炎を受け止めていたボルケーナさんが、顔を上げた。

 そして、糸屑のように見えるリングを引きちぎっていく。

 そのたびにトラクタービームが減る。

 太陽の引き上げは止まった。

 ちぎれたリングは、無念にのたくる竜のように太陽に落ちていく。

 

 やがて、中心の恒星がむき出しになった。

 ボルケーナさんはそれを、自分より大きな赤いそれをつかみだし、太陽に投げ捨てた。


 そのまま少し上昇して恒星のいた場所に収まった。

 きっと、僕らのいるリングの中心に。

 ボルケーナさんが羽をゆっくり動かしながら太陽を離れていく。

 それにつられてリングも動きだす。

 自分の重力でリングを支え、最も重力バランスが安定してるところへ向かうんだ。

 あの人は木の枝でも器用に眠れるから、重力バランスを整えるのは得意なんだろう……。

 得意だよね?


『諸君、最大の懸案はボルケーナのおかげで去った』

 応隆さんからの放送だ。

『これより、残る転恒星人を確保しに行くぞ! 』

 

 後日、転恒星人らと僕らは強いきずなで結ばれ、共感し合い、同じ運命をたどった。

 家で家族から、さんざん怒られた。

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謎の転恒星、現る リューガ @doragonmeido-riaju

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